17 / 255
第一章
憂炎の焦り
しおりを挟むベッドの上で半分意識を取り戻した吉田障子は虚ろに開かれた目を保健室の白い壁に向けた。窓から差し込む薄い陽射し。花瓶に咲く青い花。ベッドの側に座り込んでいた生徒会副会長の宮田風花はそんな障子の様子に心配そうな表情をする。
「吉田くん、大丈夫?」
「はい……」
昼休みの終わりを告げるチャイム。グラウンドから校舎に戻る生徒たちの声が廊下に響く。
「さ、宮田さんも教室に戻らないと」
保健室の養護教諭である藤元恵美はそっと風花の肩に手を置いた。コクリと頷いた風花は立ち上がって頭を下げると、ベッドの上の障子に微笑んだ。
「じゃあ、私、教室に戻るから。またね、吉田くん」
障子は上目遣いに風花を見上げた。何かを訴えるかのような視線だ。そんな吹く風に飛ばされそうな程に弱々しい一年生の男の子を病気がちな弟と重ねた風花は、心苦しく思いながらも手を振って保健室を出ていった。
先生は大丈夫だって言ってたけど……。
階段を一段一段踏みしめて上がった風花は小刻みに震える障子の背中を思い出した。心身を衰弱させたような青白い顔。消え入りそうな声。
放課後また訪ねてみよう。
一人頷いた風花は、教室の前で立ち止まると、名残惜しそうに後ろを振り返った。
六限目が終わり、ショートホームルームを済ませた生徒たちが掃除を始める。ゴミ袋を校舎裏に運んでいた鴨川新九郎はポケットの中でしつこく着信音を鳴らし続けるアイフォンに辟易していた。
「田中くん、掃除中だよ」
携帯を耳に当てた新九郎はやれやれといった声を出した。
「新九郎、今何処だ?」
「ゴミステーションだけど?」
「すぐ行く」
「ちょ……」
一方的に電話が切られると、新九郎はため息をついた。取り敢えずゴミの分別を済ました彼は校舎裏で太い腕を組むと、不真面目な超研の幽霊部員を待つことにした。精悍な眉。ムッと結ばれた唇。ゴミを運びに来た生徒たちは恐々と首をすくめて背の高い新九郎の横を通り抜けていく。
「よぉ新九郎、久しぶりだな」
涼しげな男の声が校舎裏を賑わした。腕を組んだまま振り返った新九郎に、田中太郎は左手を挙げる。切れ長の目。堀の深い鷲鼻。新九郎と同じくらい背の高い彼は肩まで伸びた長い黒髪をワックスでパーマ風に固めていた。
「やぁ田中くん、本当に久しぶりだね」
「ああ、色々と忙しくてな。学校も久しぶりだぜ」
「出席日数、大丈夫?」
「大丈夫さ、そんな事より新九郎、大事な話がある」
「相変わらず、君はせっかちだね。一体どうしたの?」
新九郎は肩をすくめた。周囲を横目に見渡した太郎は声のトーンを一段落として新九郎に耳打ちをする。
「お前ら、ヤナギの幽霊追ってねーだろうな?」
「うん、と……どういう意味?」
「そのままの意味だ」
「もちろん追ってるけど」
「何でだよ」
「何でって……」
「何で今さら、こんな状況で……まさか、お前らが引き起こしたのか?」
「……ごめん、話を整理してくれないかな? 本当に言ってる意味が分からないんだ」
せっかちな親友に、イライラと首を振った新九郎は腰に手を当てた。太郎は何か焦ったように忙しなくキョロキョロと周囲に視線を送り続ける。そして、ボソボソと中国語で何かを呟いた彼は、新九郎を睨み上げた。
「とにかくだ。これ以上、ヤナギの幽霊は追うな。というか、暫く学校には近づかない方がいいぞ?」
「無理言わないでよ」
「無理な話なんてしてないだろ」
「学校は休めないし、ヤナギの件だって僕の一存じゃ決められないよ。ねぇ、君も超研のメンバーなんだから、部長に直接聞いてみたら?」
「嫌だね。あのイカれ女、ヤナギの幽霊と同じくらいヤベェじゃねーか、近づきたくねーんだよ」
「誰がイカれ女ですって?」
上からの声に校舎裏に立っていた二人は声を失ってしまう。ゼンマイ仕掛けの人形のようにゆっくりと顔を上げた太郎は、二階から下を見下ろす睦月花子の鬼の形相を見た。
「憂炎、李憂炎。随分とまぁ、久しぶりじゃあないの?」
「あ、えっと、お久しぶりです……」
久しぶりに呼ばれた本名に太郎は戸惑った。顔を上げるのが怖かった新九郎は直立姿勢のままにせっせと地面を歩くアリを眺め続ける。
「ええ、久しぶりね」
「はは……」
「で、誰がイカれ女で、ヤナギの幽霊が何ですって?」
「あ、いや、その……」
太郎の首筋を伝う冷たい汗。新九郎はケヤキの枝で鳴く小鳥の声に耳を傾けた。
「……じゃあ新九郎、俺、行くわ」
新九郎の肩を叩いた太郎は、二階を見上げて一礼すると、花子に背中を向けて走り出した。顔を上げた新九郎の後ろに響き渡る衝撃音。舞い上がる砂埃。二階から飛び降りた花子は着地と同時に地面を蹴って太郎の背中を追いかける。気付かず走り続ける太郎の首に巻きつく腕。軽い呻き声を上げた太郎はすぐに花子の腕の中で意識を失った。
「ぶ、部長、無茶しないで下さい!」
慌てて二人の元に走り寄った新九郎は血管の浮かぶ花子の腕を掴んだ。花子が顔を上げるとその鋭い視線に新九郎はたじろぐ。
「アンタ、何でこのアホから連絡があった事を黙ってたのよ?」
「あ、その、それは……」
「まぁ、いいわ。それよりコイツ、面白そうな話をしてたわね?」
「え?」
立ち上がった花子は気を失った太郎を見下ろすと腕を組んで目を細めた。
「ヤナギの幽霊は追うな、か。コイツが何を知ってるのか、放課後、吐かせる必要があるわね」
「は、はあ……えっと、部長、放課後は吾郎くんとの作戦会議があるのでは? それに、姫宮さんと吉田くんの件も……」
「時間が惜しいから、全部一緒にやるわよ」
「わ、分かりました」
腕を組んで新九郎を見上げる花子の瞳に赤い炎が燃え上がる。覚悟を決めて深く息を吐いた新九郎は、地面に寝転がる親友の安否を確認した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる