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【第五部:聖なる村】第一章
ツァラ
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「あんたの探し物は骨董品だね」
男はごくりと唾を飲んだ。
「……そ、そうだが……」
女は顔を上げて、男の後方に伸びる細い路地を指さした。
「あの道をまっすぐ行って、左に曲がったところにある小さな骨董品屋。あそこに、目当ての物があるよ。しばらくしてから行ってみるといい」
すると男はすっくとっ立ち上がるなり大声を出した。
「馬鹿にするのもいい加減にしろ! あそこは一時間くらい前に行ってきた!このエルスライという町中の骨董品屋はすべて回ったからな!」
しかし女は動じない。
「じゃ、そのときはなかったんでしょ。信じる信じないは勝手だけどね、奥さんを喜ばせたいなら、行ってみることだね。あなたがいない間に、客があそこにお目当ての物を持ち込むみたいだよ。小一時間もしたら、行ってごらん」
男は、女があまりに堂々といってのけたため、またもや半信半疑になったようだ。しかし、やがてこぶしを震わせながら立ち上がると、
「もし本当に見つかったら、礼をいいに戻ってきてやるよ!」
と吐き捨てるようにいい、踵を返して左手に続く大通りへと去っていった。
「ちょっと! 六千ダリルだよ!」
女は腰を上げて男を呼び止めようとしたが、男は聞こえているのかいないのか、振り返ることなく人ごみに消えていった。女は顔を真っ赤にしてどんと腰を下ろした。
「何だって占ってやったのに一銭も払わないのさ! こっちは商売でやってるっていうのに、占ってやるんじゃなかったよ!」
文句をいいながら先ほどめくったカードを集め直していると、右手から若い男がためらいがちに近づいてきた。
「あのーぅ……占っていただけませんか? 僕の今日の運勢……」
女は怒りの冷めやらぬ顔つきで男を見上げると、吐き捨てるようにいった。
「あんたの今日の運勢はあたしには見えないね。おあいにくさま」
そして再び目を落とし、何食わぬ顔でカードの整理を始めた。それを見ていた隣の果物屋の主が苦笑しながら声をかけてきた。
「お兄さん、諦めな。ツァラが見えないといえば見えないんだ。そいつは客を選ぶ変わった占い師だからね」
ツァラと呼ばれたその占い師は、仕方ないとでもいうように肩をすくめた。
「商売なのに嘘はつけないだろ」
エルスライの町の中心部にある噴水広場は、露店の並ぶ賑やかな場所だ。ツァラや果物屋のドンは、毎日のように広場に店を出し、それで生計を立てている。中には日貸しの露店商もおり、噴水広場の名物市場は日々変わる商品を目当てに来る客で毎日活気に溢れていた。そんな広場も、今は太陽が一番高くなるころで、噴水で遊ぶ親子のほかは、客足も落ち着いてきて露店商たちも一息つく時間だ。
ツァラは、この場所で占いを稼業にして一年ほど経つ。稼ぎは日によってまちまちで、生計を立てていくのに余裕があるほどとはいえない。自分ではよく当たる占い師と自負しているが、思った以上に儲からないのは、自分のやり方と性格に原因があるからだろうことは、本人も薄々気づいていた。客商売にも関わらず、その客を選ぶやり方。そして、愛想がなく一言二言余計に文句をいってしまう性格。わかっていても、その方法を変える気はないのもまた、彼女の性格だった。
「最近はどうしても調子が出ないね……」
独り言をいいながら、ツァラはカードを片手に再び広場を見回した。いつもなら町を行く人の数人には、直観にも似た未来が見えるのに、この数日は思うようにいかない。苛立つツァラの視界に、左の小路から広場に出てきた長身の男の姿が映った。濃い茶の髪を綺麗に切り揃え、何か目的を持ったような鋭いまなざしは、このエルスライの町人にはそぐわない、よそ者の匂いがあった。男は、男女の入り混ざった六人連れだった。見ると、がたいのいい大男から、手を引かれて歩く幼い少女まで、ますます人目を惹く集団だ。しかしツァラはそれ以上に、彼らの奥に見えるものに気をとられた。何とも漠然としているが、恐ろしく存在感のあるもの。
