詐欺師はこの世界に破滅をもたらすのか

忍野木しか

文字の大きさ
5 / 30
第一章 七つの呪い

二度目の死

しおりを挟む
 
 二つの陽光を遮る森の日陰で、青い光沢を放つ小鳥が黄金色の花の蜜を吸う。つい先日まで高い水飛沫を上げていた小川は干上がっていた。不気味に沈黙した森で春人は暗い森の空を見上げる。網目状に絡まった無数の木々の枝が重なり合う蜘蛛の巣のように天を覆っている。
「ミアの季節になると、コイツらは森の水を吸い尽くして、互いの水分すら奪い合うんだ」
 ソフィア・クルティフは木陰に生えるキノコに手を伸ばした。銀髪銀目。麻を薄く編み込んだような簡素な服から白い手足が覗いている。
 視線を下げた春人は不安そうに辺りを見渡した。
「何とかしなくていいのか?」
「いいんだ。ミアの季節が終われば、また森は元に戻る」
 ソフィアは次々とキノコを採集した。長い銀髪が暗がりにサラサラと揺れる。腰を曲げたソフィアの服からほっそりと健康的な太ももが露わになると、春人の視線が動きを止めた。
「また、足を射抜かれたいのか?」
 後ろを向いたままソフィアが呟く。春人は慌てて、青と白のキノコに手を伸ばした。


 春人が"竜の檻"に〈ホビット〉の少女リーリと共に閉じ込められてから、はやひと月ほどの時間が経っていた。決して長くはない未知の世界での時間の中で〈エルフ〉〈ホビット〉〈ドワーフ〉と呼ばれる人ではない種族と共に暮らす森での生活に慣れてきた春人にとって、もはや日本の記憶は遥か過去の夢の出来事のように遠く薄い。
 春人の足を森で射抜いた〈エルフ〉のソフィアから聞いた話によると、炎天下の砂地にリーリと春人を閉じ込めた理由は、単に、春人が危険な〈ヒト〉かどうか判断する為だけだったという。
「本当に危険だったら、どうすんだよ、おい」
 ソフィアの話しを笑い半分に聞いていた春人は、返事の代わりに無言で弓を構えたソフィアに戦慄させられたのだった。


