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第9章

再会②

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 紅は自分の両の手のひらを見つめた。いまだ光は収まらず、白い肌を透けて内側から放たれる輝きは、眩しいくらいだ。

「こんなに綺麗に光るまで、自分の気持ちにも自信が持てないなんて、ダメだな俺……」

 紅の顔が、ぱあっと明るくなった。

「ダメじゃないよ、哲平くん!」

 いうなり、今度は紅のほうから哲平に抱きついて押し倒す。仰向けに倒れた哲平に馬乗りになる紅の笑顔には一点の曇りもなく、すっかりいつもの彼女に戻っていた。

「哲平くん! あたしね、あんな強がりいったけど、やっぱり哲平くん以上の人は見つけられなくて、半分後悔しながらここに来たの。ここなら、いろんな人の色が見えるし、もしかしたら……哲平くんの気が変わってたら、もしかするかも……って」

 てへ、と恥ずかしそうに舌を出す紅を見て、哲平も思わず笑ってしまった。

「……結局、おんなじこと考えてたんじゃん、俺たち」

 取り巻く群衆はちょっとした騒ぎになっており、ふたりが立ち上がると彼らはざわめきながら数歩後ずさった。スマホを掲げて懸命に撮影をしながら、どこか怯えたような目でふたりを見つめている。興味津々なのに、決して近づこうとしない。

 ……そうだよな、光る人間なんて見たら、これが普通の反応だよな。

 理解とも諦めともつかない思いに、自分がいつの間にかVC側の存在になったかのような考え方をしていることに気づく。それも今では、驚くほど自然に許容できる感情だった。

「紅、うちに帰ろう」
「でも哲平くん、もう少し光が収まらないと……」
「かまわないよ、もうこれだけの人に見られちゃったし、そのうち収まるよ――」
「そうだな、かまわない。おまえはどのみち帰らないのだから」

 突如として人ごみの中から低い声が聞こえ、哲平は反射的に紅を背後へ庇うようにしてあたりを見回した。とりまく群衆の中に、知った顔はいない。

「哲平くん、下!」

 見ると、群衆の足元を縫うようにして、黒い煙がゆらゆらと現れた。生き物のように蠢いて立ち昇ると、それが黒いコートを着た男に姿を変え、途端に人々は悲鳴をあげながら散り散りに走り始めた。発光する人間どころではないその光景に、公園の一角は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。それでも、コートの男は気にするそぶりも見せずにふたりを凝視していた。

「また会ったな、人間。俺の最後の言葉、覚えているだろう?」

 口角を片方だけ釣り上げて、墨が笑う。その目に宿る冷たい光に、哲平は吐きそうなほど息苦しくなった。だが、もう後戻りはできない。紅を助けたところを、墨に見られた。それだけではない、いまだ輝きの衰えない紅の体が、真実を物語っている。
 墨の右手が前へ伸びた。紅を背後に隠したまま、哲平がよろよろと後ずさる。

「べ、紅には触らせない……っ」

 自分を鼓舞するように吐き捨てた言葉は思った以上に力がなく、墨が声をあげて笑った。

「人間とは、どこまで愚かな生き物なんだ。己の力の限界も知らずに、それ以上のものを造ったり守ろうとしたりする。愚かすぎて手にかけるのも馬鹿らしい」

 伸びた墨の右手が素早く薙ぎ払われ、哲平はいとも簡単に弾き飛ばされた。あらわになった紅へと墨の指先が届く寸前、紅が瞬時に気化して空へ舞い上がり、そのまま哲平のそばへ降り立ち再び人間態となる。今度は、倒れた哲平を守るように紅がひざまずいた。一度気化しても、まだ紅の体は明るいままだ。

「紅、俺はいいから逃げろっ」
「逃げないよ! あたしは哲平くんに助けてもらったんだから、今度はあたしが、哲平くんを助ける番だもん!」

 紅が、哲平を抱え起こした。そして素早くあたりを見回す。取り囲んでいた群衆は公園の隅のほうまで遠ざかり、怖いもの見たさなのか物陰から様子を窺う者ばかりだ。近くには、墨しかいない。もう一度自分の手のひらを見て、いまだ発光していることを確認すると、紅は力強くうなずいた。

「人間ひとり庇いながら俺から逃れようとは、ずいぶん見くびられたものだな……」

 墨が、ゆっくりと距離を詰める。もうあと一歩も進めば、紅に手が届きそうな近さだ。紅は哲平の体を背後に隠し、彼の両腕を自分の腰に巻き付けた。

「哲平くん、しっかり、掴まっててね?」
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