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【第五部:聖なる村】第三章
ルイ
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「それルイのことじゃないかなあ」
まだ支度中の酒場のカウンターで、女が答えた。
「最近山から下りてきた、栗色の髪をした坊やでしょ? ルイのことなら、知ってるよ」
コップを拭きながらそう続ける。エルシャたちは、思いもかけない速さでそれらしき人物を見つけたことに気がはやった。
「その、ルイという人物が今どこにいるか、知っていますか」
「知ってるも何も」
拭き終わったコップを棚に並べ、女は振り返った。
「ここの上に泊ってるよ。ここ、一階は酒場だけど二階と三階が宿屋になってるの。そうねえ、もう一週間くらい、ここの二階に泊ってるかしら。何やってんだか知らないけど……」
最後の言葉が気になり、フェランが尋ねる。
「いつもどこかへ出かけて?」
「むしろ、反対。夜は毎晩ここのカウンターで飲んでるわね。酔うたびに絡んでくるからちょっとめんどくさいんだよね。昼間は見かけないけど、あの様子じゃあ……ねぇ」
意味ありげないい方だった。
「用事があるなら、行ってみたら? 二階の一番奥の部屋だよ」
閉ざされた木の扉の前に立った。物音は聞こえない。大きくひとつ息を吸うと、エルシャは扉を叩いた。返答や人の気配はない。もう一度叩いたが、同じだった。
「出かけてるんじゃないの? 夜出直せば会えるよ」
ディオネがそういって立ち去ろうとしたが、エルシャが取っ手を回すと、扉はきしんだ音をたてて奥へ開いた。
扉を開けた瞬間に漂ってきたのは、強いアルコールの臭いだった。さらに押し開けると、夕暮れ時のその部屋には灯りもついておらず、箱のように狭いその空間には、寝台と小さな机が並んでいた。そして、寝台にもたれかかるようにして、ひとりの男が床に座っていた。男はややうなだれて顔を上げることもなく、その右手には蓋の開いた瓶が握られている。見ると、奥の床には空の酒瓶がいくつか転がっていた。
エルシャはゆっくりと男に近づいた。
「……君が、ルイか?」
男は初めて顔を上げた。
「……誰だ、君は」
男から掠れた声が出た。エルシャは腰をかがめた。
「俺はエルシャ。旅の者だが……君が、北の山に宝物を探しに行ったという男か?」
男はふんと鼻を鳴らした。
「お宝泥棒か? おあいにくと、お宝は見つけられなかったんでね」
よく聞くと呂律が回っていない。そうとう酔っているようだ。エルシャは悩んだ末、言葉を続けた。
「君は、愛する恋人のために山へ登ったんだろう? その女性のことを、詳しく聞きたいんだ。だが……今は難しそうだな。また明日、改めて来るよ。できればそのときまでに、酔いを醒ましてもらえると助かるな」
男はうつろな目でエルシャを見、そのあとゆっくりと残りの四人を見回した。そして再び視線を落とすと、不意に右手に持った酒をあおった。
エルシャたちは互いに顔を見合わせた。
「……とにかく、出直そう」
エルシャは入ってきた扉を指さした。
「あれはひどいよ! あんなんで、本当に山なんて登れたのかしら。信じられない」
ディオネが声を荒げる。
「まあ、事情があるのかもしれない。下山したあとに何かあったとか」
エルシャがたしなめる。そういう彼自身も戸惑っていた。酒場の女の話によると、ルイは少なくとも一週間は、酒浸りらしい。いったい何があったのかはわからないが、あの状態では、サラマ・アンギュースだという女性の話を詳しく聞くのは困難だろう。
どうしたものかと頭を悩ませながら、一行は翌日まだ陽の高い時間にルイの部屋を訪ねた。昨日と同じように扉を叩く。反応がないのを確認してから取っ手に手をかけるとほぼ同時に、扉が内側からがちゃりと開いた。ルイが立っていた。
「エルシャ……といったか」
先にルイが口を開いた。昨日よりもしっかりした口調だ。エルシャは安堵のため息をついた。
「そうだ。覚えていてくれてよかったよ」
室内の酒の空き瓶は昨日のままだったが、臭いはさほど気にならなかった。
「何の用だ」
ルイが寝台に腰かけ、短く一言だけいう。エルシャは慎重に言葉を選んだ。唐突に神の民の話を切り出しても警戒されるだけだろう。しかし、そこに触れなければ話は進まない。
「昨日もいったように……訳あって、君の恋人の女性と、話がしたいんだ。北の山に登ったのは、彼女のためだったんだろう?」
まずそこまで話して相手の反応を伺おうとしたが、返ってきた答えは意外なものだった。
