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第9章
異変②
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「う……うぅ……」
何かを堪えるように歯を噛みしめ、恐ろしい目つきで慎一を凝視している。
「まただわ! 桔梗、しっかりして!」
寄り添おうとする朱里の手を振り払うと、桔梗はいきなり慎一の首へと手を伸ばした。止める間もなく両手で掴み、ぎりぎりと力をこめるその顔は、冷静沈着な桔梗とは別人のようだ。慎一は声も出せずにその場に崩れ落ちた。
「おい、何してんだよ⁉」
哲平が後ろから桔梗を羽交い絞めにして引き離すと同時に、慎一が激しく咳込む。桔梗は迷いのない目で立ち上がった。
「殺す……殺すのよ!」
次の瞬間、桔梗が紫の気体へと変化し、喘ぐように開いた慎一の口の中へと、ためらうことなく飛んだ。
「桔梗!」
咄嗟に伸ばした朱里の手は空を掴み、隙間から紫の煙がすり抜けた。
「ダメだ……!」
哲平の脳裏に、数日前の惨劇が蘇る。考えるより速く、体が動いた。桔梗が慎一の口へと潜り込む寸前に、慎一へ体当たりを食らわす。絡まるようにして床に転がったふたりを紫の靄が追従し、再び慎一の耳から侵入しようとしたところで、山吹が小型銃を桔梗に向けた。
空気を切る音とともに、桔梗が人間態に戻ってどさりと倒れた。
「桔梗……!」
「触らないで!」
駆け寄る朱里に山吹が叫ぶ。山吹の手に握られていたのは、華から預かったエナジーサッカーだった。
「あなたが触れたら桔梗はまたエネルギーを取り戻す。そしたらまた、慎一さんを襲うかもしれない」
「そんな……!」
怒りにも戸惑いにも見える歪んだ顔で、朱里が哲平と慎一をすがるように見た。慎一は肩で息をしながらずり下がった眼鏡を直した。
「……DNAに異常があるのはわかっていたんだ。それが……こんなことに、なるとは……」
額の汗を拭うと、慎一は倒れて動けない桔梗を見下ろした。
「桔梗、すぐ治してやる。きっと治ると、思う。だからもう少し、辛抱していてくれ」
慎一は床に散乱した書類をかき集めると、データを確認しながら再び書斎へ戻った。小型の冷蔵庫のようなところから、注射器に入った透明の液体を取り出す。
「……な、何をする気なの……?」
警戒して桔梗の前に立ちはだかる朱里に、慎一は微笑みかけた。
「安心して。薬だよ。プラスミドベクターだ」
「プラス……?」
きょとんとする朱里に、慎一が手早く準備を進めながら説明する。
「ヴィフ・クルールのDNAは、僕が設計したといったね。そのはずなのに、大学に保管しておいた血液サンプルを調べたら、全員、組み込んでいないはずの塩基配列が見つかった。最初は突然変異やちょっとした遺伝子異常かと思ったけど、桔梗や紺碧、萌葱……全員、同じ異常なんだ。恐らくこれが原因だ。……誰かが、僕の知らないところで、DNAを操作した。そのせいで、作られるはずのないたんぱく質が体内で作られている。まだこの物質がどんな異常を来すのか突き止めるところまではいっていなかったんだけど、とりあえず僕の設計図どおりの塩基配列に戻せるよう、ベクターを作成した。僕の考えが正しければ、これを体内に注射すれば、正常のDNAに戻るはず……なんだが」
桔梗がまだ動けないのを確認して、慎一は桔梗の腕をとった。
「君は、ひとりの男を殺さなければいけないという強迫観念にとりつかれていたといっていたね。その男というのは、どうやら、僕のことみたいだね……」
桔梗はうっすらと目を開けて呻くだけだ。慎一が桔梗の腕を縛り、注射針のキャップを外した。
「本当はもっと試験を重ねてこの薬を使うべきなんだけど、今はそんな余裕がない。悪いけど、今注射を打たせてもらうよ。効果が出るまでは、ブロワーで強制液化して数日様子を見させてもらう――」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
