裏切られたのに、今になって謝罪されても困ります

真壁 莉雨

文字の大きさ
2 / 6

2話

 暗がりに身を潜めたコンスタンスの瞳に、街灯の鈍い光が反射する。
 ケビンの腕に抱かれ、甘ったるい声を出す女――マーシャ。彼女が纏っているのは、コンスタンスが以前から欲しがっていた最高級のシルクを使ったドレスだった。

「まあ、ケビン様。あちらの馬車、あんなに地味で古臭い……。あのようなものに乗る方が、この街にもいらっしゃるのね」
「ふん、気にするなマーシャ。世の中には、分不相応な場所へ紛れ込む身の程知らずもいるということだ。お前には、もっと煌びやかな世界が似合っているよ」

 ケビンはマーシャの肩を抱き寄せ、彼女の耳元に唇を寄せた。
 コンスタンスはその光景を冷ややかに見つめながら、拳を握りしめる。
 
 ――身の程知らず、ですって? その馬車の代金も、あなたの着ている上着も、元を辿れば我が家との婚約による支援があってのことなのに。

 コンスタンスは彼らの後を追うことに決めた。
 ケビンはマーシャを自身の馬車に乗せず、別の、紋章の付いていない雇い馬車へと彼女を案内した。どうやら、表向きは慎重を期しているつもりらしい。

「では、マーシャ。明日の夜、いつもの場所で待っているよ。例の首飾りの続き……、指輪も用意してあるからな」
「嬉しい! 大好きですわ、ケビン様。……それじゃあ、また明日」

 マーシャを乗せた馬車が走り出す。
 ケビンは満足げな笑みを浮かべて自分の馬車に乗り込み、屋敷の方角へと消えていった。
 コンスタンスは待機させていた自分の馬車へ戻り、御者に指示を飛ばす。

「あの、女の方の馬車を追って。決して気づかれないように」
「承知いたしました、お嬢様」

 馬車は裏通りを抜け、次第に少し品位の落ちる住宅街へと入っていった。
 やがてマーシャの馬車が止まったのは、中堅貴族が住まうエリアの端にある、こぢんまりとした邸宅の前だった。

 コンスタンスは馬車から降り、再びフードを深く被る。
 マーシャは周囲を警戒することもなく、鼻歌混じりに邸宅の門を潜った。
 コンスタンスはその後を追い、庭の植え込みに身を隠しながら、明かりの灯った窓へと近づく。

「……あら、もう戻ったの? 早かったじゃない」

 開いた窓から、別の女の声が聞こえてきた。コンスタンスは息を殺し、耳を澄ませる。

「ええ。ケビン様ったら、本当に単純なんですもの。少し甘えただけで、次の指輪まで約束してくださったわ」
「ふふ、あのお坊ちゃんも運がないわね。まさか自分が、借金塗れの家の娘に貢がされているだけだとは夢にも思っていないでしょうに」

 マーシャの高笑いが聞こえる。
 コンスタンスは目を見開いた。

「だって、あの人、私の前では『コンスタンスという婚約者は地味で、自分がいなければ何もできない哀れな女だ』なんて偉そうに語るんですもの。おかしくて堪えられなかったわ」
「でも、いいの? 彼、家柄だけは立派だけど、中身は空っぽじゃない」
「いいのよ。彼が私に貢いでくれる限りは、素敵な『お財布』ですもの。それに、実はね……。他にももっと羽振りのいい殿方を見つけたの。ケビン様には、適当なところで別れを告げて、その方に乗り換えるつもりよ」

 マーシャの言葉に、コンスタンスの唇に冷酷な笑みが浮かんだ。
 
 ――なるほど。ケビン様、あなたは裏切っているつもりが、実は裏切られていたのですね。

 ケビンは、自分がコンスタンスよりも上位に立ち、マーシャという「可憐な弱者」を守っているつもりでいたのだろう。しかし実態は、格下の令嬢に掌の上で転がされているだけの道化師に過ぎない。

