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第一章
暗殺未遂 その1
しおりを挟むルコンが麓に着くのと、東方元帥チム・ゲルシク・シュテンが馬から飛び降りたのは、ほぼ同時だった。
「ルコンどの、お迎えにあがりましたぞ」
「お迎えにあがりましたぞ?」
ルコンはその意味をうまくとらえることが出来ぬまま、ゲルシクの言葉を繰り返していた。
ゲルシクはカカと笑う。
「なにをぼうっとされておられる。お待ちかねと思ってこれでも急いで参ったのだ。さあ、都に帰りましょう」
「お待ちくだされ。陛下がお許しくださったのですか」
ゲルシクは目を丸めてルコンの顔を眺めた。
「ニャムサンどのから聞いてらっしゃらないのか。そもそも陛下はルコンどのにはお怒りではない」
確かに、ニャムサンは別れるときに、冬が終わる前に都に帰ることが出来るだろうと言っていた。ツェンポが自分を必要としているとも。
しかしルコンはいまだに信じることが出来なかった。
「わたしを励ますために申しているのだと思っていました」
「なにおっしゃっているのか。他の尚論(高官)の手前、ルコンどのに罰を与えねばならなかっただけです。こんなところでひと冬を過ごされたのだ。大手を振って都に帰りましょう」
背後からあがった家来たちの歓声が空気を震わせた。しかし、ルコンのこころは晴れなかった。
「ゲルシクどの。わたしはマシャンどののいらっしゃらない宮廷に戻る気にはなれないのだ」
ゲルシクの顔が真っ赤に染まる。
「なんと! まだあんな冷血漢に義理立てされているのか」
ゲルシクとマシャンは犬猿の仲だった。
マシャンの一挙手一投足にかみつき、言うことすべてに反対するゲルシクを、マシャンとルコンは辺境に追いやった。それから何年も都に戻ることが出来なかったから、マシャンへの憎しみは一層募っていたことだろう。
「あんな男に肩入れするお気持ちがサッパリわからん。陛下の叔父であるのをいいことに好き勝手やって、結局はルコンどのの忠告も聞かず神罰を受けることとなったのではないか。もうあんなヤツのことはお忘れになられよ」
そんな簡単に忘れられるわけがない。ルコンとマシャンの兄弟たちは、物心が着いた頃からの幼なじみだったのだから。
ルコンが振り返ると、先ほどまで喜色満面だった家来たちが、かたずを飲んでふたりのやり取りを聞いていた。ここでつまらぬ意地を張っては、彼らにまた苦労を掛けることになってしまう。
ルコンは感傷を押し殺して、都に帰ることを決心した。
一行は、まるで祭りのように陽気な空気に包まれていた。もちろん、ゴーとリンチェもそのなかにいる。上機嫌なゲルシクがゴーに話しかける。
「おまえはニャムサンどのに仕えるのだろうな」
浮ついたルコンの家来たちのなかで、ひとり冷静さを保っているゴーは一礼した。
「はい。ニャムサンさまがおゆるしくださるのなら」
「それがよい。シャン・ゲルツェンよりもニャムサンどのに仕えた方が絶対よい」
「シャン・ゲルツェン?」
なんの前触れもなく知らぬ名をゲルシクが口にしたので、ルコンは首をひねった。ゲルシクは眉をあげる。
「まさか、ニャムサンどのはルコンどのにお知らせしていないのか」
「どういう意味です」
「まったく、近頃の若者の考えていることはまったくわからん!」
ゲルシクが憤然と叫ぶ。
「わからぬのは、わたしの方です。そのシャン・ゲルツェンとは何者ですか。ニャムサンとどういう関係があるのです」
「ご存じではないのか。シャン・ゲルツェン・ラナンですぞ」
『シャン』という称号で呼ぶからにはツェンポの姻戚の一族だろう。この国で役職をいただいている尚論は『レン』という敬称を付けて呼ばれるが、ツェンポをなした王妃の出身一族は『シャン』と呼ばれ区別されていた。いまではこのゲルシクの属するチム家、ド家、ツェポン家、そして現ツェンポの母方の一族、マシャンやニャムサンの属するナナム家の四家がそれにあたる。
ゲルシクの口ぶりでは、ゲルツェン・ラナンはナナム一族のひとりのようだ。が、長年ナナム家と懇意にしているルコンも、その名にこころ当たりはなかった。
「聞いたことのない名です。教えて下され」
ゲルシクのほうへ身を乗り出した、そのとき。
しなるようなヒュンという音が、ルコンの耳元をかすめた。馬がいななき、ドッと崩れるような音がする。見れば、背後に従っていた家来の馬が横倒しになってもがいていた。首に矢が突き立っている。
ルコンは馬から飛び降りると、落馬した家来に駆け寄った。
ほぼ同時に、ゲルシクの兵たちが矢の飛んできたとおぼしき方向に飛び出して行く。
「大丈夫か」
家来が腰をさすりながら半身を起こしたので安心した。
「大事ございません。急に馬が棹立ちになって……」
馬の首筋に刺さっている矢を指し示して見せると、家来は青ざめた。
ゲルシクがわめく。
「待ち伏せしていたのか。ルコンどののお帰りを知っている宮廷の尚論の差し金に違いない」
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