堪らず朱里が慎一の腕を押さえた。
何かを堪えるように歯を噛みしめ、恐ろしい目つきで慎一を凝視している。
「まただわ! 桔梗、しっかりして!」
寄り添おうとする朱里の手を振り払うと、桔梗はいきなり慎一の首へと手を伸ばした。止める間もなく両手で掴み、ぎりぎりと力をこめるその顔は、冷静沈着な桔梗とは別人のようだ。慎一は声も出せずにその場に崩れ落ちた。
「おい、何してんだよ⁉」
哲平が後ろから桔梗を羽交い絞めにして引き離すと同時に、慎一が激しく咳込む。桔梗は迷いのない目で立ち上がった。
「殺す……殺すのよ!」
次の瞬間、桔梗が紫の気体へと変化し、喘ぐように開いた慎一の口の中へと、ためらうことなく飛んだ。
「桔梗!」
咄嗟に伸ばした朱里の手は空を掴み、隙間から紫の煙がすり抜けた。
「ダメだ……!」
哲平の脳裏に、数日前の惨劇が蘇る。考えるより速く、体が動いた。桔梗が慎一の口へと潜り込む寸前に、慎一へ体当たりを食らわす。絡まるようにして床に転がったふたりを紫の靄が追従し、再び慎一の耳から侵入しようとしたところで、山吹が小型銃を桔梗に向けた。
空気を切る音とともに、桔梗が人間態に戻ってどさりと倒れた。
「桔梗……!」
「触らないで!」
駆け寄る朱里に山吹が叫ぶ。山吹の手に握られていたのは、華から預かったエナジーサッカーだった。
「あなたが触れたら桔梗はまたエネルギーを取り戻す。そしたらまた、慎一さんを襲うかもしれない」
「そんな……!」
怒りにも戸惑いにも見える歪んだ顔で、朱里が哲平と慎一をすがるように見た。慎一は肩で息をしながらずり下がった眼鏡を直した。
「……DNAに異常があるのはわかっていたんだ。それが……こんなことに、なるとは……」
額の汗を拭うと、慎一は倒れて動けない桔梗を見下ろした。
「桔梗、すぐ治してやる。きっと治ると、思う。だからもう少し、辛抱していてくれ」
慎一は床に散乱した書類をかき集めると、データを確認しながら再び書斎へ戻った。小型の冷蔵庫のようなところから、注射器に入った透明の液体を取り出す。
「……な、何をする気なの……?」
警戒して桔梗の前に立ちはだかる朱里に、慎一は微笑みかけた。
「安心して。薬だよ。プラスミドベクターだ」
「プラス……?」
きょとんとする朱里に、慎一が手早く準備を進めながら説明する。
「ヴィフ・クルールのDNAは、僕が設計したといったね。そのはずなのに、大学に保管しておいた血液サンプルを調べたら、全員、組み込んでいないはずの塩基配列が見つかった。最初は突然変異やちょっとした遺伝子異常かと思ったけど、桔梗や紺碧、萌葱……全員、同じ異常なんだ。恐らくこれが原因だ。……誰かが、僕の知らないところで、DNAを操作した。そのせいで、作られるはずのないたんぱく質が体内で作られている。まだこの物質がどんな異常を来すのか突き止めるところまではいっていなかったんだけど、とりあえず僕の設計図どおりの塩基配列に戻せるよう、ベクターを作成した。僕の考えが正しければ、これを体内に注射すれば、正常のDNAに戻るはず……なんだが」
桔梗がまだ動けないのを確認して、慎一は桔梗の腕をとった。
「君は、ひとりの男を殺さなければいけないという強迫観念にとりつかれていたといっていたね。その男というのは、どうやら、僕のことみたいだね……」
桔梗はうっすらと目を開けて呻くだけだ。慎一が桔梗の腕を縛り、注射針のキャップを外した。
「本当はもっと試験を重ねてこの薬を使うべきなんだけど、今はそんな余裕がない。悪いけど、今注射を打たせてもらうよ。効果が出るまでは、ブロワーで強制液化して数日様子を見させてもらう――」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
堪らず朱里が慎一の腕を押さえた。
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