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夜桜
しおりを挟む桜を見ると、亡き父を思い出す。
なおた、花見に行こうや。
風呂が好きだった父は、よく私を連れて銭湯までの道のりを歩いた。商店街を抜けて公園の脇を通る、狭い路地は小川へと続いていた。
春になると川沿いの小道に満開の桜が咲き乱れた。夜には街灯と月明かりで桜の枝は淡く揺れ、私はいつもはらはらと舞う薄いピンクの花に手を伸ばしたのだった。
「パパ、早く!」
息子の健太が私の手を引く。小さなリュックサックからグローブが飛び出ていた。
「健ちゃん、大事なグローブ落としちゃうぞ」
私は飛び跳ねる息子のリュックに手を伸ばした。
公園では大勢の人達が遊んでいた。春の陽気がぽかぽかと風に揺れる芝生に降り注いでいた。
ふわりと宙に弧を描くように、健太にボールを投げた。まだ小学生に上がったばかりの息子は思いっきり腕を伸ばしてそれをキャッチする。上達が早いなぁと、息子の成長が嬉しくなる。
父さんは、僕の事をどう思っていたの?
息子が出来てから私は、よく答えの返ってこない質問を父に投げかけた。
父が私の事を愛していたのは分かっていた。けれど、父にそれを言って貰いたかった。
日が沈む。私はそろそろ帰ろうかと、ぐずる息子の手を引いた。
健太に愛してるよと言ったことは無い。言う必要なんて無いくらいに健太を愛し続けているからだ。でも、伝えた方がいいのかと思うこともあった。
桜の花が健太の髪にぽとりと落ちる。私は可愛らしい息子の頭を撫でた。
「花見だ」
私は思わず声を出した。
そうか、父は息子との時間を特別な言葉で表したのだ。
「健太、また花見しような」
何だか息子との思い出が鮮やかに色づいていくような気がして嬉しくなった。
「キャッチボールじゃなくて?」
健太はキョトンと首を傾げた。
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