「カイラのことか……。彼女には会えないよ。死んでしまったからね……」
まだ支度中の酒場のカウンターで、女が答えた。
「最近山から下りてきた、栗色の髪をした坊やでしょ? ルイのことなら、知ってるよ」
コップを拭きながらそう続ける。エルシャたちは、思いもかけない速さでそれらしき人物を見つけたことに気がはやった。
「その、ルイという人物が今どこにいるか、知っていますか」
「知ってるも何も」
拭き終わったコップを棚に並べ、女は振り返った。
「ここの上に泊ってるよ。ここ、一階は酒場だけど二階と三階が宿屋になってるの。そうねえ、もう一週間くらい、ここの二階に泊ってるかしら。何やってんだか知らないけど……」
最後の言葉が気になり、フェランが尋ねる。
「いつもどこかへ出かけて?」
「むしろ、反対。夜は毎晩ここのカウンターで飲んでるわね。酔うたびに絡んでくるからちょっとめんどくさいんだよね。昼間は見かけないけど、あの様子じゃあ……ねぇ」
意味ありげないい方だった。
「用事があるなら、行ってみたら? 二階の一番奥の部屋だよ」
閉ざされた木の扉の前に立った。物音は聞こえない。大きくひとつ息を吸うと、エルシャは扉を叩いた。返答や人の気配はない。もう一度叩いたが、同じだった。
「出かけてるんじゃないの? 夜出直せば会えるよ」
ディオネがそういって立ち去ろうとしたが、エルシャが取っ手を回すと、扉はきしんだ音をたてて奥へ開いた。
扉を開けた瞬間に漂ってきたのは、強いアルコールの臭いだった。さらに押し開けると、夕暮れ時のその部屋には灯りもついておらず、箱のように狭いその空間には、寝台と小さな机が並んでいた。そして、寝台にもたれかかるようにして、ひとりの男が床に座っていた。男はややうなだれて顔を上げることもなく、その右手には蓋の開いた瓶が握られている。見ると、奥の床には空の酒瓶がいくつか転がっていた。
エルシャはゆっくりと男に近づいた。
「……君が、ルイか?」
男は初めて顔を上げた。
「……誰だ、君は」
男から掠れた声が出た。エルシャは腰をかがめた。
「俺はエルシャ。旅の者だが……君が、北の山に宝物を探しに行ったという男か?」
男はふんと鼻を鳴らした。
「お宝泥棒か? おあいにくと、お宝は見つけられなかったんでね」
よく聞くと呂律が回っていない。そうとう酔っているようだ。エルシャは悩んだ末、言葉を続けた。
「君は、愛する恋人のために山へ登ったんだろう? その女性のことを、詳しく聞きたいんだ。だが……今は難しそうだな。また明日、改めて来るよ。できればそのときまでに、酔いを醒ましてもらえると助かるな」
男はうつろな目でエルシャを見、そのあとゆっくりと残りの四人を見回した。そして再び視線を落とすと、不意に右手に持った酒をあおった。
エルシャたちは互いに顔を見合わせた。
「……とにかく、出直そう」
エルシャは入ってきた扉を指さした。
「あれはひどいよ! あんなんで、本当に山なんて登れたのかしら。信じられない」
ディオネが声を荒げる。
「まあ、事情があるのかもしれない。下山したあとに何かあったとか」
エルシャがたしなめる。そういう彼自身も戸惑っていた。酒場の女の話によると、ルイは少なくとも一週間は、酒浸りらしい。いったい何があったのかはわからないが、あの状態では、サラマ・アンギュースだという女性の話を詳しく聞くのは困難だろう。
どうしたものかと頭を悩ませながら、一行は翌日まだ陽の高い時間にルイの部屋を訪ねた。昨日と同じように扉を叩く。反応がないのを確認してから取っ手に手をかけるとほぼ同時に、扉が内側からがちゃりと開いた。ルイが立っていた。
「エルシャ……といったか」
先にルイが口を開いた。昨日よりもしっかりした口調だ。エルシャは安堵のため息をついた。
「そうだ。覚えていてくれてよかったよ」
室内の酒の空き瓶は昨日のままだったが、臭いはさほど気にならなかった。
「何の用だ」
ルイが寝台に腰かけ、短く一言だけいう。エルシャは慎重に言葉を選んだ。唐突に神の民の話を切り出しても警戒されるだけだろう。しかし、そこに触れなければ話は進まない。
「昨日もいったように……訳あって、君の恋人の女性と、話がしたいんだ。北の山に登ったのは、彼女のためだったんだろう?」
まずそこまで話して相手の反応を伺おうとしたが、返ってきた答えは意外なものだった。
「カイラのことか……。彼女には会えないよ。死んでしまったからね……」
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