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本編
24-1
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「エクスターって……貴方まさか」
「ええそうです。貴女のお母様いわく、名ばかり立派な上流貴族ですよ。私はそこの四男ですが、残念ながらまだお会いした事はありませんでしたね。……もっとも私の方は市場などで、勇ましく業者とやり合う貴女を度々お見かけしておりましたが」
矢継ぎ早に言葉をまくしたてるアディルに、マシェリは眦を吊り上げた。
「何、言ってるの? 貴方はわたくしのーー」
「ずいぶんと楽しそうだな」
割り込んだ声に背中がぞくりとする。
知らぬ間にドアが開き、金色の双眸を光らせた皇帝がマシェリのすぐ背後に立っていた。
「陛下、申し訳ございません。ただ今お茶をお淹れいたしますので」
アディルの隣で一緒に顔を伏せる、マシェリの手を皇帝が掴む。
そのまま引っ張られ、マシェリは皇帝の胸に落ちた。
「……っ。陛下?」
「茶など後で構わん。それより、お前」
「はい」
「父親はテラナ公国の侯爵だったな。マシェリと知り合いでないというのは本当か」
「はい。神に誓って本当です。……私の父親は確かにエクスター卿ですが、母親は正妻ではありません。妾腹の子として生まれた私は、平民として母とふたり、城下町で暮らしておりました。父が私を実子として引き取ると申し出てくれたのは最近……母が亡くなってからのことなので、私は貴族の方々とほとんど面識がないのです」
皇帝に肩を抱かれ、身動きの取れないマシェリは顔だけをアディルに向けた。最後まで淡々と過去を語った、縹色の瞳と一瞬視線が出会う。
しかし、アディルはすぐにマシェリから目を逸らした。
「なるほど。そういえばお前、十八にもなって社交界デビューを果たしてないという話だったな。それなら確かに、マシェリと面識がないというのも頷ける」
「はい。……誤解を招く態度をとってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「……なぜ、貴方が謝るの?」
頭を下げかけるアディルに手を伸ばそうとしてーー皇帝に強く抱き竦められた。
はっとしてマシェリが顔を上げると、凶暴な輝きの瞳に射抜かれ、身動きがかなわなくなる。
「大人しくしていろ、マシェリ。でないと、私はこの男を斬り捨ててしまうかもしれん」
「陛下⁉︎ どうしてそんな……! おやめください、彼は何も」
「肝に銘じておきます。……マシェリ様、私に気遣ってくださるのは大変嬉しく思いますが、貴女は皇太子様の婚約者なのです。それをどうか忘れないでください」
「その通り。だが、あまり出過ぎた事を言うな薬師。棺桶で故郷に送られたくなければな」
「……。はい」
小さく頷くアディルの額には、汗が滴っていた。
そして、今さらながら気付く。
自分を拘束しているこの腕が、手が。剣を握り、攻め入った公国の兵をなぎ払い、幾人もの命を奪ってきた皇帝のものなのだということに。
「マシェリ。どうやらお前は、少しばかり教育が必要なようだな」
「教育……?」
「パーティーの支度が始まるまで、まだたっぷり時間がある。グレンの妃として少しは慎ましくなれるように、私が直々に指南してやろう。ーー一緒に来い」
皇帝の手が戸惑うマシェリの腰に回される。アディルがぱっと顔を上げた。
「待っ……!」
「そこを動くな薬師」
アディルの喉元に短剣の刃がぴたりと当たる。
血が一筋、首元へ伝っていった。
「アディル!」
「マシェリ、お前もだ。死にたくなければ大人しくしていろ。……これは、皇帝命令だ」
短剣の血を払い、マントを翻した皇帝はマシェリの手を掴んで引っ張った。ジムリの叫ぶ声も無視してそのまま医務室を突っ切り、扉を乱暴に開く。
廊下の護衛が顔を上げると、皇帝は手をかざして制した。
「少し遅れてこい。……意味は分かるな?」
「御意」
心得たとばかりに距離をとって付いてくる護衛の姿を、マシェリは青ざめた顔で振り返った。自分が今どんな状況にいるか、そのひと言だけで理解するには十分だった。
