元婚約者でも、容赦しません

真壁 莉雨

文字の大きさ
6 / 7

6話

 約束の日の前日。ダラスの屋敷の広間には、かつての栄華を象徴していた調度品の数々が、無造作に木箱へ詰め込まれていた。

 積み上げられた箱の山を背に、ダラスは古物商――エミリアが差し向けた協力者である男が差し出した革袋を、震える手で受け取った。

「……おい、なんだこれは。重さが足りないじゃないか」

 袋を開け、中身を確認したダラスの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

「……入っているのは、見積額の半分にも満たないぞ! どういうことだ!」
「ああ、それにつきましては……。申し訳ございませんな、閣下。ここ数週間で、閣下が売りに出されたのと同種の美術品が、市場に大量に溢れましてね。希少価値が暴落してしまったのですよ」

 商人は、わざとらしく肩をすくめてみせた。もちろん、市場を操作して値を下げさせたのはエミリアの手腕だ。

「そんな馬鹿な話があるか! 一ヶ月前は、これで全額返せると言ったじゃないか!」
「相場は生き物ですから。それに、閣下が保管されていた肖像画の数々に、保存状態の悪さによる傷みが見つかりましてな。私としても、これ以上の値をつけるのは商売あがったりなのです」

 商人の冷淡な言葉に、ダラスは目眩を覚えた。
 半分。これではエミリアに返す公金の利子分にすら足りない。明日、彼女が王子の使いと共に現れた時、金を用意できていなければ、自分の破滅は決定的なものとなる。

「待て、頼む……! 残りの半分、お前が貸してくれ! お前ならそれくらいの融資はできるだろう? 家督を、この屋敷を担保にしてもいい!」

 ダラスはなりふり構わず、商人の衣の袖に縋り付いた。かつての傲慢な貴族の面影はどこにもない。

「……ハッ。閣下、冗談が過ぎますな」

 商人は、汚い物でも見るかのような目でダラスの手を振り払った。

「明日には破産が確定し、王室から資産を差し押さえられることが目に見えている男に、誰が金を貸すと? この屋敷も、すでに閣下の所有物ではなくなるのでしょう? 回収の見込みがない相手に施しをするほど、私はお人好しではありません」
「な、何を……! 俺は伯爵家の次期当主だぞ!」
「『元』、の間違いでは? では、失礼。これらはお約束通り、引き取らせていただきます」

 商人が合図を出すと、屈強な男たちが次々と木箱を運び出していった。
 がらんとした広間に残されたのは、埃を被った古い絨毯と、中身の心許ない革袋を抱えたダラス一人だけだった。

「嘘だ……。こんなはずじゃ……。エミリアなら、エミリアならなんとかしてくれるはずだ……!」

 彼は震える手で革袋を握りしめ、明日という日の到来を、死を待つ囚人のような心地で迎えるしかなかった。
 外では、彼を嘲笑うかのように、冷たい夜雨が降り始めていた。

あなたにおすすめの小説

ようやく自由にしてくださって感謝いたします

一ノ瀬和葉
恋愛
華やかな舞踏会の夜、突然告げられた婚約破棄。 誰もが涙と屈辱を予想する中、令嬢の唇からこぼれたのは――思いがけない一言だった。 その瞬間から、運命は静かに、しかし決定的に動き出す。 ※ご都合です、小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

<完結済>婚約破棄を叫ぶ馬鹿に用はない

詩海猫(9/10受賞作発売中!)
恋愛
卒業パーティーでの婚約破棄に、声をあげたのは5番目に破棄された令嬢だったーー記憶持ちの令嬢、反撃に出ます!

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

婚約破棄されたので、もうあなたを想うのはやめます

藤原遊
恋愛
王城の舞踏会で、公爵令息から一方的に婚約破棄を告げられた令嬢。 彼の仕事を支えるため領地運営を担ってきたが、婚約者でなくなった以上、その役目を続ける理由はない。 去った先で彼女の能力を正当に評価したのは、軍事を握る王弟辺境伯だった。 想うことをやめた先で、彼女は“対等に必要とされる場所”を手に入れる。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、ハーメルンなど他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。