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第11話 愛を乞うひと
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握りしめた?
いや、そんなことはあってはならない。主に男女間の身体の接触は社交界のパーティーの時だけ。
エスコートされる時、踊る時。
食べ物や飲み物を取ってくれる時。
そんな限られた接触だからこそ、胸が高鳴るんだわ。
わたくしのエスコートはいつだってヴィンセント。
彼の容姿とわたくしの容姿が相まって、周囲はいつもざわめく。
わたくしは最高級のドレスを着る。背の高い彼に合わせてヒールの高い靴を履く。いつもより高く髪を結う。宝石を散りばめて……。
いまではすべて夢の中のよう……。
「失礼、レディ」
うつむいたわたくしが彼に嫌悪を抱いたと勘違いしたのか、ギュスターヴは手を離した。
でもそれでいい。
また誰かに見られたら、今度こそ大事になる。誰にも見られてないといいんだけど。
「仮にもし、ヴィンセントがあなたを選ばなかった時、その時は僕のところに――なんて、そんなことはありませんね。ほら、ヴィンセントだ」
彼はひどく青ざめた顔をしていた。
ハッと自分の手に目が行く。
聡いギュスターヴがヴィンセントに声をかける。
「聞いてくれ、ヴィンセント。エルメラは近頃、校内で不当な扱いを受けているんだよ。それで……それで僕が相談に乗らせてもらってたんだ。しかしこれは友情というやつだ」
『猜疑心』という言葉が頭をもたげる。ヴィンセントの頭の中はいま、きっとそれでいっぱいだ。
「ヴィンセント様……これを」
わたくしは肌身離さずあの日から持っていたレースのリボンを差し出した。どうしても捨てられなかった。あなたを想っていたから。
「これは?」
「この間、ヴィンセント様にいただいた花束のお返しです。……本当はわたくしもラベンダーを摘んでヴィンセント様のお席に置いておこうと思っていたのですが、最近いろいろなことが重なってしまって……」
ヴィンセントはわたしがひと目ひと目心を込めて編んだレースのリボンを指にかけてじっと見た。
「本当だ。エルメラ、ありがとう。このリボンからは確かにラベンダーの香りがする。花がなくてもこのリボンは立派な花束だよ。このところエルメラの周囲が騒がしいと聞いてここまで探しに来たんだ。ギュスターヴ、エルメラを助けてくれてありがとう。話は聞いているよ。下がって良い」
ギュスターヴは頭を下げてわたくしの方は見ないようにして走り去った。
ベンチに座るわたくしの前に、ヴィンセントは膝をついた。まるで愛を乞うひとのように、高貴な膝を地につけて。
「お願いだ、エルメラ。僕だけを愛していると言っておくれ。きみの美しさは僕ひとりでは余りある。ほかの男がまたきみにつけ込むとも限らない。もちろん僕はきみがほかの男に気を取られない立派な男になるように努力を続けるつもりだ。だからお願いだ。僕だけのきみでいてほしい」
この時の気持ちをなんと表したらいいだろう? ただ一言、「愛している」と言えばいいんだ。迷うことはないわ。
唇が震える。
さっきギュスターヴに握られた手が、ヴィンセントの手の内にある。
「……お慕いしております。未来永劫。ヴィンセント様、どうかお立ちになって」
にこりと人懐こい笑顔を見せると、ヴィンセントはわたくしの隣に腰を下ろした。そうしてわたくしの手を握りしめた。
「きみを想う男は五万といるだろう。しかし僕ほど長い間、きみを想っている男はいないんだよ、エルメラ」
心に染みる!
ここが自室でわたしがミサキだったらティッシュを握りしめて泣いているところだ。床が抜けるほどの足踏みも避けられない。きゃー!!!
こんな台詞、ミサキが見ていないゲーム中のシーンに出てこないもの。
「しかしヴィンセント様。あなたを想っている女も多いのですわ。……わたくし、みっともない嫉妬に振り回されておりますの。それがすべての……」
「ああ、ミサキのことだね? 彼女とはなにもないよ。この世界のことをあまり知らない、名前以外の記憶を持たない彼女を援助しているんだ。それもまた騎士道だろう?」
「ええ……確かにそうですわね」
そのやさしさがいつだってネックなんだ。ヴィンセントの攻略が難しいのは隠しフラグのせいもあるけれど、このやさしさのせいで本心が見えない。わたしも初心者の頃は上手くいっているとずいぶん勘違いして、誰とも上手くいかないバッドエンドに進んだものだ。
でも。
ミサキの見てないところでふたりがこんなに熱い会話を交わしていたなら、ミサキがヴィンセントを攻略するのは至難の業だ。
わたくしたちは手を握り合って見つめ合った。そして彼はわたしの耳元に……本当に間近に唇を寄せて「愛している」と囁いた。
きゃー!!!
ゲームの中でもこんなに恥ずかしいシーン、あったかしら?
ない、ないって。
だって重箱の隅をつつくくらいやり込んだもの。気づかないわけがない。
なんてロマンティック!!!
いつもはあまり気の利かないあのヴィンセントが。そこにやきもきさせられるわけだけど、わたくしに愛の告白をしたわ! 攻略チャートがいまここにあったら赤ペンで書き込むわ!
ううん、極太のマジック(黒)で書き込んで、真っ赤なハートをたくさん散らすの!
ホーホッホッホ(鳩ではない)。
もうミサキのことなんか気にしなくてもいいのではないかしら? 彼の心はわたくしのものよ!
そうよ!
