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第一章 七つの呪い
二度目の死
しおりを挟む二つの陽光を遮る森の日陰で、青い光沢を放つ小鳥が黄金色の花の蜜を吸う。つい先日まで高い水飛沫を上げていた小川は干上がっていた。不気味に沈黙した森で春人は暗い森の空を見上げる。網目状に絡まった無数の木々の枝が重なり合う蜘蛛の巣のように天を覆っている。
「ミアの季節になると、コイツらは森の水を吸い尽くして、互いの水分すら奪い合うんだ」
ソフィア・クルティフは木陰に生えるキノコに手を伸ばした。銀髪銀目。麻を薄く編み込んだような簡素な服から白い手足が覗いている。
視線を下げた春人は不安そうに辺りを見渡した。
「何とかしなくていいのか?」
「いいんだ。ミアの季節が終われば、また森は元に戻る」
ソフィアは次々とキノコを採集した。長い銀髪が暗がりにサラサラと揺れる。腰を曲げたソフィアの服からほっそりと健康的な太ももが露わになると、春人の視線が動きを止めた。
「また、足を射抜かれたいのか?」
後ろを向いたままソフィアが呟く。春人は慌てて、青と白のキノコに手を伸ばした。
春人が"竜の檻"に〈ホビット〉の少女リーリと共に閉じ込められてから、はやひと月ほどの時間が経っていた。決して長くはない未知の世界での時間の中で〈エルフ〉〈ホビット〉〈ドワーフ〉と呼ばれる人ではない種族と共に暮らす森での生活に慣れてきた春人にとって、もはや日本の記憶は遥か過去の夢の出来事のように遠く薄い。
春人の足を森で射抜いた〈エルフ〉のソフィアから聞いた話によると、炎天下の砂地にリーリと春人を閉じ込めた理由は、単に、春人が危険な〈ヒト〉かどうか判断する為だけだったという。
「本当に危険だったら、どうすんだよ、おい」
ソフィアの話しを笑い半分に聞いていた春人は、返事の代わりに無言で弓を構えたソフィアに戦慄させられたのだった。
「おい、ハルト。掘った土はちゃんと戻しておけよ」
「わかったわかった」
春人は面倒くさそうに足先で土を蹴った。死んで生き返った彼の気力は中々湧き上がってくれない。未知の森でひと月ほど怠惰な日々を過ごしてきた春人が気になったのは〈エルフ〉の女の口煩さくらいのものだった。
まぁ、良い女ばかりだという事には違いないがな。
ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべた春人がソフィアのほっそりとした腰を盗み見る。ソフィアはまるで背後に目があるかのように、後ろを向いたまま春人の額に木の枝を命中させた。
気が付けば二人のカゴはカラフルなキノコで溢れている。
毒キノコじゃないよな……?
春人は不安そうにキノコの山を見つめた。ソフィア曰わく、汁にすると美味いのだというキノコの山は何やら粘着質な光を放っている。満杯のカゴを背負って急な森の坂を降っていった春人は開け始めた空から差し込む光に目を細めた。
「それで、どうだハルト、記憶の方は?」
ソフィアは心配そう白い眉を顰めると、白銀の瞳を春人に向けた。
「いや、全然思い出せないよ。まるで俺、この世界にいなかったみたいだ」
「そうか……。まぁ、そう悲観するな。何処かに必ずお前のことを覚えてる奴がいるさ」
「ああ、そうだといいな」
春人はため息をついた。
山を降りると、巨大な白い石の並ぶ草原に辿り着いた。枯れた小川が青い草原に道を作っている。暫く草原の道を歩いた春人の目に映る巨木の群。木に囲まれた村から響く森の民の笑い声が、春人の耳に届いた。木の枝の家屋。木のウロの部屋。まるで秘密基地のような村だと、春人は木を見上げるたびに頷くのだった。
村に入った春人とソフィアの横を、ドタドタと小柄な〈ドワーフ〉が走り去る。〈エルフ〉の怒鳴り声に転げる〈ホビット〉。何やら慌ただしい村に、春人とソフィアは首を傾げた。
「どうかしたのか?」
ソフィアは木の実の積まれた籠を頭に乗せて走る〈ホビット〉の男の子を呼び止めた。
