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6話
約束の日の前日。ダラスの屋敷の広間には、かつての栄華を象徴していた調度品の数々が、無造作に木箱へ詰め込まれていた。
積み上げられた箱の山を背に、ダラスは古物商――エミリアが差し向けた協力者である男が差し出した革袋を、震える手で受け取った。
「……おい、なんだこれは。重さが足りないじゃないか」
袋を開け、中身を確認したダラスの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「……入っているのは、見積額の半分にも満たないぞ! どういうことだ!」
「ああ、それにつきましては……。申し訳ございませんな、閣下。ここ数週間で、閣下が売りに出されたのと同種の美術品が、市場に大量に溢れましてね。希少価値が暴落してしまったのですよ」
商人は、わざとらしく肩をすくめてみせた。もちろん、市場を操作して値を下げさせたのはエミリアの手腕だ。
「そんな馬鹿な話があるか! 一ヶ月前は、これで全額返せると言ったじゃないか!」
「相場は生き物ですから。それに、閣下が保管されていた肖像画の数々に、保存状態の悪さによる傷みが見つかりましてな。私としても、これ以上の値をつけるのは商売あがったりなのです」
商人の冷淡な言葉に、ダラスは目眩を覚えた。
半分。これではエミリアに返す公金の利子分にすら足りない。明日、彼女が王子の使いと共に現れた時、金を用意できていなければ、自分の破滅は決定的なものとなる。
「待て、頼む……! 残りの半分、お前が貸してくれ! お前ならそれくらいの融資はできるだろう? 家督を、この屋敷を担保にしてもいい!」
ダラスはなりふり構わず、商人の衣の袖に縋り付いた。かつての傲慢な貴族の面影はどこにもない。
「……ハッ。閣下、冗談が過ぎますな」
商人は、汚い物でも見るかのような目でダラスの手を振り払った。
「明日には破産が確定し、王室から資産を差し押さえられることが目に見えている男に、誰が金を貸すと? この屋敷も、すでに閣下の所有物ではなくなるのでしょう? 回収の見込みがない相手に施しをするほど、私はお人好しではありません」
「な、何を……! 俺は伯爵家の次期当主だぞ!」
「『元』、の間違いでは? では、失礼。これらはお約束通り、引き取らせていただきます」
商人が合図を出すと、屈強な男たちが次々と木箱を運び出していった。
がらんとした広間に残されたのは、埃を被った古い絨毯と、中身の心許ない革袋を抱えたダラス一人だけだった。
「嘘だ……。こんなはずじゃ……。エミリアなら、エミリアならなんとかしてくれるはずだ……!」
彼は震える手で革袋を握りしめ、明日という日の到来を、死を待つ囚人のような心地で迎えるしかなかった。
外では、彼を嘲笑うかのように、冷たい夜雨が降り始めていた。
積み上げられた箱の山を背に、ダラスは古物商――エミリアが差し向けた協力者である男が差し出した革袋を、震える手で受け取った。
「……おい、なんだこれは。重さが足りないじゃないか」
袋を開け、中身を確認したダラスの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「……入っているのは、見積額の半分にも満たないぞ! どういうことだ!」
「ああ、それにつきましては……。申し訳ございませんな、閣下。ここ数週間で、閣下が売りに出されたのと同種の美術品が、市場に大量に溢れましてね。希少価値が暴落してしまったのですよ」
商人は、わざとらしく肩をすくめてみせた。もちろん、市場を操作して値を下げさせたのはエミリアの手腕だ。
「そんな馬鹿な話があるか! 一ヶ月前は、これで全額返せると言ったじゃないか!」
「相場は生き物ですから。それに、閣下が保管されていた肖像画の数々に、保存状態の悪さによる傷みが見つかりましてな。私としても、これ以上の値をつけるのは商売あがったりなのです」
商人の冷淡な言葉に、ダラスは目眩を覚えた。
半分。これではエミリアに返す公金の利子分にすら足りない。明日、彼女が王子の使いと共に現れた時、金を用意できていなければ、自分の破滅は決定的なものとなる。
「待て、頼む……! 残りの半分、お前が貸してくれ! お前ならそれくらいの融資はできるだろう? 家督を、この屋敷を担保にしてもいい!」
ダラスはなりふり構わず、商人の衣の袖に縋り付いた。かつての傲慢な貴族の面影はどこにもない。
「……ハッ。閣下、冗談が過ぎますな」
商人は、汚い物でも見るかのような目でダラスの手を振り払った。
「明日には破産が確定し、王室から資産を差し押さえられることが目に見えている男に、誰が金を貸すと? この屋敷も、すでに閣下の所有物ではなくなるのでしょう? 回収の見込みがない相手に施しをするほど、私はお人好しではありません」
「な、何を……! 俺は伯爵家の次期当主だぞ!」
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「嘘だ……。こんなはずじゃ……。エミリアなら、エミリアならなんとかしてくれるはずだ……!」
彼は震える手で革袋を握りしめ、明日という日の到来を、死を待つ囚人のような心地で迎えるしかなかった。
外では、彼を嘲笑うかのように、冷たい夜雨が降り始めていた。
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