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【第三部:とらわれの舞姫】第七章

告白

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 ナイシェが部屋に入ると、寝台の上に座ったまま動かないサリの姿があった。ナイシェが無言でその隣に座ると、サリは顔を上げずに一言、ごめん、と呟いた。

「……みんなを傷つけるつもりはなかったんだ。ただ……今までずっと、そう思っていたから……」
「いいのよ。一緒に旅をするからには、私たちも本当のことをあなたに話さないとずるいものね。それでどう判断するかは、サリの自由よ」

 サリが顔をあげた。

「本当のことって? サラマ・アンギュースを探してるってこと?」

 ナイシェはしばらく思いめぐらすと、やがて話し出した。

「私……話したことあったかしら。ディオネ姉さんと離れて芸能一座で暮らしていたとき、サリほどではないけど、私もつらい日々が続いていたの。五歳のときに一座に引き取られて、それから十一年間、ずっと……。私も踊りたかったけれど、座長のニーニャは許してくれなくて、ずっと裏方をしていた。それである日、耐え切れなくなって一座を飛び出したときに、偶然、エルシャとフェランに助けてもらったのよ」

 そしてはにかんだ笑いを浮かべた。

「サリと同じ……私も頬を叩かれて、たまらなくなって家出したの。その日舞台を見に来てくれていたエルシャたちが、飛び出した私を見つけてくれて……サリのときと同じように、エルシャは私の頬に触れて、傷を治してくれた。私は一座を辞めて姉さんの住むトモロスに帰ろうと思っていたの。それで、旅の途中だというエルシャたちと一緒に行くことにした。エルシャたちがサラマ・アンギュースを探しているって聞いたのは、姉さんと再会してからだったわ。第一級神官のエルシャは、三百年ぶりに神のお言葉をいただいたっていってた。エルシャはね、とてもいい家柄の出身なのに、神からいただいた使命のために、すべてを捨てて旅に出たのよ」

 サリはそこまで聞くと、再びうつむいてしまった。

「……ごめん。あたし、エルシャにひどいこといったよね……。でも……どうしても信じられなくて。神様の存在だって心から信じたことはなかったし、サラマ・アンギュースだって……いい噂は聞かないし」
「すぐに信じてとはいわないわ。サラマ・アンギュースのこともエルシャや神様のことも、すぐには信じられなくても、理解さえしてくれれば……それであなたが一緒にはいられないと思ったら、それはそれで仕方のないことだし」

 サリは不思議そうな顔でナイシェを見つめた。

「ナイシェたちは、どうしてそんなに彼らのことをよく思えるの? 普通の人は、彼らを快くは思ってないわ。そもそも、神の力を引き継ぐために親を切り裂くってこと以外は、そんなに詳しく知らないし……」
「……実はね、私たち、もう何人かのサラマ・アンギュースと出会ったの」

 言葉を選びながら、ナイシェは話した。

「そのうちのひとり、ゼムズはね、こういっていたわ。神の力は小さなガラスの破片のようなものに凝縮されていて、サラマ・アンギュースはその力を守るために、破片を自分の体の取り出しにくい場所に埋め込むの。だから彼らは、埋める場所に自分の急所を選ぶことが多いそうよ。ゼムズの場合は、神の民のお母さんが不幸な事件で致命傷を負ってね……。お母さんのほうからゼムズに、かけらを自分のお腹の中から取り出すようにいったそうよ。ゼムズは……お母さんの遺志を継ぎたくて、いうとおりにしたって。そしてそれを……自分の心臓に埋めた、っていってたわ」
「心臓に……!?」
「そう。かけらを埋めるときは特別な力が働いて、心臓を傷つけても死なないんですって」

 サリは複雑な表情でしばらく黙り込んでしまった。

「なんだか……よくわからない……だって、親を傷つけることには変わりないんだし……」
「ゼムズも、ほかのサラマ・アンギュースたちも、とてもつらい思いをしてかけらを継承しているのよ。ほかの人とその苦しみを分かち合うこともできずに、むしろ軽蔑や憎しみの目を向けられながら。かけらのために親を傷つける。それはそのとおりよ。でも、その話を聞かせてくれたゼムズの顔を見たら……ゼムズの抱えている心の傷は、私なんかには想像もつかないくらい深くて、そして癒えることすらないのかもしれない。……そう思ったわ」

 サリが困惑した顔でナイシェを見つめている。ナイシェはサリの手を握って語りかけた。

「サリは、今まで親しかった人が実はサラマ・アンギュースだってわかったら、その人から離れてしまう?」
「それは……そうなってみないと、わからない……」

 いいにくそうにしている。ナイシェはしばらく考えてから、もう一度尋ねた。

「じゃあ……もし私がサラマ・アンギュースだっていったら、私を嫌いになる?」

 するとサリは笑っていった。

「ナイシェは親を傷つけるような人じゃない。あたしは人を見る目があるっていったでしょ、あなたがやさしくてあったかい人だってわかってるから、たとえサラマ・アンギュースだとしても、それはまた別……――」

 そこまでいって、サリはナイシェの浮かべている表情に気づいた。サリの顔から笑みがゆっくりと消える。

「まさか……本当に、そうなの……?」

 ナイシェがうなずいた。

「そう。私はね、創造のかけらを持っているの。昔両親が流行り病でなくなったときに、姉が埋めたものよ」

 サリはなんといえばいいのかわからず、必死で言葉を探した。ナイシェはそんなサリの肩に優しく手を乗せて立ち上がった。

「そんなに急いで答えを出さなくてもいいのよ。サリが納得するのなら、それがどんな形でも」

 そして、膝の上で両手を固く握りしめて動かないサリを背に、部屋を出た。
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