 コンスタンスは懐から小さな手帳を取り出し、邸宅の場所と、今聞いた会話の内容を克明に記した。
 さらに窓の中を覗き込むと、マーシャが宝石箱を開け、中に入っているいくつもの高価な宝飾品を眺めているのが見えた。その中には、ケビンが「公務で必要だ」と言ってコンスタンスの父から融通してもらった資金で購入したものも含まれているはずだ。

「……愚かな人」

 コンスタンスは確信した。
 ただ浮気を告発するだけでは、この怒りは収まらない。
 ケビンが信じている「男としてのプライド」と「マーシャからの愛」、その両方を完膚なきまでに叩き潰さなければならない。

 立ち去ろうとしたその時、邸宅の前に新たな馬車が止まった。
 紋章はないが、非常に格式の高い、見事な装飾の馬車だ。
 中から降りてきた人物の姿を見て、コンスタンスは思わず息を止めた。

 燃えるような金髪に、彫刻のように整った顔立ち。
 夜の闇の中でも隠しきれない圧倒的な気品。
 それは、この国の王子、ライナスだった。

 ――なぜ、王子殿下がこのような場所に?

 ライナスは慣れた足取りでマーシャの邸宅へと向かっていく。
 マーシャが「乗り換えるつもり」だと言っていた「羽振りのいい殿方」とは、まさか……。

 コンスタンスの頭の中で、複雑なパズルが組み合わさっていく。
 もし、ケビンの浮気相手が、王子とも通じているとしたら。
 これは単なる男女の縺れを越えた、大きなスキャンダルになる。

あなたにおすすめの小説

婚約者のことが好きで好きで好きで仕方ない令嬢、彼に想い人がいると知って別れを切り出しました〜え、彼が本当に好きだったのは私なんですか!?〜

朝霧 陽月
恋愛
 ゾッコーン伯爵家のララブーナは、3日間涙が止まらず部屋に引きこもっていた……。  それというのも、ふとした折に彼女の婚約者デューキアイ・グデーレ公爵子息に想い人がいると知ってしまったからだ。 ※内容はタイトル通りです、基本ヤベェ登場人物しかいません。 ※他サイトにも、同作者ほぼ同タイトルで投稿中。

あら?幼馴染との真実の愛が大事だったのではありませんでしたっけ???

睡蓮
恋愛
王宮に仕える身分であるザルバは、自身の婚約者としてユフィーレアとの関係を選んだ。しかし彼は後に、幼馴染であるアナとの関係に夢中になってしまい、それを真実の愛だと言い張ってユフィーレアの事を婚約破棄してしまう。それですべては丸く収まると考えていたザルバだったものの、実はユフィーレアは時の第一王子であるユーグレンと接点があり、婚約破棄を王宮に対する大いなる罪であると突き付けられることとなり…。

短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした

ヨルノソラ
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。 だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。 ――私は静かに調べた。 夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。 嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。

シルフィウムの君は

透明
恋愛
王子が幼い日に遊んだ初恋の少女『シルフィウムの少女』 王子は絶対にその子と結婚すると国を挙げての捜索を開始した。 やがて私の義妹がその少女だと名乗り出るが・・・

王太子に「戦友としか思えない」と言われたので、婚約を解消しました

明衣令央
恋愛
婚約者である王太子ヘンリーから「君のことは戦友としか思えない」と告げられた、公爵令嬢アリスティア。 十年以上の王妃教育を積んできた彼女は、静かに婚約解消を受け入れる。 一年後、幸せな結婚を迎えた彼女にとって、ヘンリーのその後は――もうどうでもいいことだった。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

<完結>金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

大切にされないなら、大切にしてくれる人を選びます

南部
恋愛
大切にされず関係を改善できる見込みもない。 それならいっそのこと、関係を終わらせてしまえばいい。