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第7章
山辺隊長②
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言葉に詰まる。
「……だから、紅が戻りたくないっていったから」
「では君は、道端で家出少女に出会ったら、だれかれ構わず受け入れるのかね? そうじゃないだろう」
言葉を返せない。
「……質問を変えよう。VC紅を匿うことで、君にもたらされるメリットは、何かあるのかね?」
やはり、すぐには答えられなかった。
最初は単純に、一緒にいると楽しいと思った。それからすぐに、ただ楽しいだけでは済まされない大事だと気づき、恐ろしい思いもした。それでも紅を拒絶しなかったのは、紅が頼れるのは自分しかいない、と思ったからだ。
山辺が、哲平の表情を観察している。
「君たち人間にとって、VCとともにいることには、何のメリットもない。だが、VCにとっては違う。奴らにとって、研究所を出た今となっては、君のようなパートナーを見つけることは、文字どおり死活問題だ。わかるかい? VCは、研究所外で生きていくためには、数少ない相性の合う人間を見つけなくてはならない。そしてその人間に張り付き、エネルギーを供給され続けなければならない。奴らにとって、パートナーの人間は命綱だ。だから、その命綱を確保するためには、なんだってする。取り入る、こびる、騙す、邪魔をする人間を攻撃する――」
「違う!」
耐え切れずに、哲平は大声を出した。
「紅は……紅は、そんな子じゃない!」
震える哲平の手に、山辺がそっと手のひらを重ねた。
「哲平くん。奴らの見た目や言動に騙されてはいけない。紅は君になんといった? 君しか頼れる人がいない、君は命の恩人だ、何があっても君を守る、君のためなら何でもする。そんな、甘い言葉をかけられたのではないか? だが、それは違う。奴らは、君を守ろうとしているのではない。奴らは、自分たちの命を守ろうとしているに過ぎない。いってみればね、哲平くん。君たちパートナーの人間は、VCにとっては、生きるのに欠かせない食事と同じなんだよ」
頭が痛くなってきた。受け入れたくないのに、山辺の毒々しい言葉が頭の中から追い出せない。紅の笑顔、紅の脅えた目、紅の声。明るく輝く紅の足跡を、山辺のどす黒い言葉がかき消そうとする。
違う。あの笑顔に偽りはないはずだ。確かに自分は紅の命綱かもしれない。でも、それ以上の絆を、短い間に築いてきたはずだ。……それとも、そう思い込んでいるのは、自分だけなのか? 冴えない自分にちょっと可愛い彼女ができたような錯覚をして浮かれていたのは、自分だけだったのか。
「哲平くん。よく聞きなさい。VCの本当の姿。それはね、河川敷で見た、あの姿なんだよ。人間を傷つけ、爆発を起こして怪我をさせ、氷の刃で容赦なく突き刺す――あの攻撃性の高い姿こそが、奴らの本性なんだ。私たちはそれを知っているからこそ、こうして君の目を覚まさせようとしている。繰り返すが、私たちは君たち人間の敵ではない。むしろ、VCの脅威から人間を守るために働いているんだ。私たちを信じてほしい」
山辺の真摯なまなざしから、目を逸らすことができなかった。ほかの黒服にはない感情を、この男から感じ取った。部下の男たちはともかく、この山辺という男は、確かに自分たちを尊重し守ろうとしてくれている。自分たちの利益のために動くだけでなく、哲平の身を、案じているようにすら見えた。
喉がカラカラに乾く。山辺のいうことはもっともらしい。だが、紅とともに過ごして実際に感じた感情を否定することなどできない。
「俺は……どうすれば……」
そのとき、無線機がにわかに騒がしくなった。
『二名負傷! 二名負傷!』
叫び声が飛び込んできた。
『VC桔梗にやられた! 全身から出血して動かない! 女にサッカーを二台奪われた! 蘇比が逃走、二名負傷、二名負傷!』
切羽詰まった男の声に混ざって、女の悲鳴や男の怒号が聞こえる。山辺がすぐに指示を出した。
「まずは女を確保だ、サッカーを奪い返せ! それから負傷者二名の容態確認、残るサッカーは絶対に奪われるな!」
『了解!』
それからしばらく無線機に耳を傾けると、山辺は険しい顔つきで再び哲平を見た。
「桔梗が力を発動させたらしい。私の部下が二人、出血して意識不明だ。すぐ収容して搬送する。悪いが、君にはもう少し話を聞きたい。不本意だが、逃げられたら困るから失礼させてもらうよ」
そして哲平の手首に手錠をかけると、もう一方を車体の取っ手に固定した。
「すぐ戻る、静かにしていてくれ」
