【完結】深海の歌声に誘われて

赤木さなぎ

文字の大きさ
6 / 28

#6 神様

しおりを挟む
 浜辺で目が覚め、村を見つけ、酷い対応を受けて、シグレと名乗る老婆に出会って、編み藁を貰って、盗人に困っていた人にそれを譲って――、そんなとんちきな話を、彼女はにこにこと時折相槌を打ちながら、時折貰った編み藁を手で握って揉み触りながら聞いてくれた。
 そしてその話の中で、ナキに引っ掛かる物が有った様だった。

「ヨコシマ――ですか?」
「ええ、そういう神様が居るらしいですよ」

 俺がそう相槌を返した後、しばらくの間が有った。
 どうやらナキは言うべきか言うまいかと逡巡している様で、その間口を開いたり閉じたりとしていた。
 そうして少し悩む素振りを見せた後、意を決したように改めて口を開いた。

「それは、聞き間違いなどではないのですか?」
「聞き間違い、ですか? 何と何を?」
「“タテシマ様”と“ヨコシマ様”です」

 それは初めて聞く名だった。
 それが何者かの名を指すのかすら確かではないが、彼女が敬称を付けて呼ぶその口ぶりからも、“タテシマ”とは誰かの名を示している。
 誰か――おそらく、神様。似ている様で違う。タテとヨコ。
 俺は疑問をぶつける。

「タテシマ――、それも神様の名前ですか?」
「はい。わたしの知る神様は――わたしを助けてくれた神様は、そういう名前です。ですから、違う名を聞いて、少し驚いてしまいました」
「助けられたんですか? 神様に」

 彼女は神に助けられた。おそらく、それがこの深海の世界で暮らしている理由であり、原因なのだろう。
 ナキは再び俯き、言い淀む。
 
 気にはなる。気にはなるが、だからと言って無理強いしてまで問いただすべきかと言うと、そうではない気がした。
 どうせ明日には帰るのだから、聞いたところでという話だ。
 だから、俺はもう一言付け加える。
 
「ああ、別に言いたくない事なら、大丈夫ですよ。他の話をしましょうか」

 と、話題の転換を提案する。
 しかし、彼女は頭を振って、
 
「いえ、言いたくない訳では無いんです。あまり楽しいお話でもないので、どうかなと思っただけです。でも、そうですね。空間さんになら、お話しします――」

 と、ぽつりぽつりと、その神様――タテシマ様について話してくれた。

「――わたしは、この海に捨てられた赤子でした。わたしは、沈み行き死を待つだけの存在でした。そこに手を差し伸べてくれたのが神様――タテシマ様でした」

 それが話の入りだった。
 タテシマ様。ヨコシマ様ではなく、タテシマ。そちらが彼女にとっての神様だ。
 その神様が、手を差し伸べてくれた。赤子であったナキの命を助けてくれた。
 
「わたしが出会った時には既に、タテシマ様もまたとても弱っている様でした。わたしと同じ、まるでわたしと同じ捨てられた子の様に、何かに怯える様に、海の底で震えていました。――わたしは、そんなタテシマ様へと手を差し伸べました。タテシマ様もまた、可哀想なわたしに手を差し伸べてくださいました」

 捨てられた可哀想な赤子。たった一人、海の底で震えていた神様。
 そんな寂しく独りぼっちな二人が、出会った。

 そして、ナキは最後をこう締めくくった。

「そして、気づけばわたしはこの海の底に居ました」

 俺は最初、その先の言葉が続くものだと思って、しばらくの間黙って続きを待った。
 しかし、その内気付いた。これで彼女の話は終わりなのだと。
 でもそれだと、話が落ちていないと思って、肝心なところが抜けている気がして、

「待って。それだと、その神様――タテシマ様はどうなったんですか?」

 そう。海の中で赤子のナキとタテシマ様が出会って――それで、どうなった?
 どうなるとナキが“海の底に居た”という結果に繋がるんだ?
 今ここに、海の底に居るのはナキただ一人だけ。なら、ナキの出会ったという神様は、どこに――、

「――ここに」

 ナキは自分の胸にそっと手を当てて、そう答えた。
 ここ。彼女の胸――つまり心臓、もしくは心。
 彼女は言葉を続ける。

「タテシマ様は、わたしの中に居ます。わたしに自身の命を分けて下さったのです」

 自らの命を犠牲にして、自分の身すら厭わずに、赤子を助けた。
 海の底で震えていた独りぼっちの神様から与えられた慈愛。

「あの方のおかげで、わたしは今も生きています」
「……良い神様、だったんですね」
「ええ。とても優しく、慈悲深い方です。そして、わたしの中へと住まわれてからも、わたしの願いを叶えてくれるんです。腹が空けば食事を、幼いわたしが遊びたいと我儘を言えば玩具を。そうやって、わたしの欲しがる物を与えてくれました」

 ここへ来た時に見てきた、数々のガラクタ。物の墓場。
 欠けた湯飲み、ぐちゃぐちゃに丸められた紙くず、古い人形、穴の空いたお手玉、破れた本。
 あれらは全てタテシマ様が幼いナキをあやすために、願いを叶えた結果だったという事。
 命を与え、そしてナキが願うままに、望むままに願いを叶えてくれる、超常の力を持つ神様。

「ああ、なるほど。このお茶や、お菓子も――」
「はい。タテシマ様がいつの間にか用意して下さるんです。私の願いを、叶えてくれるんです」

 “願いを叶える”――同じ言葉を、つい昨日も聞いた。
 
「願い――。もしかして、ナキさんの言っていたあれって――」

 出会った時、“あなたの願いを叶えてあげます”と、彼女はそう言っていた。

「そうです。勿論わたしに出来る事なら、わたしが。でも、出来ない事はタテシマ様にお願いすれば、叶えてくれます」

 ナキは願いを叶えてくれる。それも、神の力という超常的な力によって。
 だから、俺の期待している願いも叶えてくれると、そう思った。確信した。
 何故神が俺の願いまで叶えてくれるのかなんて、その期待の前には些細な問題だった。

「良かった……」

 思わずそんな声が漏れた。

「良かった、ですか?」
「ああ、ごめん。実は、叶えてもらえたいお願いがあって」
「はい。今日の分、ですね。何でも言ってみてください」

 俺は今日一日ずっと温め続けていた“お願い”を口にする。
 
「――元の世界に、帰りたいんです」

 ナキという美しい深海の歌姫との別れに対して後ろ髪を引かれる思いはあるが、それでも元の世界へと戻りたいという気持ちも同時に有った。
 だから、俺は“お願い”をした。
 
 もっとも、その願いを叶えてくれるのはナキではなくその内に存在するタテシマ様という神様らしいのだが、どちらでも良い事だった。
 どちらにしても、当然これで終わるのだと思っていた。
 この夢の様な、幻の様な体験は、これで終わるのだと。
 
 ――しかし、そうはならなかった。
 彼女からの返答は俺の期待していたものとは、思い描いていたものとは違っていた。

 ナキは、こう言ったのだ。

「――ごめんなさい。えっと、元の世界って、どこですか?」

 愕然とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...