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「な、何を言っているんだ……ディアナは死んだはずだぞ……」
「ええ。あなたに殺されましたからね」
「うっ!?」

 違う顔をした私を『ディアナ』だと認識したのか、ユリウスは顔を青くして私を見つめる。
 すると彼は急に叫び出す。

「誰か! 誰か助けてくれ! 賊だ! 賊が現れたぞ!」
「…………」

 残念だが、屋敷にいる人間はユリウス以外全員が眠っている。
 ただ一人を除いてだが……

 するとその一人が声を聞きつけたのか、冷静な瞳で駆けて来る。

「どういたしましたか、ユリウス様!」
「ロ、ロバート! 賊が侵入したのだ!」
「賊……? 貴様らのことか」

 ロバートはどこから持って来たのか、手にしていた剣を抜き取り、私たちに切っ先を向ける。

「あなたね? 私の遺体を処理したのは」
「私の遺体……お前は何を言っているんだ?」
「私はディアナ。ディアナ・コンバルージュ。ユリウスに復讐するために地獄から舞い戻ってきたのよ」
「世迷言を……気でも狂っているのか、女」

 ロバートは私を切り裂こうと剣を振り上げた。
 私は一瞬身体を硬直させるが――ファイが私の前に立ってくれる。
 そしてその剣ごと、相手の両腕を吹き飛ばしてしまった。

「ぎゃああああああああああああああああ!!」
「ロ、ロバート……ロバート!!」

 ファイが何をやったのかは理解できない。
 だがその異質な力は、恐怖でしかないらしく、ユリウスは震え上がるばかり。
 ロバートは両腕を失った痛みとショックに痙攣を起こしている。

「邪魔だ、人間」

 ユリウスの方へとロバートを蹴り飛ばすファイ。
 そして死神らしい邪悪な笑みを浮かべたまま、ユリウスを見据える。

「ひっ……」
「あなたに殴られた頭の痛み……今でも覚えているわ」
「す、すまなかった……許してくれ、ディアナ!」

 私をディアナと認識したのか、情けない程に涙を流して懇願するユリウス。
 だが私は許さない。
 自分のこともあるが、他にも犠牲者を出そうとしていることが許せない。

「許して欲しいなら、元の私の肉体を返して頂戴。そうすれば許してあげるわ」
「い、いや……でも君の身体はもう……」
「なら、話にならないわね。ほうら、後ろから死神のお迎えが来ているわよ」
「なっ!?」

 ユリウスの背後に黒い穴が開いている。
 それは人間ぐらいは簡単に通れるほどの大きさの穴。
 その穴から、凄まじい数の骸骨の手が伸びている。
 おぞましいそれは、見ているだけで寒気が走る。

「ま、待ってくれ……助けてくれ!」
「こいつは俺と契約した。お前の魂は地獄の底で歓迎してくれるんだとよ。精々地獄を楽しみな」

 骸骨の手がユリウスとロバートの身体を掴み、穴へと引き込んで行く。

「助けて、助けて! お願いだ! ディアナ! 助けて――」

 黒い穴が閉じ、ユリウスとロバートの身体はこの世から完全に消え去ってしまう。
 これから先、彼らはどうなるのか……
 地獄の底と言っていたが、やはり尋常ではないほどの苦しみが彼らを待っているのだろう。
 だけど同情はしない。
 これは彼らの人生が招いた結果なのだから。

「では、約束通り対価を払ってもらうとするか……」
「……それも覚悟の上よ」

 私はファイのふてぶてしい笑みを見て、ほくそ笑んだ。
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