バンを出ようとして、山辺がふと振り返った。
「……これが、奴らの本性なんだよ」
「……だから、紅が戻りたくないっていったから」
「では君は、道端で家出少女に出会ったら、だれかれ構わず受け入れるのかね? そうじゃないだろう」
言葉を返せない。
「……質問を変えよう。VC紅を匿うことで、君にもたらされるメリットは、何かあるのかね?」
やはり、すぐには答えられなかった。
最初は単純に、一緒にいると楽しいと思った。それからすぐに、ただ楽しいだけでは済まされない大事だと気づき、恐ろしい思いもした。それでも紅を拒絶しなかったのは、紅が頼れるのは自分しかいない、と思ったからだ。
山辺が、哲平の表情を観察している。
「君たち人間にとって、VCとともにいることには、何のメリットもない。だが、VCにとっては違う。奴らにとって、研究所を出た今となっては、君のようなパートナーを見つけることは、文字どおり死活問題だ。わかるかい? VCは、研究所外で生きていくためには、数少ない相性の合う人間を見つけなくてはならない。そしてその人間に張り付き、エネルギーを供給され続けなければならない。奴らにとって、パートナーの人間は命綱だ。だから、その命綱を確保するためには、なんだってする。取り入る、こびる、騙す、邪魔をする人間を攻撃する――」
「違う!」
耐え切れずに、哲平は大声を出した。
「紅は……紅は、そんな子じゃない!」
震える哲平の手に、山辺がそっと手のひらを重ねた。
「哲平くん。奴らの見た目や言動に騙されてはいけない。紅は君になんといった? 君しか頼れる人がいない、君は命の恩人だ、何があっても君を守る、君のためなら何でもする。そんな、甘い言葉をかけられたのではないか? だが、それは違う。奴らは、君を守ろうとしているのではない。奴らは、自分たちの命を守ろうとしているに過ぎない。いってみればね、哲平くん。君たちパートナーの人間は、VCにとっては、生きるのに欠かせない食事と同じなんだよ」
頭が痛くなってきた。受け入れたくないのに、山辺の毒々しい言葉が頭の中から追い出せない。紅の笑顔、紅の脅えた目、紅の声。明るく輝く紅の足跡を、山辺のどす黒い言葉がかき消そうとする。
違う。あの笑顔に偽りはないはずだ。確かに自分は紅の命綱かもしれない。でも、それ以上の絆を、短い間に築いてきたはずだ。……それとも、そう思い込んでいるのは、自分だけなのか? 冴えない自分にちょっと可愛い彼女ができたような錯覚をして浮かれていたのは、自分だけだったのか。
「哲平くん。よく聞きなさい。VCの本当の姿。それはね、河川敷で見た、あの姿なんだよ。人間を傷つけ、爆発を起こして怪我をさせ、氷の刃で容赦なく突き刺す――あの攻撃性の高い姿こそが、奴らの本性なんだ。私たちはそれを知っているからこそ、こうして君の目を覚まさせようとしている。繰り返すが、私たちは君たち人間の敵ではない。むしろ、VCの脅威から人間を守るために働いているんだ。私たちを信じてほしい」
山辺の真摯なまなざしから、目を逸らすことができなかった。ほかの黒服にはない感情を、この男から感じ取った。部下の男たちはともかく、この山辺という男は、確かに自分たちを尊重し守ろうとしてくれている。自分たちの利益のために動くだけでなく、哲平の身を、案じているようにすら見えた。
喉がカラカラに乾く。山辺のいうことはもっともらしい。だが、紅とともに過ごして実際に感じた感情を否定することなどできない。
「俺は……どうすれば……」
そのとき、無線機がにわかに騒がしくなった。
『二名負傷! 二名負傷!』
叫び声が飛び込んできた。
『VC桔梗にやられた! 全身から出血して動かない! 女にサッカーを二台奪われた! 蘇比が逃走、二名負傷、二名負傷!』
切羽詰まった男の声に混ざって、女の悲鳴や男の怒号が聞こえる。山辺がすぐに指示を出した。
「まずは女を確保だ、サッカーを奪い返せ! それから負傷者二名の容態確認、残るサッカーは絶対に奪われるな!」
『了解!』
それからしばらく無線機に耳を傾けると、山辺は険しい顔つきで再び哲平を見た。
「桔梗が力を発動させたらしい。私の部下が二人、出血して意識不明だ。すぐ収容して搬送する。悪いが、君にはもう少し話を聞きたい。不本意だが、逃げられたら困るから失礼させてもらうよ」
そして哲平の手首に手錠をかけると、もう一方を車体の取っ手に固定した。
「すぐ戻る、静かにしていてくれ」
バンを出ようとして、山辺がふと振り返った。
「……これが、奴らの本性なんだよ」
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