思えば幼少のみぎりから厳しく躾られたのはこのためだったのよ。わたくしは間違ってなかったのよ。
最後に彼は「土の曜日はきみに会えなくて寂しいよ。このリボンをきみと思おう」と言って去っていった。
いや、そんなことはあってはならない。主に男女間の身体の接触は社交界のパーティーの時だけ。
エスコートされる時、踊る時。
食べ物や飲み物を取ってくれる時。
そんな限られた接触だからこそ、胸が高鳴るんだわ。
わたくしのエスコートはいつだってヴィンセント。
彼の容姿とわたくしの容姿が相まって、周囲はいつもざわめく。
わたくしは最高級のドレスを着る。背の高い彼に合わせてヒールの高い靴を履く。いつもより高く髪を結う。宝石を散りばめて……。
いまではすべて夢の中のよう……。
「失礼、レディ」
うつむいたわたくしが彼に嫌悪を抱いたと勘違いしたのか、ギュスターヴは手を離した。
でもそれでいい。
また誰かに見られたら、今度こそ大事になる。誰にも見られてないといいんだけど。
「仮にもし、ヴィンセントがあなたを選ばなかった時、その時は僕のところに――なんて、そんなことはありませんね。ほら、ヴィンセントだ」
彼はひどく青ざめた顔をしていた。
ハッと自分の手に目が行く。
聡いギュスターヴがヴィンセントに声をかける。
「聞いてくれ、ヴィンセント。エルメラは近頃、校内で不当な扱いを受けているんだよ。それで……それで僕が相談に乗らせてもらってたんだ。しかしこれは友情というやつだ」
『猜疑心』という言葉が頭をもたげる。ヴィンセントの頭の中はいま、きっとそれでいっぱいだ。
「ヴィンセント様……これを」
わたくしは肌身離さずあの日から持っていたレースのリボンを差し出した。どうしても捨てられなかった。あなたを想っていたから。
「これは?」
「この間、ヴィンセント様にいただいた花束のお返しです。……本当はわたくしもラベンダーを摘んでヴィンセント様のお席に置いておこうと思っていたのですが、最近いろいろなことが重なってしまって……」
ヴィンセントはわたしがひと目ひと目心を込めて編んだレースのリボンを指にかけてじっと見た。
「本当だ。エルメラ、ありがとう。このリボンからは確かにラベンダーの香りがする。花がなくてもこのリボンは立派な花束だよ。このところエルメラの周囲が騒がしいと聞いてここまで探しに来たんだ。ギュスターヴ、エルメラを助けてくれてありがとう。話は聞いているよ。下がって良い」
ギュスターヴは頭を下げてわたくしの方は見ないようにして走り去った。
ベンチに座るわたくしの前に、ヴィンセントは膝をついた。まるで愛を乞うひとのように、高貴な膝を地につけて。
「お願いだ、エルメラ。僕だけを愛していると言っておくれ。きみの美しさは僕ひとりでは余りある。ほかの男がまたきみにつけ込むとも限らない。もちろん僕はきみがほかの男に気を取られない立派な男になるように努力を続けるつもりだ。だからお願いだ。僕だけのきみでいてほしい」
この時の気持ちをなんと表したらいいだろう? ただ一言、「愛している」と言えばいいんだ。迷うことはないわ。
唇が震える。
さっきギュスターヴに握られた手が、ヴィンセントの手の内にある。
「……お慕いしております。未来永劫。ヴィンセント様、どうかお立ちになって」
にこりと人懐こい笑顔を見せると、ヴィンセントはわたくしの隣に腰を下ろした。そうしてわたくしの手を握りしめた。
「きみを想う男は五万といるだろう。しかし僕ほど長い間、きみを想っている男はいないんだよ、エルメラ」
心に染みる!
ここが自室でわたしがミサキだったらティッシュを握りしめて泣いているところだ。床が抜けるほどの足踏みも避けられない。きゃー!!!
こんな台詞、ミサキが見ていないゲーム中のシーンに出てこないもの。
「しかしヴィンセント様。あなたを想っている女も多いのですわ。……わたくし、みっともない嫉妬に振り回されておりますの。それがすべての……」
「ああ、ミサキのことだね? 彼女とはなにもないよ。この世界のことをあまり知らない、名前以外の記憶を持たない彼女を援助しているんだ。それもまた騎士道だろう?」
「ええ……確かにそうですわね」
そのやさしさがいつだってネックなんだ。ヴィンセントの攻略が難しいのは隠しフラグのせいもあるけれど、このやさしさのせいで本心が見えない。わたしも初心者の頃は上手くいっているとずいぶん勘違いして、誰とも上手くいかないバッドエンドに進んだものだ。
でも。
ミサキの見てないところでふたりがこんなに熱い会話を交わしていたなら、ミサキがヴィンセントを攻略するのは至難の業だ。
わたくしたちは手を握り合って見つめ合った。そして彼はわたしの耳元に……本当に間近に唇を寄せて「愛している」と囁いた。
きゃー!!!
ゲームの中でもこんなに恥ずかしいシーン、あったかしら?
ない、ないって。
だって重箱の隅をつつくくらいやり込んだもの。気づかないわけがない。
なんてロマンティック!!!
いつもはあまり気の利かないあのヴィンセントが。そこにやきもきさせられるわけだけど、わたくしに愛の告白をしたわ! 攻略チャートがいまここにあったら赤ペンで書き込むわ!
ううん、極太のマジック(黒)で書き込んで、真っ赤なハートをたくさん散らすの!
ホーホッホッホ(鳩ではない)。
もうミサキのことなんか気にしなくてもいいのではないかしら? 彼の心はわたくしのものよ!
そうよ!
思えば幼少のみぎりから厳しく躾られたのはこのためだったのよ。わたくしは間違ってなかったのよ。
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