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彼は治療士。
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しおりを挟む心当たりが、あったわけではない。ただじっとしていられなかったという一心で飛び出してきたサイードだった。夜風に当たって少し冷静になり、エルレグのよく通っている診療所へ行ってみることにした。いつもそこに詰めているわけではないらしいが、夕飯の共に、診療所の話をよく聞かされいてた。どうしたらあんな角度に足が折れるんだとか、メディックを雇わないからあんなハメになるんだとか、常駐医が嫌味な野郎だとか、非常勤のナースが可愛いだとか。
ギルドの近くにある冒険者用の診療所は、夜通し明かりがついていることが多い。サイードが遠慮がちに診療所の扉を開けると、件のナース嬢が入り口でにっこりと微笑んだ。
「こんばんは、エルレグのお連れさん」
今日はどうしたの、と問う物言いには、サイードが治療に訪れたのではないことがわかっているようだった。サイードは、周りを憚りながら彼女に歩み寄る。
「あの、エルレグ、今日、ここに来ませんでしたか」
彼女の表情が、困ったような弱い微笑に変わる。
「ごめんね、私は夜勤でさっききたばかりだからわからないの」
そうですか、と肩を落として、サイードは踵を返そうとした。ナースに礼を言おうと顔を上げると、奥から顔を出していた常駐医と目が合った。
「お」
サイードに気づき、彼は手を上げてぬぼっと立ち上がる。
「よく来た、いいところに来た。ちょっと」
おいで、と手招きをする常駐医に、どうしたものかとサイードが突っ立っていると、ナースが行ってらっしゃい、と軽く背を押した。そのままテグスで引かれるように常駐医に付き従う。足は、診察室、ベッドの並ぶ病室を抜けて更に奥の扉の中へ向かった。サイードの立ち入ったことのないそこは、薬品の入った棚があり、デスクに山積みになった本があり、ソファと簡易ベッドがあった。休憩室のようだ。
「おいエル、お迎えがきたぞ」
常駐医が低い声でソファに向かって言い放つ。サイードは、そこで初めて人の気配に気づいた。先行していた常駐医に隠れて見えなかったが、すっと顔を覗かせると、ソファに死んだように眠りこけているエルレグの姿があった。
「まったく、起きやしない。勤務医でもないくせに」
常駐医は肩をすくめてため息をつく。
「いくらなんでも、もうそろそろ起きるだろ」
サイードが声をかける間もなく、常駐医はくるりと振り返り言葉を紡ぐ。
「あいつ、今日ちょっとやりすぎたんだ。実は今日人手が足りなくてね、助かったことは助かったんだが。たぶん、なんか思い出したんだろうなあ、あの気合の入れようは。近衛隊の中に美人がいたから、そのせいかな」
サイードに構わず喋り続けた常駐医は、ぽん、と彼の肩に手を置いて「後はよろしく」と微笑する。サイードはわけがわからない。
「ちょ、と、すみません、言ってる意味が、全然わからない。つまり、エルレグは、どうした」
「頑張ったってことさ。今日はここに運び込まれた怪我人が多かったからね。彼は頑張りすぎたってことさ」
「……じゃあ、後はよろしくって、どういう」
「そりゃあ、彼は勤務医でもなんでもないからね、我々は責任を負う立場じゃないわけさ。ここでこのまま朽ちられても困るって事」
それから、と常駐医は思い出したように懐に手を入れる。
「いつもは無駄話ばかりしているからいいけど、今日ばっかりは、いけないね。これ、彼の代わりに受け取ってくれ。いつもボランティアだのなんのって言って、受け取ろうとしない」
常駐医が差し出した封筒には、宿代三日分ほどの紙幣が入っていた。
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