1 / 1
夕立に隠れる
しおりを挟む夏の道に跳ねる大粒の雨。夕立の匂い。
公園のベンチに座った古瀬怜奈は、青い柄のハンカチで濡れた髪を抑えた。降り頻る雨の向こう側。傘を差したクラスメイト。雨の中を走る西野純平の横顔を遠くに見つめる怜奈。
夕立の壁に囲まれた空間。水の弾ける振動が怜奈の呼吸音を呑み込む。雨の中の静寂。音のない世界。公園の向こうを走り去るクラスメイトの姿が、抑揚のないモノトーンの景色の一部となる。
雲間に見える暗い青。主役も観客もいない舞台袖で、予定のない劇を待つ人形のように、怜奈はジット俯いた。鞄に眠る傘の沈黙。ただ、雨を待つだけの時間の心地良さ。
日が沈み、雨が止む。
屋根の先から落ちる水滴。薄暗い街の音に囲まれた公園のベンチ。雨を恋しがる怜奈はのそりと立ち上がった。涼しい夏の夜。繋がった世界に溢れる色。
忘れ物に気がつく怜奈。自作の詩の綴られた手帳が鞄の底に見当たらない。慌てて濡れた夜道を振り返った彼女は、学校までの道のりを駆けた。水溜りを飛び越える彼女の耳に届く遠雷。東の空に映る山影に雨を期待する怜奈。
眩いグラウンドの光。教室から聞こえる楽器の音色。
俯きがちに教室に足を踏み入れた怜奈に、夜練中のクラスメイトが明るい声をかける。先ほど公園で見かけた純平の姿に驚く怜奈。顔を下げたまま手帳を掴んだ彼女は、暗い窓を打ち鳴らす雨音を聞いた。
クラスに響く不平不満。窓の外を見つめる純平と目が合う怜奈。
「……西野くんも、忘れもの?」
「え?」
雨音をすり抜ける澄んだ声。怜奈の細い声に首を傾げる純平。
「その、さっき公園で、西野くんが下校してるの見かけたから」
「ああ……うん、練習用に持ち帰ったトロンボーン忘れちゃってさ。そっか、公園で雨宿りしてたの、古瀬さんだったんだ?」
「うん、雨宿りってゆうか、隠れてたってゆうか」
「隠れてた?」
「そう、夕立に。あたし、隠れるの好きなんだ。……見つかっちゃってたけど」
雨に隠れた教室で、普段より饒舌な怜奈はニッコリと笑った。
物静かなクラスメイトの意外な一面。初めて見る怜奈の笑顔に、純平はドギマギと視線を泳がせる。
「えっと……古瀬さん、忘れものは見つかったの?」
「うん」
「なら良かった、傘はあるの?」
「あるよ、まだ帰れそうにないけど」
「ああ、そうだね」
強まる雨と夜に囲まれた教室。窓を揺らす雷の響きに高鳴る心臓。
練習を再開した純平を見つめる怜奈。同じ空間を誰かと共有するという、初めて感じる高揚感に揺れる想い。
暗い雨の向こう側を見た彼女は、そっと、手帳の白いページを開いた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる