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第10章
お迎え
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太陽が真上に昇る頃、萌葱はバス停がよく見える大木の上にいた。緑の葉の生い茂る電柱のような木の中で、液化してそよぐ木の葉に同化する。これなら、下から見てもわかりにくいし、上空から探されても葉の影に隠れて見えないはずだ。
祐輔には、自分が高校へ行っている間、部屋から一歩も出るなといわれていた。家の中にさえいれば、墨にもFCの連中にも見つかる危険はない。だが、それでは萌葱は安全でも、祐輔の安全は保証されない。祐輔は、FCの人間には顔は割れていないはずだが、墨には見られている。通学の道中で見つからないとも限らない。
萌葱は居ても立ってもいられなくなり、こうして最寄りのバス停が見える場所で祐輔の帰りを待っていた。
もう何台かバスをやり過ごした頃、萌葱の潜む木の根元にひとりの男がやってきた。頭上の萌葱には当然気づかず、どかっと木の幹に背をもたれると、腕を組んでバス停を眺めている。こっそりと上から覗き見した萌葱は、その正体を知って思わず声をかけてしまった。
『蘇比』
びくりと体を震わせた大男が、挙動不審に首を左右に振っている。
『上です、上。萌葱です』
蘇比は訝し気に上を見上げ、目を細めている。
「……萌葱か? 本当にいるのか?」
萌葱は枝を伝って少しだけ降りてきた。
『私、緑なので。うまく隠れてるでしょう?』
ガサガサと葉が動いたのを見て、蘇比が目を丸くした。
「うお、本当だ。こんなところで会うなんて驚きだな。何してるんだ。祐輔は?」
『今日は午前だけ学校の日なんですって。そろそろ帰ってくる頃かと思って、お迎えに。そちらこそ、洸太郎くんは』
「あんたと一緒だよ。今日は昼まで小学校だっていうから、迎えに来た。このバス停で降りるはずなんだ。俺ばかり安全な部屋にいてもなあ、洸太郎はFCの奴らに顔がばれてるからなあ。人間相手なら、俺だって負けやしねえ」
だからといってそんなに堂々としていては、FCはともかく墨に見つかったときにまずいのでは、といいそうになって、思い出す。蘇比と洸太郎は、墨にはまだ遭遇していない。つまり、墨にはばれているがFCにはまだばれていない自分たちとは、逆の境遇だ。
『……なんだか、複雑ですね』
蘇比はバス停を眺めながら笑った。
「そうだなあ。FCにしても墨にしても、俺たちをほっといてくれりゃあ、何も悪さもせずに人間と仲良く暮らすのになあ」
妙に達観したような言い方だ。
『……蘇比は、怖くはないのですか?』
「ん? 捕まったり殺されたり、ってことか?」
『それもそうですし……洸太郎くんの身が、危険に曝されることとか』
自分なら、怖い。せっかく、高貴で温かい赤紫の色を持つ祐輔に出会えたのに――自分を受け入れ理解してくれる人間を見つけたのに、その人を失うかもしれないと思うと、恐ろしくてじっとしていられなくなる。
「……怖い、ってのとはちょっと違うなあ」
少し考えてから、蘇比が答えた。
「洸太郎はな、俺が、守らなきゃいけない存在なんだ。あいつを守れる奴は、俺しかいない。だから俺は、何に代えてもあいつを守る。それだけだ」
『自分のことは、二の次なんですね』
「どうなんだろうな? 一とか二とかって話じゃないのかもな。そもそも比べるもんじゃねえ」
蘇比と洸太郎の関係は、自分や他のVCたちとは、ちょっと違うのかもしれない。
漠然とそんなことを思っていると、蘇比が身を起こした。
「お、バスから降りてきたぞ。……なんだ、洸太郎と祐輔、一緒じゃねえか」
声をかけようとして、足を止める。ふたりは蘇比には気づかず、仲良さそうに話をしながら、家とは反対の方向へと歩いていく。
『洸太郎くんも、祐輔と同じ方向でしたよね? どうしたんでしょう。寄り道でしょうか……』
