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【第四部:神の記憶】第二章

盗難②

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「厄介なことになったな」

 背後で澄んだ低い声がする。ジュノレだった。彼女は金庫の外で行ったり来たりしている警備の者を見ながら、リキュスにいった。

「おまえの名を語ったやつが、亡き六世陛下の紋章を盗んだとは」

 リキュスは厳しい顔でうなずいた。

「行方不明者が出たとなっては、事を内密にしておくわけにもいきませんし、公表するとなると……非常に悪い時期だ」

 二人とも、充分にわかっていた。他のどんな高価な宝石が盗まれても、それがアルマニア六世のものでなければ、ここまで大ごとにはならなかったのだ。国を統べる者の名が悪事に利用されたとあっては、国王の尊厳は地に落ちかねない。さらに人々は、盗まれたものがアルマニア六世の紋章だと知って、こう思うのだ――ああ、亡き六世陛下の時代は平和でよかった、現国王はこの安らぎを新計画とやらで壊そうとしている、だからこんな事態を招いたのだ、と。リキュスの身分制度改革計画は、反対意見の九州が最重要課題なのだ。今、王の名を汚されたうえ、政治面でも反対者が増えるのは、計画にとって致命的といってもよかった。

「早く犯人を捕まえないと、大変なことになるぞ」
「つまり、あの消えた二人の守衛ですか?」
「そう単純だといいのだが」

 そしてリキュスの目を見つめた。

「そう考えるのが一番妥当だ。しかし、そうだとすると二人はどうやって逃げた?」
「黄金宮の出入り口は使っていないとすると、残るは王族専用の……」

 そこまでいって、はっとする。

「だろう? 王族の者が手引きしたとすると、本来の目的は、紋章そのものなどではないかもしれない」

 つまり、アルマニア六世の紋章がなくなることで引き起こされること。それこそが、何者かの目的かもしれないのだ。

「陛下、行方不明の二人の似顔絵ができました」

 ジャンが二枚の絵を手に走ってきた。リキュスは二人の顔をしばらく見つめると、ワーグナにいった。

「この絵を全国に配ってくれ。それから、臨時の王族会議を開く。午前八時に紅玉宮だ」

 そしてジャンに指示を飛ばす。

「私は会議が終わるまでは部屋に戻らない。君の指揮下で、私の部屋なり庭なりくまなく捜索してくれ。いくらでも、君が私は犯人ではないと充分確証を得るまでね。検問そのほかのことはすべて君に任せる。全力を尽くしてくれ」

 ジャンは敬礼をして足早に去っていった。
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