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本編
25-2
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サラを肩に乗せ、ビビアンが扉を開ける。
ちらっとこちらに向けた涼しげな瞳が、微笑って見えたのは気のせいだろうか。
「ビビアン様、なんですよね? 本当に?」
「文法が間違ってます、疑問形で念押ししないでください。……それと、口紅が少しはみ出てますよ。ちょっとこちらへ」
素早く廊下を見回したビビアンが、近くのドアを開け、マシェリの手を掴む。
あっという間もなく部屋の中へ引き入れられ、声を出すのも忘れて呆然としていると、かちゃりと鍵をかけられた。
「ビ、ビビアン様? いったい何を」
「そんな警戒心剥き出しの顔で見ないでください、私の矜恃が傷付きます。一応、念のためですよ。あの陛下に見られると、また色々厄介ですから。……さ、口紅を拭いてあげますから顔を見せて」
「にゃ」
明るい部屋で見ると、サラはつやつやとした毛並みをしていた。ビビアンの頭の上に乗っかり、ご機嫌な様子で鳴き声をあげる。
(『大丈夫だよ』って言ってるみたい)
「分かりました。お願いしますわ、ビビアン様」
「では、失礼します。……マシェリ様のこんな顔、殿下に見られたら大変ですからね。血の雨が降りかねない」
ビビアンはポケットから取り出したハンカチで、優しくマシェリの口元に触れた。
見つめる細い赤橙色の瞳が、物言いたげに揺れている。マシェリは少し考えた後、口を開いた。
「……未遂、ですわよ。キスだけです。殿下が気にするような事は何も」
「それでも十分殿下は気になさいます。……貴女という女性は、男というものを全く分かってらっしゃらない。念のため、サラを影に隠しておいて正解でしたね」
「影?」
「サラは『影猫』という精霊なんです。護衛として人の影に潜り込ませたり……こんな風に、体に纏わせる事もできる」
ビビアンがサラの鼻先をちょん、と突っつく。
次の瞬間小さな体が分散し、巻き上がった黒い霧が、ビビアンの頭から爪先まで包み込んでいった。
「この姿は顔を隠せるので非常に便利なんですよ。何しろ、フランジアの宰相というだけでしょっちゅう命を狙われるものですから」
パチンと指を鳴らすと霧が消え、銀髪と緑色の瞳に黒い顔。いつものビビアンの姿がそこに現れた。
すかさずフェイスベールを着用するのが少し気になる。が、そこまで興味はないので今は捨て置く。
「ビビアン様は精霊使いでしたのね」
「一応。ですが私は宰相の方が向いてますので、そっちは副業のようなものです。サラも、護衛をしていた皇妃様が亡くなってからすっかり元気を無くしてしまって、私にしがみついてばかりでしたし」
しみじみとビビアンが語る言葉に、マシェリは首を傾げた。
「……元気、いっぱいでしたわよ? 陛下に向かってシャーシャー唸ってましたもの」
「それは貴女のおかげです。昨日貴女は、皇妃様の意思を受け継ごうと動いてくださったでしょう。サラは、きっと嬉しかったんですよ。……私では、余った果物を廃棄と称して孤児院へ届けることくらいしかできませんから」
「……! ビビアン様、貴方は」
「勘違いしないでください。私は貴女を皇太子妃として相応しいとは思っていないし、正直、気も合いません。ただ、この子は貴女を主人にと望んでいる。ーーそうだろう?サラ」
パチン、とビビアンがもう一度指先を鳴らす。
霧散した黒い影がひとところに纏り、ちょこんと座る仔猫の姿を象る。
「にゃっ!」
床を蹴ったサラは、マシェリの肩へ飛び乗ると、ごろごろと喉を鳴らして頰にすり寄った。
(かっ、可愛い……! で、でも。この子はビビアン様の精霊なのよね。ペットは飼い主に似るって言うし、もしや中身はけっこう腹黒仔猫ちゃんなんじゃ……?)