「ええそうです。貴女のお母様いわく、名ばかり立派な上流貴族ですよ。私はそこの四男ですが、残念ながらまだお会いした事はありませんでしたね。……もっとも私の方は市場などで、勇ましく業者とやり合う貴女を度々お見かけしておりましたが」
矢継ぎ早に言葉をまくしたてるアディルに、マシェリは眦を吊り上げた。
「何、言ってるの? 貴方はわたくしのーー」
「ずいぶんと楽しそうだな」
割り込んだ声に背中がぞくりとする。
知らぬ間にドアが開き、金色の双眸を光らせた皇帝がマシェリのすぐ背後に立っていた。
「陛下、申し訳ございません。ただ今お茶をお淹れいたしますので」
アディルの隣で一緒に顔を伏せる、マシェリの手を皇帝が掴む。
そのまま引っ張られ、マシェリは皇帝の胸に落ちた。
「……っ。陛下?」
「茶など後で構わん。それより、お前」
「はい」
「父親はテラナ公国の侯爵だったな。マシェリと知り合いでないというのは本当か」
「はい。神に誓って本当です。……私の父親は確かにエクスター卿ですが、母親は正妻ではありません。妾腹の子として生まれた私は、平民として母とふたり、城下町で暮らしておりました。父が私を実子として引き取ると申し出てくれたのは最近……母が亡くなってからのことなので、私は貴族の方々とほとんど面識がないのです」
皇帝に肩を抱かれ、身動きの取れないマシェリは顔だけをアディルに向けた。最後まで淡々と過去を語った、縹色の瞳と一瞬視線が出会う。
しかし、アディルはすぐにマシェリから目を逸らした。
「なるほど。そういえばお前、十八にもなって社交界デビューを果たしてないという話だったな。それなら確かに、マシェリと面識がないというのも頷ける」
「はい。……誤解を招く態度をとってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「……なぜ、貴方が謝るの?」
頭を下げかけるアディルに手を伸ばそうとしてーー皇帝に強く抱き竦められた。
はっとしてマシェリが顔を上げると、凶暴な輝きの瞳に射抜かれ、身動きがかなわなくなる。
「大人しくしていろ、マシェリ。でないと、私はこの男を斬り捨ててしまうかもしれん」
「陛下⁉︎ どうしてそんな……! おやめください、彼は何も」
「肝に銘じておきます。……マシェリ様、私に気遣ってくださるのは大変嬉しく思いますが、貴女は皇太子様の婚約者なのです。それをどうか忘れないでください」
「その通り。だが、あまり出過ぎた事を言うな薬師。棺桶で故郷に送られたくなければな」
「……。はい」
小さく頷くアディルの額には、汗が滴っていた。
そして、今さらながら気付く。
自分を拘束しているこの腕が、手が。剣を握り、攻め入った公国の兵をなぎ払い、幾人もの命を奪ってきた皇帝のものなのだということに。
「マシェリ。どうやらお前は、少しばかり教育が必要なようだな」
「教育……?」
「パーティーの支度が始まるまで、まだたっぷり時間がある。グレンの妃として少しは慎ましくなれるように、私が直々に指南してやろう。ーー一緒に来い」
皇帝の手が戸惑うマシェリの腰に回される。アディルがぱっと顔を上げた。
「待っ……!」
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アディルの喉元に短剣の刃がぴたりと当たる。
血が一筋、首元へ伝っていった。
「アディル!」
「マシェリ、お前もだ。死にたくなければ大人しくしていろ。……これは、皇帝命令だ」
短剣の血を払い、マントを翻した皇帝はマシェリの手を掴んで引っ張った。ジムリの叫ぶ声も無視してそのまま医務室を突っ切り、扉を乱暴に開く。
廊下の護衛が顔を上げると、皇帝は手をかざして制した。
「少し遅れてこい。……意味は分かるな?」
「御意」
心得たとばかりに距離をとって付いてくる護衛の姿を、マシェリは青ざめた顔で振り返った。自分が今どんな状況にいるか、そのひと言だけで理解するには十分だった。
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