「おい、ハルト。掘った土はちゃんと戻しておけよ」
「わかったわかった」
 春人は面倒くさそうに足先で土を蹴った。死んで生き返った彼の気力は中々湧き上がってくれない。未知の森でひと月ほど怠惰な日々を過ごしてきた春人が気になったのは〈エルフ〉の女の口煩さくらいのものだった。
 まぁ、良い女ばかりだという事には違いないがな。
 ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべた春人がソフィアのほっそりとした腰を盗み見る。ソフィアはまるで背後に目があるかのように、後ろを向いたまま春人の額に木の枝を命中させた。
 気が付けば二人のカゴはカラフルなキノコで溢れている。
 毒キノコじゃないよな……?
 春人は不安そうにキノコの山を見つめた。ソフィア曰わく、汁にすると美味いのだというキノコの山は何やら粘着質な光を放っている。満杯のカゴを背負って急な森の坂を降っていった春人は開け始めた空から差し込む光に目を細めた。
「それで、どうだハルト、記憶の方は?」
 ソフィアは心配そう白い眉を顰めると、白銀の瞳を春人に向けた。
「いや、全然思い出せないよ。まるで俺、この世界にいなかったみたいだ」
「そうか……。まぁ、そう悲観するな。何処かに必ずお前のことを覚えてる奴がいるさ」
「ああ、そうだといいな」
 春人はため息をついた。
 山を降りると、巨大な白い石の並ぶ草原に辿り着いた。枯れた小川が青い草原に道を作っている。暫く草原の道を歩いた春人の目に映る巨木の群。木に囲まれた村から響く森の民の笑い声が、春人の耳に届いた。木の枝の家屋。木のウロの部屋。まるで秘密基地のような村だと、春人は木を見上げるたびに頷くのだった。
 村に入った春人とソフィアの横を、ドタドタと小柄な〈ドワーフ〉が走り去る。〈エルフ〉の怒鳴り声に転げる〈ホビット〉。何やら慌ただしい村に、春人とソフィアは首を傾げた。
「どうかしたのか?」
 ソフィアは木の実の積まれた籠を頭に乗せて走る〈ホビット〉の男の子を呼び止めた。
「アリス様がお目覚めになられたのです」
「何、本当か!?」
「はい。リリスの大樹の前に、もう皆んな集まっていますよ」
 そう言った男の子は、とたとたと慌ただしく走り去っていった。籠から溢れた木の実が道標のように男の子の後を追っていく。
「アリス様って誰だ?」
 春人は地面に落ちた青い木の実を一つ拾って口に入れた。甘い。
「アリス様は森を統べる長だ。もう何百年も生きられて居られるお方で、古の魔法を操る大魔導師様なんだぞ」
「へぇ、そりゃあ凄い」
「凄いなんてもんじゃない! とにかく、すぐに大樹に向かわねば」
 ソフィアの瞳は薄みがかったピンク色に変わっていた。春人の手を引いたソフィアはズンズンと歩き始める。その勢いでせっかく拾ったキノコを落としそうになった春人は、道標にしてたまるか、と顎でカゴの頭を押さえた。
 大樹の周りは村人でごった返していた。ソフィアと春人がその場に現れると、皆一斉に二人を振り返る。
「おい、お呼びだぞ、坊主」
 身に纏った毛皮の上からでも分かるほどに筋骨隆々の〈ドワーフ〉の長、フットバック・サモンは顔を覆う黒髭の隙間から低い声を出した。春人に近づくと有無を言わせず持ち上げる。
 ああ、キノコが……。
 春人は地面に落ちたキノコの山を呆然と見つめながら、大樹のウロに連れて行かれた。キノコごとカゴを地面に投げ捨てたソフィアも二人の後に続く。
 大樹のウロの中は広かった。奥に進むにつれて高くなる天井。床には平たい石が敷かれている。
 ウロの奥には簡素なベットがあった。長い髭を蓄えた〈エルフ〉の長老たちが、その周囲に腰掛けている。
「久しぶりだな、祝福と罰を受ける者」
 高く細い声。雪のように白い肌と髪。ベットに腰掛けた少女は、白銀の瞳で、真っ直ぐ春人の瞳を見つめた。
「お前は……」
 春人は、少女を見つめたまま言葉を失った。
 よくも、よくも、この俺をこんな訳の分からん世界に連れて来やがったな……。
 春人の心にメラメラと湧き上がる黒い感情の渦。激しい怒りに春人の首筋が真っ赤に染まろうとも白い少女は無表情のままである。
「時間がないぞ」
 〈エルフ〉の大魔導師アリス・アスターシナは〈ドワーフ〉の肩に担がれる春人に向かって問いかけるように白い首を傾げた。
「はあ? 何のだよ」
「終わらぬ罰が君に降りかかる時間だ」
 アリスの表情は変わらない。春人はカッとなった。
「何だと!? これが罰じゃねーってのか? ふっざけんじゃねーぞ! これ以上、何が降りかかるってんだよ!」
「騒ぐな坊主」 
 フットバックは春人の頭を軽く小突いた。鈍器で殴られたような衝撃。春人は一瞬意識を失う。
「時間がない」
 アリスは同じ言葉を続けた。
「く……そ……」
 春人は揺れる視界の隅にアリスの顔を捉える。
 ぶん殴ってやる。
 怒りと痛みで意識が朦朧とする中で、感情をコントロール出来なくなった春人は、ふらふらとアリスに向かって右手を伸ばした。すると、アリスの身体が宙に浮かんでいく。
「何をしている!?」
 驚いたソフィアは、春人の右腕にしがみついた。だが、腕は空中に固定されように動かない。
「やめろ」
 宙に浮いたアリスは春人にではなく、春人に向かって腕を振り上げる長老たちに鋭い声を上げた。だが、視線は春人の瞳から外さない。
「君も落ち着け」
 徐々に定まる視点。アリスをギロリと睨んだ春人は、ゆっくりと腕を下ろした。ドサリとアリスの体がベットの上に落ちる。
「もう既に、呪いの半分ほどは君に降りかかっているだろう。君に抗う術はない」
「呪い? だったら、何だよ?」
 落ち着け、俺、らしくないじゃねーか……。 
 感情を抑えようと春人は粗い呼吸を繰り返した。
「明日、憤怒の魔女が死ぬ」
「……は?」
「その前に、君に、もう一度死んで貰わねばならない」
「何言ってんだ、お前?」
「もう一度だけ死んでくれ」
 やっぱりぶん殴ってやる。
 春人はフットバックの太い腕の中でもがいた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...