「あんたたち!」
ツァラは腰を浮かせながら六人を呼び止めた。
男はごくりと唾を飲んだ。
「……そ、そうだが……」
女は顔を上げて、男の後方に伸びる細い路地を指さした。
「あの道をまっすぐ行って、左に曲がったところにある小さな骨董品屋。あそこに、目当ての物があるよ。しばらくしてから行ってみるといい」
すると男はすっくとっ立ち上がるなり大声を出した。
「馬鹿にするのもいい加減にしろ! あそこは一時間くらい前に行ってきた!このエルスライという町中の骨董品屋はすべて回ったからな!」
しかし女は動じない。
「じゃ、そのときはなかったんでしょ。信じる信じないは勝手だけどね、奥さんを喜ばせたいなら、行ってみることだね。あなたがいない間に、客があそこにお目当ての物を持ち込むみたいだよ。小一時間もしたら、行ってごらん」
男は、女があまりに堂々といってのけたため、またもや半信半疑になったようだ。しかし、やがてこぶしを震わせながら立ち上がると、
「もし本当に見つかったら、礼をいいに戻ってきてやるよ!」
と吐き捨てるようにいい、踵を返して左手に続く大通りへと去っていった。
「ちょっと! 六千ダリルだよ!」
女は腰を上げて男を呼び止めようとしたが、男は聞こえているのかいないのか、振り返ることなく人ごみに消えていった。女は顔を真っ赤にしてどんと腰を下ろした。
「何だって占ってやったのに一銭も払わないのさ! こっちは商売でやってるっていうのに、占ってやるんじゃなかったよ!」
文句をいいながら先ほどめくったカードを集め直していると、右手から若い男がためらいがちに近づいてきた。
「あのーぅ……占っていただけませんか? 僕の今日の運勢……」
女は怒りの冷めやらぬ顔つきで男を見上げると、吐き捨てるようにいった。
「あんたの今日の運勢はあたしには見えないね。おあいにくさま」
そして再び目を落とし、何食わぬ顔でカードの整理を始めた。それを見ていた隣の果物屋の主が苦笑しながら声をかけてきた。
「お兄さん、諦めな。ツァラが見えないといえば見えないんだ。そいつは客を選ぶ変わった占い師だからね」
ツァラと呼ばれたその占い師は、仕方ないとでもいうように肩をすくめた。
「商売なのに嘘はつけないだろ」
エルスライの町の中心部にある噴水広場は、露店の並ぶ賑やかな場所だ。ツァラや果物屋のドンは、毎日のように広場に店を出し、それで生計を立てている。中には日貸しの露店商もおり、噴水広場の名物市場は日々変わる商品を目当てに来る客で毎日活気に溢れていた。そんな広場も、今は太陽が一番高くなるころで、噴水で遊ぶ親子のほかは、客足も落ち着いてきて露店商たちも一息つく時間だ。
ツァラは、この場所で占いを稼業にして一年ほど経つ。稼ぎは日によってまちまちで、生計を立てていくのに余裕があるほどとはいえない。自分ではよく当たる占い師と自負しているが、思った以上に儲からないのは、自分のやり方と性格に原因があるからだろうことは、本人も薄々気づいていた。客商売にも関わらず、その客を選ぶやり方。そして、愛想がなく一言二言余計に文句をいってしまう性格。わかっていても、その方法を変える気はないのもまた、彼女の性格だった。
「最近はどうしても調子が出ないね……」
独り言をいいながら、ツァラはカードを片手に再び広場を見回した。いつもなら町を行く人の数人には、直観にも似た未来が見えるのに、この数日は思うようにいかない。苛立つツァラの視界に、左の小路から広場に出てきた長身の男の姿が映った。濃い茶の髪を綺麗に切り揃え、何か目的を持ったような鋭いまなざしは、このエルスライの町人にはそぐわない、よそ者の匂いがあった。男は、男女の入り混ざった六人連れだった。見ると、がたいのいい大男から、手を引かれて歩く幼い少女まで、ますます人目を惹く集団だ。しかしツァラはそれ以上に、彼らの奥に見えるものに気をとられた。何とも漠然としているが、恐ろしく存在感のあるもの。
「あんたたち!」
ツァラは腰を浮かせながら六人を呼び止めた。
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