にわかに落ち着きをなくす萌葱に、蘇比が周囲を見回しながら意味ありげに笑った。
「ま、今のところ怪しい奴らもいないし、ここはちょっと、見守るとしますか」
祐輔には、自分が高校へ行っている間、部屋から一歩も出るなといわれていた。家の中にさえいれば、墨にもFCの連中にも見つかる危険はない。だが、それでは萌葱は安全でも、祐輔の安全は保証されない。祐輔は、FCの人間には顔は割れていないはずだが、墨には見られている。通学の道中で見つからないとも限らない。
萌葱は居ても立ってもいられなくなり、こうして最寄りのバス停が見える場所で祐輔の帰りを待っていた。
もう何台かバスをやり過ごした頃、萌葱の潜む木の根元にひとりの男がやってきた。頭上の萌葱には当然気づかず、どかっと木の幹に背をもたれると、腕を組んでバス停を眺めている。こっそりと上から覗き見した萌葱は、その正体を知って思わず声をかけてしまった。
『蘇比』
びくりと体を震わせた大男が、挙動不審に首を左右に振っている。
『上です、上。萌葱です』
蘇比は訝し気に上を見上げ、目を細めている。
「……萌葱か? 本当にいるのか?」
萌葱は枝を伝って少しだけ降りてきた。
『私、緑なので。うまく隠れてるでしょう?』
ガサガサと葉が動いたのを見て、蘇比が目を丸くした。
「うお、本当だ。こんなところで会うなんて驚きだな。何してるんだ。祐輔は?」
『今日は午前だけ学校の日なんですって。そろそろ帰ってくる頃かと思って、お迎えに。そちらこそ、洸太郎くんは』
「あんたと一緒だよ。今日は昼まで小学校だっていうから、迎えに来た。このバス停で降りるはずなんだ。俺ばかり安全な部屋にいてもなあ、洸太郎はFCの奴らに顔がばれてるからなあ。人間相手なら、俺だって負けやしねえ」
だからといってそんなに堂々としていては、FCはともかく墨に見つかったときにまずいのでは、といいそうになって、思い出す。蘇比と洸太郎は、墨にはまだ遭遇していない。つまり、墨にはばれているがFCにはまだばれていない自分たちとは、逆の境遇だ。
『……なんだか、複雑ですね』
蘇比はバス停を眺めながら笑った。
「そうだなあ。FCにしても墨にしても、俺たちをほっといてくれりゃあ、何も悪さもせずに人間と仲良く暮らすのになあ」
妙に達観したような言い方だ。
『……蘇比は、怖くはないのですか?』
「ん? 捕まったり殺されたり、ってことか?」
『それもそうですし……洸太郎くんの身が、危険に曝されることとか』
自分なら、怖い。せっかく、高貴で温かい赤紫の色を持つ祐輔に出会えたのに――自分を受け入れ理解してくれる人間を見つけたのに、その人を失うかもしれないと思うと、恐ろしくてじっとしていられなくなる。
「……怖い、ってのとはちょっと違うなあ」
少し考えてから、蘇比が答えた。
「洸太郎はな、俺が、守らなきゃいけない存在なんだ。あいつを守れる奴は、俺しかいない。だから俺は、何に代えてもあいつを守る。それだけだ」
『自分のことは、二の次なんですね』
「どうなんだろうな? 一とか二とかって話じゃないのかもな。そもそも比べるもんじゃねえ」
蘇比と洸太郎の関係は、自分や他のVCたちとは、ちょっと違うのかもしれない。
漠然とそんなことを思っていると、蘇比が身を起こした。
「お、バスから降りてきたぞ。……なんだ、洸太郎と祐輔、一緒じゃねえか」
声をかけようとして、足を止める。ふたりは蘇比には気づかず、仲良さそうに話をしながら、家とは反対の方向へと歩いていく。
『洸太郎くんも、祐輔と同じ方向でしたよね? どうしたんでしょう。寄り道でしょうか……』
にわかに落ち着きをなくす萌葱に、蘇比が周囲を見回しながら意味ありげに笑った。
「ま、今のところ怪しい奴らもいないし、ここはちょっと、見守るとしますか」
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