そんな生き物に護衛を頼むのは、一抹の不安がよぎる。眉根を寄せるマシェリに、ビビアンがこほんと咳払いした。
「陛下除けにサラは適任ですよ。ずっと一緒にいたせいか、サラは皇妃様と性格や雰囲気が似ているらしくて、サラに鳴かれるとコーネリア様に責めたてられているようだと陛下は怯えてらっしゃいますから」
「そんな、虫除けみたいにおっしゃらないでくださいませ。……ビビアン様に言われなくとも、わたくし、自分が皇太子妃に相応しいなんて思っていませんもの。この子に、付いてもらう資格なんてありませんわ」
「……おこがましい事を。それを決めるのは、貴女ではありませんよ」
皮肉めいた口調で言う、ビビアンが赤橙色の瞳を細め微笑んだ。
ちらっとこちらに向けた涼しげな瞳が、微笑って見えたのは気のせいだろうか。
「ビビアン様、なんですよね? 本当に?」
「文法が間違ってます、疑問形で念押ししないでください。……それと、口紅が少しはみ出てますよ。ちょっとこちらへ」
素早く廊下を見回したビビアンが、近くのドアを開け、マシェリの手を掴む。
あっという間もなく部屋の中へ引き入れられ、声を出すのも忘れて呆然としていると、かちゃりと鍵をかけられた。
「ビ、ビビアン様? いったい何を」
「そんな警戒心剥き出しの顔で見ないでください、私の矜恃が傷付きます。一応、念のためですよ。あの陛下に見られると、また色々厄介ですから。……さ、口紅を拭いてあげますから顔を見せて」
「にゃ」
明るい部屋で見ると、サラはつやつやとした毛並みをしていた。ビビアンの頭の上に乗っかり、ご機嫌な様子で鳴き声をあげる。
(『大丈夫だよ』って言ってるみたい)
「分かりました。お願いしますわ、ビビアン様」
「では、失礼します。……マシェリ様のこんな顔、殿下に見られたら大変ですからね。血の雨が降りかねない」
ビビアンはポケットから取り出したハンカチで、優しくマシェリの口元に触れた。
見つめる細い赤橙色の瞳が、物言いたげに揺れている。マシェリは少し考えた後、口を開いた。
「……未遂、ですわよ。キスだけです。殿下が気にするような事は何も」
「それでも十分殿下は気になさいます。……貴女という女性は、男というものを全く分かってらっしゃらない。念のため、サラを影に隠しておいて正解でしたね」
「影?」
「サラは『影猫』という精霊なんです。護衛として人の影に潜り込ませたり……こんな風に、体に纏わせる事もできる」
ビビアンがサラの鼻先をちょん、と突っつく。
次の瞬間小さな体が分散し、巻き上がった黒い霧が、ビビアンの頭から爪先まで包み込んでいった。
「この姿は顔を隠せるので非常に便利なんですよ。何しろ、フランジアの宰相というだけでしょっちゅう命を狙われるものですから」
パチンと指を鳴らすと霧が消え、銀髪と緑色の瞳に黒い顔。いつものビビアンの姿がそこに現れた。
すかさずフェイスベールを着用するのが少し気になる。が、そこまで興味はないので今は捨て置く。
「ビビアン様は精霊使いでしたのね」
「一応。ですが私は宰相の方が向いてますので、そっちは副業のようなものです。サラも、護衛をしていた皇妃様が亡くなってからすっかり元気を無くしてしまって、私にしがみついてばかりでしたし」
しみじみとビビアンが語る言葉に、マシェリは首を傾げた。
「……元気、いっぱいでしたわよ? 陛下に向かってシャーシャー唸ってましたもの」
「それは貴女のおかげです。昨日貴女は、皇妃様の意思を受け継ごうと動いてくださったでしょう。サラは、きっと嬉しかったんですよ。……私では、余った果物を廃棄と称して孤児院へ届けることくらいしかできませんから」
「……! ビビアン様、貴方は」
「勘違いしないでください。私は貴女を皇太子妃として相応しいとは思っていないし、正直、気も合いません。ただ、この子は貴女を主人にと望んでいる。ーーそうだろう?サラ」
パチン、とビビアンがもう一度指先を鳴らす。
霧散した黒い影がひとところに纏り、ちょこんと座る仔猫の姿を象る。
「にゃっ!」
床を蹴ったサラは、マシェリの肩へ飛び乗ると、ごろごろと喉を鳴らして頰にすり寄った。
(かっ、可愛い……! で、でも。この子はビビアン様の精霊なのよね。ペットは飼い主に似るって言うし、もしや中身はけっこう腹黒仔猫ちゃんなんじゃ……?)
そんな生き物に護衛を頼むのは、一抹の不安がよぎる。眉根を寄せるマシェリに、ビビアンがこほんと咳払いした。
「陛下除けにサラは適任ですよ。ずっと一緒にいたせいか、サラは皇妃様と性格や雰囲気が似ているらしくて、サラに鳴かれるとコーネリア様に責めたてられているようだと陛下は怯えてらっしゃいますから」
「そんな、虫除けみたいにおっしゃらないでくださいませ。……ビビアン様に言われなくとも、わたくし、自分が皇太子妃に相応しいなんて思っていませんもの。この子に、付いてもらう資格なんてありませんわ」
「……おこがましい事を。それを決めるのは、貴女ではありませんよ」
皮肉めいた口調で言う、ビビアンが赤橙色の瞳を細め微笑んだ。
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