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第7章

蘇比③

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「おい桔梗、何を――」

 止める間もなく、桔梗が引き金を引いた。しゅん、と風を切る音がした後、桔梗の体が光り輝いた。固まる男たちを前に、桔梗の口元がうっすらと微笑んだ。

「手加減、しないわよ?」

 右手が上がって男たちを指さし、桔梗が呟いた。

「食らいなさい。『氷矢の舞』」

 指先の空気が粒状に変化したかと思うと、無数の氷の矢が形成されてふたりの男めがけて放たれた。伏せた洸太郎と朱里の目の前で、上半身に鋭い氷柱を無数に受けて男たちがどさりと仰向けに倒れた。

「う……うわあ……っ」

 血だらけになり動かなくなった男たちを見て、洸太郎がぶるぶると震え出す。

「洸太郎! 早く蘇比の蓋を開けるんだ!」

 紺碧の声で我に返った洸太郎が、揺れる指先でボトルを手に取った。キャップを回そうとして、手が滑る。

「だ……だめだ、力が入らない……」
「二名負傷! 二名負傷!」

 ロータリーのほうから男が二人インカムで報告している。その前を、華が走っていた。両手に銃を二台持っている。

「紺碧! サッカーを奪ったわ!」

 何とかリュックの中に押し込みながら駆けてくるすぐ後ろを、蘇比の攻撃から回復した二人がぴたりと追う。

「急げ、華! 追いつかれるぞ!」

 叫びながら、紺碧が洸太郎に駆け寄る。

「貸せ!」

 奪うようにオレンジのボトルを手に取ると、手早くキャップを外した。

「蘇比! 無事か」

 返事は聞こえない。

「洸太郎、指を借りるぞ」

 紺碧が洸太郎の手を握り、その指先を自ら出ることのできない蘇比へと浸す。途端に液体が発光し、ボトルを飛び出た蘇比が人間態へと姿を変えた。

「いやあ、終わったかと思ったぜ! ありがとうな、野郎ども」

 笑顔の蘇比を見て、洸太郎がぼろぼろと涙をこぼした。

「蘇比……っ! 怖かった、怖かったよ!」

 ぎゅうっとがたいのいい蘇比の腰に抱きついた瞬間、蘇比の体が再び光り輝いた。

「うお? これは……」

 蘇比が光る自らの体を見つめながら呟く。洸太郎も何事かと戸惑っている。

「チャンスだ、蘇比。おまえの力はなんだ?」

 紺碧にいわれ、蘇比ははっとした。

「……わかった、こっちに来い」
「なんだ、反撃しないのか」
「俺の力はそんなんじゃない。いいから早く来い、力が無駄になるぞ」

 紺碧は華を見た。今にも男たちに追いつかれそうだ。そして朱里を見る。桔梗が抱き起そうとしているが、まだろくに動けない朱里を女が支えるのは厳しそうだ。

「朱里! 立つのよ!」

 何とか背負おうとする桔梗を制し、蘇比が朱里を抱え上げた。

「行くぞ、ついてこい!」

 洸太郎と桔梗を先導して路地へと入る。

「紺碧! 早くしろ!」

 しかし紺碧は華のほうへと向かった。

「そっちは頼んだぞ、蘇比!」
「サッカーを二台奪われた! まずはVC紺碧のパートナーを確保だ、サッカーを奪い返せ! それから負傷者二名の容態確認、残るサッカーを奪われるな!」

 華が息を切らしながら駆けてくる。

「碧……!」

 真っ赤な顔をして、怯えた目で、手を伸ばす。

「大丈夫だ、華――!」

 男たちの手がかかる一瞬前に、華が紺碧の手を取った。その瞬間、紺碧の体が光り輝き、紺碧はにやりと笑った。

「待っていたぞ、華。――『部分変化へんげ』」

 華の目の前で紺碧が消え、紺色の蒸気だけが残った。

『華、しっかり掴まっていろ!』

 刹那、華の体がふわりと宙に浮く。

「きゃああっ⁉」

 呆気にとられる黒服たちの前で、華の体が紺の靄とともに空高く舞い上がった。よく見ると、靄の中から色白な腕が二本伸び、華の両手首をしっかりと掴んでいた。

「ななな、なにこれ⁉」
『落ち着け華、すぐ下ろしてやる』

 脳内に紺碧の声が響く。すっかりパニックになっている華を連れて、紺碧は遥か遠くの屋根の向こうへと姿を消した。
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