「アリス様がお目覚めになられたのです」
「何、本当か!?」
「はい。リリスの大樹の前に、もう皆んな集まっていますよ」
そう言った男の子は、とたとたと慌ただしく走り去っていった。籠から溢れた木の実が道標のように男の子の後を追っていく。
「アリス様って誰だ?」
春人は地面に落ちた青い木の実を一つ拾って口に入れた。甘い。
「アリス様は森を統べる長だ。もう何百年も生きられて居られるお方で、古の魔法を操る大魔導師様なんだぞ」
「へぇ、そりゃあ凄い」
「凄いなんてもんじゃない! とにかく、すぐに大樹に向かわねば」
ソフィアの瞳は薄みがかったピンク色に変わっていた。春人の手を引いたソフィアはズンズンと歩き始める。その勢いでせっかく拾ったキノコを落としそうになった春人は、道標にしてたまるか、と顎でカゴの頭を押さえた。
大樹の周りは村人でごった返していた。ソフィアと春人がその場に現れると、皆一斉に二人を振り返る。
「おい、お呼びだぞ、坊主」
身に纏った毛皮の上からでも分かるほどに筋骨隆々の〈ドワーフ〉の長、フットバック・サモンは顔を覆う黒髭の隙間から低い声を出した。春人に近づくと有無を言わせず持ち上げる。
ああ、キノコが……。
春人は地面に落ちたキノコの山を呆然と見つめながら、大樹のウロに連れて行かれた。キノコごとカゴを地面に投げ捨てたソフィアも二人の後に続く。
大樹のウロの中は広かった。奥に進むにつれて高くなる天井。床には平たい石が敷かれている。
ウロの奥には簡素なベットがあった。長い髭を蓄えた〈エルフ〉の長老たちが、その周囲に腰掛けている。
「久しぶりだな、祝福と罰を受ける者」
高く細い声。雪のように白い肌と髪。ベットに腰掛けた少女は、白銀の瞳で、真っ直ぐ春人の瞳を見つめた。
「お前は……」
春人は、少女を見つめたまま言葉を失った。
よくも、よくも、この俺をこんな訳の分からん世界に連れて来やがったな……。
春人の心にメラメラと湧き上がる黒い感情の渦。激しい怒りに春人の首筋が真っ赤に染まろうとも白い少女は無表情のままである。
「時間がないぞ」
〈エルフ〉の大魔導師アリス・アスターシナは〈ドワーフ〉の肩に担がれる春人に向かって問いかけるように白い首を傾げた。
「はあ? 何のだよ」
「終わらぬ罰が君に降りかかる時間だ」
アリスの表情は変わらない。春人はカッとなった。
「何だと!? これが罰じゃねーってのか? ふっざけんじゃねーぞ! これ以上、何が降りかかるってんだよ!」
「騒ぐな坊主」
フットバックは春人の頭を軽く小突いた。鈍器で殴られたような衝撃。春人は一瞬意識を失う。
「時間がない」
アリスは同じ言葉を続けた。
「く……そ……」
春人は揺れる視界の隅にアリスの顔を捉える。
ぶん殴ってやる。
怒りと痛みで意識が朦朧とする中で、感情をコントロール出来なくなった春人は、ふらふらとアリスに向かって右手を伸ばした。すると、アリスの身体が宙に浮かんでいく。
「何をしている!?」
驚いたソフィアは、春人の右腕にしがみついた。だが、腕は空中に固定されように動かない。
「やめろ」
宙に浮いたアリスは春人にではなく、春人に向かって腕を振り上げる長老たちに鋭い声を上げた。だが、視線は春人の瞳から外さない。
「君も落ち着け」
徐々に定まる視点。アリスをギロリと睨んだ春人は、ゆっくりと腕を下ろした。ドサリとアリスの体がベットの上に落ちる。
「もう既に、呪いの半分ほどは君に降りかかっているだろう。君に抗う術はない」
「呪い? だったら、何だよ?」
落ち着け、俺、らしくないじゃねーか……。
感情を抑えようと春人は粗い呼吸を繰り返した。
「明日、憤怒の魔女が死ぬ」
「……は?」
「その前に、君に、もう一度死んで貰わねばならない」
「何言ってんだ、お前?」
「もう一度だけ死んでくれ」
やっぱりぶん殴ってやる。
春人はフットバックの太い腕の中でもがいた。
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