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13. 私が守る

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出来事は私が旅館へ働きに出掛けた翌日に起こった。



「天女様が……六人目の天女様が来たんです」


ぐしぐしと手の甲で涙を拭いながらいち早く気を持ち直したオイヴァくんが立ち上がり説明をする。


「そしたらまた先輩達がおかしくなっちゃって……」
「また"ほせい"にかかってるんだって思ったから僕達」
「天女様に直接……会いに行った、のっ」
「先輩を返してって……術を解いてって」
「そしたら天女様が怒っちゃって」
「先輩達に泣きついて僕達の事を悪く言うんだ」
「先輩達が……天女様を困らせるなって」
「天女様を困らせるお前達なんか嫌いだって」
「今すぐ目の前から消えろって言われたの」


オイヴァくんの後を継いでリレーのように言葉を発していく子供達。最後にはまた大泣きして私にぎゅうぎゅうと抱き着いてきた。
子供達の言葉と酷く傷付いた表情につられて頬に涙が落ちる。悲しみ、同情、そして怒り……


「取り敢えず今日はもう寮に帰ろうか。寮まで送るから」


私は子供達を宥めながらそう言うと、嫌々と首を振る。


「シホさんと一緒にいたい」
「お姉さんと一緒がいい」


うーん。こんな時に不謹慎だが私の服を掴んでぐずぐずと泣きついて離れたくないという姿に嬉しいと思ってしまった。
だが、どうしたものか。私に与えられた部屋は8、9歳の子供達10人くらいなら余裕で入る広さはある。だけど、職員寮に生徒を連れ込んでもいいのか。それに、学園長にもまだ挨拶してないから学園長室にも寄らないといけない。
私が座り込んだまま悩んでいるとポウっと目の前に光が集まる。


「雪原志帆。月組の子供達をそなたの部屋で保護する事を許可する。又、今日の挨拶はこれで終わった事とする。速やかに寮に戻るように」


光は学園長の姿を映し出す。若干透けているからホログラム的なものだろう。
それにしても、この場にいないのに見られていたとは。魔法って本当に凄い。

その日は、月組の子達を引き連れて学園の寮へと戻った。







翌日。

子供達と一緒に寮から登校しているが彼等の表情は一様に暗い。
昨夜も始終落ち込んでいて此処に戻って来てから一度も子供達の笑顔を見ていない。

先生方について尋ねたら天女様が来てからずっと職員会議に出ていて見ていないと言っていた。
リュオマ先生も過去に天女様に取り込まれた事があるらしいから心配だ。


「お姉さん、今日も皆でお姉さんの部屋に泊まってもいい?」


子供達を教室の前まで送ると月組一の泣き虫さんであるインマル・ルーストレームくんが不安気な表情で問う。
その言葉に他の子達も懇願するような目で見てくる。


「放課後迎えに行くから大人しく待てるかな?」
『うん!待ってるね!』


にっこりと笑ってそういうと子供達も漸く笑顔を見せてくれた。まだ、何時もの太陽のように輝く笑顔ではないけど。
そして、子供達は教室の中へと入って行った。

私は事務室に向かう。その途中で足を止めた。



「先生、いるんでしょ。誰なのか知りませんが姿現してくださいませんか」

「……気付いていたのか」



誰も居ない廊下で呼びかける。すると、風景と同化していた場所に急に人が現れる。


「リュオマ先生だったんですね。いいえ、全く気配は感じなかったので一か八かで声をかけました。六人目の天女様が来た今、私も監視対象となると思いましたので」
「なるほど。……昨夜は月組の子達が世話になった」


リュオマ先生はそう言って私に向かって頭を下げる。監視について否定しないって事はやはり私も警戒されているということに他ならない。


「それはいいです。月組の子達と寝れて私も役得だったので。ただ、幾つか質問してもいいですか」
「……。答えられる事だけ答えよう」


一瞬逡巡していたが、月組の事もある。リュオマ先生は淡々とした返事を返す。私はそれでいいと頷いて幾つか天女様について質問した。


「新しく来た天女は今回誰を対象としていますか」

「高等部の一年から三年までと一部の教師が虜となっている。今のところまだ影響力は不明だ。」

「中等部にも及ぶ可能性もあるって事ですね。次に、対象学年で補正にかかってない生徒はいますか」

「それも不明だ。まだ、全員とは接触出来ていない上に接触が難しい状態もある。」

「そうですか。最後に一つだけ。私はこの天女騒動には一切加担しません。天女側にも、そして学園側にも。私は自分の命が惜しい。面倒事に関わるのはごめんです」

「……ああ。善処しよう。私も君にそうして貰えると助かる……」


酷い奴だと思われるかもしれない。だけど、この騒動には一切関わりたくない。
以前、ローペくんに脅された時に「死」という不穏な単語が出た。今までの天女が何処に行ったのか、皆は口を揃えて天に召されたと言う。
もし、その意味が「死」と直結していたら?
ゾッとした。真相は分からない。
だけど、夢小説などの天女様は大抵救いがない場合が多い。まあ、逆ハー補正とか使って良いように誑かしていたから自業自得といえばそれまでだが。

私はリュオマ先生をじっと見つめる。
先生の目の下には疲れを感じさせる程のクマが出来ていた。
リュオマ先生はこの世界に於いてエリート教師である。というのも、国家機関の魔術師団から直々に配属された教師なのだ。月組に高魔力の生徒が入学する事にあたって、リュオマ先生が派遣された。その為、問題解決や厄介事にはリュオマ先生が動かざる得ない。今回も寝る間も惜しんで天女騒動の解決に勤しんでいるのだろう。ただ、今回はリュオマ先生が取り込まれなかったことだけは救いだろう。


「但し、月組と星組の子供達に危害が加えられる場合は見て見ぬふりは出来ません。子供達に被害が及んだ場合私の独断で彼等を守らせてもらいます」

「なに……を。守るっていっても魔力も持たない君がどうやって!?」


私の宣言にリュオマ先生は狼狽える。
確かに私は魔力を持たない。戦闘になったら瞬殺されるだろう。
だけど、子供達に関してだけは見て見ぬふりは出来ない。直接、彼等に手が加えられる場合は私は子供達を無理矢理にでも連れて逃げる。この学園から。
だけど、それをまだリュオマ先生に教えてやるつもりは無い。


「いいですか。リュオマ先生、あの子達に危害が加えられなくても貴方が天女派についた時点で私は子供達を守るためにある事を決行します。絶対に、あの子達の為にも絶っっ対に、向こうに取り込まれるなんて情けない姿を晒さないで下さいね」


昨夜の事で相当頭にキてたのだと思う。気が付いたら、リュオマ先生の胸倉を掴んでいた。
あの子達がどれだけ悲しんで来たのか。苦しんで来たのか。失望して来たのか……
これ以上、あの子達の輝きを削ぐような真似はさせない。他はどうなろうがどうでもいい。高等部の生徒が取り込まれようと学園が崩壊しようとも。

だけど、この世界に来て月組の子達が懐いてくれて、慕ってくれて、元の世界に帰りたくて本当はずっと泣いていた心をあの子達は沢山の笑顔と元の世界の事を考える暇も無いほど振り回してくれた。
一度、懐に入れてしまった子供達を見捨てるなんて事は出来ない。何が何でも守ってやると決意した。

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