強気な伯爵令嬢は水竜皇子との婚約破棄を狙ってます

水上 華

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本編

27-2

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(足が痛い)

 屈んでサラを捕まえた瞬間、マシェリは思わず顔をしかめた。
 しかしふくらはぎを見てみれば、腫れもなく、傷はほぼ消えてしまっている。……そういえば昨日、医官のジムリも朝には治ると言っていた。

(ただ疼いてるだけかしら?)

 釈然とせず首を傾げる。だがどちらにせよこのままでは、挨拶の練習など始めても、膝を曲げた状態でキープするのは難しい。しばし立ち尽くして考えた後、マシェリは踵を返した。

「にゃっ?」

 肩に乗せた黒猫ーーもとい精霊の影猫に、「どこ行くの?」と聞かれた気がしてぴたりと足を止める。
 パーティー会場出入り口の、ちょうど真ん前だった。今は準備中のため、大きな扉は両側に開いてとめてあり、中の様子が見渡せる。

 カーテンが締め切られた大広間を覗き込みーーマシェリの瞳に映ったのは、まばゆい程の光の洪水だった。
 豪奢な絵画が描かれた天井にはいくつものシャンデリアが輝き、壁際にはランプの柔らかな明かりが灯されている。そのきらめきを磨きあげられた大理石の床が反射し、室内をより明るく感じさせていた。
 白いクロスの丸テーブルに並べられた銀の食器とワイングラス。美しく折り、花を添えて置かれた紋章入りのナプキン。
 侍女が火を点けて回る金の燭台の側には、瑞々しい果物が盃に盛られていた。

(素敵……! なんて煌びやかなのかしら。会場の大きさも、テラナ公国の城の二倍、いいえ三倍くらいはあるわ)

 思わず押さえた胸が高鳴る。
 新緑色の瞳を潤ませ、高い天井のシャンデリアを見上げていると、足元に注意するよう侍従に声をかけられた。
 運ばれてきた太いぐるぐる巻きの絨毯が、ふたりがかりで大広間の床に転がされ、敷かれていく。
 ーーレッド・カーペットだ。

 ここを歩くのは、パーティーの主役と相場が決まっている。
 そして今夜の主役はもちろん、グレンとマシェリだ。

「にゃっ!」

 ふりふりとお尻を振り、転がるカーペットに突撃の姿勢を見せたサラを、マシェリが慌てて抱き上げる。

「だめよ。……あれは、わたくしの大切なものだから」
「にゃ?」

 床に降りたサラがことり、と首を傾げる。
 頰を薄紅色に染めたマシェリは、サラの顎を優しくさすってやった。

「マシェリ様、何してるんですかあ? 侍従長が探してらっしゃいましたよー」

 侍女のベルがぱたぱたと走って来る。パーティー仕様なのか、エプロンとヘッドドレスのフリルがいつもより数段多く、ふわふわ揺れて可愛らしい。

「ああ、ごめんなさいベル。実は医務室に薬を貰いに行こうと思ってて。……少し遅れるって、フローラ様に伝えてくれる?」
「薬って、もしかして殿下のですか? それなら、さっき侍女頭が持って行きましたよ」
「……何ですって?」
「あれ、ご存知なかったですか? マシェリ様のお部屋に行った時に頼まれたらしいんですよー。果実水と一緒にーーって、マシェリ様⁉︎」

 気付けば、レッドカーペットを飛び越えていた。
 薬と言っても色々ある。目覚めを良くしたり、緊張を緩和したり。病気でなくとも飲む時はあるものだ。
 その事を自分はよく解っている。なのに、早くグレンのもとへとく足を、どうしても止められない。

「にゃ、にゃあーあ」
「分かってるわサラ。……わたくしだって、大丈夫だと信じたい」

 けれども何か胸騒ぎがする。肩にしがみつくサラを気遣いながら階段を下りきると、ちょうどこちらへ向かって歩いてきたターシャと鉢合わせた。
 手にしたトレイに、空になったグラス四つと、鎮痛薬の紙袋をのせている。

「……マシェリ、様」
「今部屋から出てきたのね。ターシャ、殿下はどんな様子ですの?」
「殿下は寝てます。背中を、怪我してて。……。いま薬、を」
「……! 怪我?」

 嫌な予感が的中した。
 マシェリはターシャの脇をすり抜け、回廊の突き当たりにあるふたつのドアに向かって走った。
 両手で右のドアノブに取りついたとたん、肩のサラが全身の毛をぶわりと膨らませる。

「……シャーッ!」
「ああ……ごめんなさいサラ。いきなり走ったから驚いちゃった?」

 ヴヴ、と唸るサラの眼が青く光る。その視線は、マシェリの背後に向けられていた。
 振り返ろうとして、背筋にぞわりと悪寒が走る。頭の芯から足の爪先まで痺れ、身動ぎひとつかなわない。
 それは、はっきりと感じ取れる殺気だった。

「だめです、よ。マシェリ様。……殿下は、邪、だかラ」
「……ターシャ?」

 喉を鳴らし、マシェリは思い切って振り返った。
 するとそれが合図だったかのように、ターシャがトレイを手から落とす。
 グラスが床で砕け散った衝撃音が、回廊に響いた。

「……! なっ」

 床に広がったガラスの破片に一瞬目を奪われ、次に視線を上げた時ーーターシャが、見覚えのある青表紙の本を高々と掲げていた。
 暗く翳った瞳の侍女が、エプロンのポケットをぽん、と叩く。

「マ、シェリ。貴女を……しあわせにしてあげル」

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