月は隠れ魔女は微笑む

椿屋琴子

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魔女の腕(かいな)と女神の胸中

厳冬と毛糸

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曼珠沙華によく似た白い花が森のあちらこちらで見かけるようになれば、太陽がのぼっている日中もかなり冷え込む様になってきた。

暖かいうちにゾンガがネネと一緒に大きな布袋にいっぱいのシュロルの毛を運んでくれたので、それを大きな独楽に似た道具で縒っていけば毛糸になってゆく。

この世界では毛糸はなく、糸を紡いで布を重ねる事しかしないらしい。

それならば、と、木を削ってかぎ針を作り太さが均一ではない不格好な毛糸を編んでゆく。手の小さいネネには難しいため指で編むやり方を教えてからは、現在ジイジの防寒具を編むのだと奮闘している。

稚い指がたどたどしくも毛糸を一目一目編み進めるのを、ジイジが微笑ましげに眺めながら鞣した毛皮を縫い合わせ、冬用の外套を作っている。


薪をとる際に樹木の表皮を別にとっておいたもので煮出した汁は濃い茶色で、紡いだ毛糸をそこに漬けこめば琥珀色に染まり虫がつかなくなるという。なんでも昔から布地を駄目にする虫がいるらしく、色染めしたものには虫がつかないと言われているらしい。

そんな説明を受けながらのんびりと来たる厳冬に向けて備えるのも、4人にとって楽しい時間の一つになっている。


「だいぶ冷えてきましたね。あと半月ほどで雪が降るんでしたっけ。」

「ああ、なんとか保存食も間に合って良かった。恐らく地下の通路を使わなければ石室には行けなくなる。薪もすぐ近くに積んであるし、割っていない木材も確保してあるからどうにかなるだろう。いざとなればゾンガが見つけてきてくれた燃現石を使えばいい。」


窓から外を眺めながらシャウラが呟けば、それに答えるようにジイジがため息とともに言葉をつむぐ。急ピッチで進められた冬支度は雪が降るまであと半月というところで、なんとか目途がついたのだ。とはいえ、備えはいくらあっても困らないとゾンガは森へ狩りによく出かけてい、その狩りの成果はシャウラとジイジによって塩漬け肉やハーブを使った薫製、干し肉へと変貌を遂げていた。

その狩りの途中でゾンガが、大の大人が4人で持ち上げるような大きな薄緑掛かった茶色の岩を抱えてきた。一般に燃現石と呼ばれるそれは、水に沈めるとなぜか燃え出すという不可思議な性質を持っていた。雨に打たれるくらいでは燃えることなく、水に完全に沈めないとならないというなんとも気難しいものだった。いったん燃え出した石は、大人の男性の握り拳ほどのサイズで燃え尽きるまでが約3日掛かるという。燃え始めてしまえば水から取り出せるので、冬の非常燃料として人気が高く聖都でもかなりの値段で取引されていたらしくよく見かけたとはジイジの談だ。この大森林は資源が手付かずのままな為に、そこそこのサイズのものが近場に転がっているらしく、それこそふた月は暖かく過ごせる程度に集められた。


「シュロルの毛糸も沢山取れましたし、冬は暖かくすごせそうで何よりです。」


中断していたセーターを編もうとかぎ針を動かしては、一目一目を編んでゆく。模様など洒落たものはできないが、シンプルなものならばシャウラも編むことができる。毛糸があるとはいえ模様を編むほど余裕があるわけではないので、そのあたりは来年に持ち越してもいいだろう。集中していると、肩がこるのか時折ゾンガが首を回しているのが見えれば、シャウラが小さく微笑んだ。


「ゾンガ、ネネ、そろそろ休憩をしよう。私も革を加工していると年のせいか肩が凝る。」

「そうですね、お茶にしましょう。砂糖をたっぷり入れて、ね?」


甘いお茶と聞けばゾンガとネネの目が輝き、編み物を中断して片付けてゆく。まだ慣れずに網目はガタガタだが、それでも形になってゆくのが楽しいらしく子供たちはせっせと製作するため、そこそこの長さになっていた。

濃いめに入れたマート茶に、茶請けとしてミウと呼ばれる紫色したサルナシに似た実をジャムにした物を出せば、各自好みに合わせて茶を楽しみ始める。

ゾンガやネネは育ち盛りの為薄焼きパンにジャムを挟んだものを食べながら甘い茶を飲む。

ジイジはジャムを時折口に運びながら茶を飲むが、シャウラは茶にジャムを溶かしこむロシアンティースタイルを好んでいた。



「オリグモ達も糸を吐き尽くして冬眠に入ったようだな。キルティング…?だったか。染色した布の切れ端で模様を作りながら大判の布にするとは…異界の知識や技術は本当に興味深い限りだ。」


新しい知識が増える事が楽しくて堪らないとばかりにジイジが微笑みながら、小さくつぶやくのにシャウラは微笑みでもって返す。


キルト加工した布地に綿花に似た植物の綿状の繊維を挟み込み、シャウラが夜なべしてまで作った綿入れ半纏と室内ブーツは厳冬対策の一つだ。靴下だけでは霜焼けを通り越して、酷い凍傷となる可能性があるため、靴下の上に履く室内ブーツを作ってたのだ。

もちろん靴下は1人2足行き渡るようシャウラが編んでいる。

片足がないジイジの為の太股まで覆うカバーも作成済だった。

「ふ、冬…冬も狩りい、か…狩りいける、行く。ま、きも」

「ええ、晴れた日は私も薪採りについて行くわ。冬だからって閉じこもっていたら身体がなまりそうだもの。」


お茶を啜りながら厳冬をどう過ごすか相談するのも、ゾンガには楽しいようで、嬉しげに頷く。

四人で窓から見える寒々しくなった外の風景をながめながら、来る厳冬の暮らしに思いを馳せていた。


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