ヴィフ・クルール~拾った女の子が人間ではなかった件~(仮)

若山ゆう

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第3章

碧①

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「哲平くん、ありがとう」

 しっかりと哲平の手を握り、紅が礼をいう。結局いつものブラウスとスカートで、ツインテールのまま、紅は夕暮れの大通りを駅に向かって歩いていた。空いている哲平の手には、大きなショッピングバッグが二、三個握られている。

「いいんだよ、これで俺も落ち着くし……てか、全然気づかなかったよ。じゃあ紅は昨日、靴のままうちに上がってたんだね……」

 リビングに入れたときは余裕がなくてそれどころじゃなかったし、部屋に入れたら入れたで、若くて可愛い紅を直視できずに、ずっと距離をとって過ごしていた。部屋を出るときは気化していたし、シングルベッドは紅に譲り、自分は床で寝ていたから、まさか紅が靴のままだなんて気づきもしなかった。

「まあ、終わってみたら、朱里がいてくれてよかった、って感じだな」

 今日一日で、朱里の哲平に対する見方は相当変わったと思われるが、それも仕方がない。紅を受け入れると決めた時点で、ある程度の不利益や面倒は織り込み済みだ。……それが、こんな形になるとは思わなかったが。

「……まあ、空気になったり水になったりするんなら、本当はこの恰好が、一番楽ちんなんだけどね!」
「いや、そう簡単に外で変身しないでよ? 誰かに見られたら、大問題だよ。俺もフォローしきれないよ?」

 すると紅はふふっと笑った。

「でも、哲平くんは、見ても受け入れてくれたよ?」
「だから、そんな人ばかりじゃないし、見た人全員に、いちいち説明してらんないでしょ?」
「そうだね。あたしの声が聞こえるのは、哲平くんだけだしね」
「うん、気体のときはね……」

 そんな話を普通の精神状態でできるようになった自分に驚く。我ながら順応が速いのは、紅が普段は人間らしく振舞っていて違和感がまったくないせいかもしれない。

「とにかく、俺から離れないようにね? そばにいないと、助けてあげられないから」

 心配する哲平に、再び紅がふふっと笑う。

「大丈夫だよ。哲平くんなら、どこにいても見つけられるから。哲平くんの緑は、空から見たらすぐわかる」
「そうなの?」
「うん。哲平くんの緑は、とっても輝いて見えるから」
「緑の人なんて、たくさんいるでしょ」
「おんなじ緑の人なんて、ひとりもいないよ。人間はね、ひとりとして同じ色の人はいないんだよ。似たような緑はたくさんいるけど、それでも昨日、あたしの声を聞いてくれた人は、哲平くんしかいなかった」
「……そうなのか」

 緑なら誰でも相性がいいわけではないんだな。

 そのことが妙にうれしく、誇らしい気持ちになる。

「じゃあ、もしはぐれたら、すぐ俺を見つけて、戻ってくるんだぞ?」
「うん」

 紅を握る手に力をこめる。そのとき、不意に紅の体が昨日のように輝き出し、哲平は慌てて手を離した。

「うわっ、まずい。紅、今エネルギー切れ?」
「そんなことないよ。もうずっと、哲平くんと手繋いでたし」

 手を離しても、ほんのりとした輝きが消えない。もう夕暮れ時だ、昼間と違って人間が発光などしたら人目を引きすぎる。

「まずいよ、なんでだよ⁉ とりあえず、目立たないところに移動だ――」

 近くの路地に向かってぐいと紅の手を引いたとき、よろけた紅の体が通りを歩く男とぶつかった。

「紅――」

 バランスを崩した紅を助けようと振り向いて、哲平は驚愕した。

 ぶつかった紅の肩が、溶けるようになくなり、代わりに紫色のもやもやした何かが、漂うように揺らめいている。それはまるで、紅の肩を侵蝕するようにぼやけ、同時に、ぶつかった男の腕にも広がっていた。
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