山椒の国の青虫

忍野木しか

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山椒の国の青虫

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 深い深い森の中。陽の沈んだ山で揺れ動く木々の緑。
 気ままに草と草を移動するてんとう虫。細い葉の裏にしがみ付く青虫を見かけると、赤い羽を大きく広げた。そして彼は世界の話を始める。
 山の向こうの山を越えた、さらに向こうの山と山。松の国の天辺から見える何処までも続く世界。小川の海のずっと先にあると言われている水の星。
 山椒の木の国に暮らす青虫は、てんとう虫の壮大な夢物語にため息をついた。
 そんな馬鹿な話があるか。
 夜の月を見上げる青虫。彼はまだ山椒の国を出たことがない。
 翌日から続く雨。青虫は山椒の幹に蹲って太陽を待った。雨が上がるとそよ風に揺られる。彼は山椒の国の下に枝の道が出来ているのを目にした。いつか聞いた夢の話。山の向こうの世界。水の星。
 青虫は好奇心が抑えきれなくなる。長い時間を掛けて国の外に下りた彼は、枝の道に足を踏み入れた。
 道は険しい。時折、獰猛なアリが攻撃を仕掛けてくる。青虫は大きな体をくねらせてアリを地面に落とした。空に響く鳥の声。青虫は枝の裏の小さな隙間に身を隠して、声が通り過ぎるのを待った。
 月のない夜を迎え、陽を遮る幾つもの雲を見送る。枝の道が途切れても前に進む青虫。彼はやっと松の国の入り口に辿り着いた。
 野太い根の丘。隆起する皮の一枚一枚が山椒の葉の家よりも大きい。荘厳な松を見上げる青虫。意を決した彼は松の国に飛び込んだ。
 何処までも続く荒涼とした景色。皮と皮の間の谷。青虫は必死に短い手足を動かした。住むには適さない固い皮。触覚の長いカミキリが彼を見つめる。
 太陽が登ると松皮の谷に頭を伏せ、月の夜にまた頭をあげる。枝の街で大地を見下ろした青虫。目に映るのは広い広い空の世界。自分が別の国に来たという事実を思い知らされ、青虫は絶句した。
 何時迄も何時迄も、松の国の天辺は見えない。世界の広さを、未知の過酷さを思い知らされた青虫は、山椒の故郷を想った。
 細長い松葉の家に辿り着いた青虫。先住の芋虫たちが顔を上げて彼を睨む。慌てて引き返した青虫は葉と枝の境界で蹲った。
 てんとう虫のような、羽ばたける翼が欲しい。
 そう願いながら青虫は、深い深い眠りの中に落ちていった。
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