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第一章
帰還 その1
しおりを挟むそれからは特に異変もなく、一行は無事都に到着した。
王宮は都の真ん中にあるマルポ山の頂上から、街並みを睥睨するように並び建っている。キリリと冷えた空気を突き刺して紺碧の天空に届かんと欲しているようなその姿は、ルコンのこころのうちに懐かしさよりも畏怖をもたらした。
ツェンポは自分をないがしろにした叔父マシャンとその腹心だったルコンのことを憎んでいるのではないか。ゲルシクやニャムサンの感情を逆なでしないために許すと見せて、こっそりと亡き者にしようとしたのか。
そんなはずはない。
北原にいる間に秘かに殺してしまえばよいのだ。わざわざ護衛を連れたゲルシクと共にいるところを狙う必要はない。ならば、同じくゲルシクの動向を知っているだろうティサンもないだろう。
やはり改革派ではなく、伝統派が?
それともゲルシクの言うとおり、ゲルツェン・ラナンか……。
主の気おくれが伝わったのか、ルコンの馬は歩みを遅らせ、ゲルシクの馬の尻に隠れるように都に入った。
耳に破裂するような騒音が押し寄せてきた。ルコンはまるではじめて都に足を踏み入れた者のようにキョロキョロとあたりを見まわした。
数えきれないほどの人々が、屈託なく好きなものを贖い、誰に憚ることなく大声で言葉を交わしている。道端では露店を広げた西域や天竺から来たと見られる彫りの深い顔をした商人が、通行人の注意を引こうと躍起になって声を張り上げた。
半年前までは見られなかった光景だ。
マシャンが権力を握っていたとき、道端で交わされたさりげない会話でもマシャン批判と密告されれば捕らえられ拷問された。自然、都人は無用な外出をさけ、口数も少なくなった。唐や天竺のものを売買することは禁じられ、西域の商人たちの姿が消えた。知らずに外国の文物を買って処刑されることを恐れた人々はものを買うことを控え、生きるために必要なものを扱う店以外は廃業の憂き目を見た。
ルコンは改めて、自分の罪の重さを感じた。
庶民の活力を削ぐ政が、よいものであるはずがない。わかっていながら、マシャンを止めることが出来なかった。その間に、罪のない者が何百何千と犠牲になっていたのだ。もしもここにいる人々にルコンの正体が知れたら、たちまち馬から引きずり降ろされ、八つ裂きにされてしまうだろう。
「お、ティサンどのだ」
ゲルシクの声で、朦朧としていたルコンは我に返った。この国二番目の高位の尚論、副相ティサン・ヤプラクが微笑みながら騎乗で近寄って来る。ルコンは馬から降りると礼をした。すかさず馬から飛び降りたティサンが、ルコンの手を取る。
「そのようなことはおやめください」
「しかし、いまは無位無冠の身にござりますれば」
ティサンは早口で言った。
「それも昨日までのこと。陛下のお許しがあって戻られたのですから、なにも卑下されることはございません。どうか以前のとおり、同僚として接して下さい」
ティサンにうながされ、ルコンは再び馬にまたがった。ティサンも騎乗すると、気さくな口調で話しかけてくる。
「ゲルシクどのから本日にも都に入られるとお知らせをいただき、お迎えにあがりました」
「それはわざわざ恐縮です」
ルコンはティサンの色白い顔をうかがいながら応じるが、ティサンは隙のない笑顔を浮かべ続けている。やはりなにを考えているのか、ルコンにははかりかねた。
「陛下のご命令です」
「陛下の?」
「はい。一刻も早くルコンどののご無事なお顔をご覧になりたいと仰せです。お疲れのところ申し訳ございませんが、このままわたしとともに王宮にお運びください」
「もったいないことにございます」
「ほら、儂の申した通りであろう」
ゲルシクがはしゃいだ声をあげる。
「儂が何度陛下はお怒りではないと言っても、いまいち信じておられなかったごようすなのだ」
ティサンの表情が、わずかに愁いを帯びた。
「無理もございません。ニャムサンどのが物資を提供していたとはいえ、荒野での厳しい冬を過ごすことを強要されたのですから、さぞご不安にあられたでしょう」
「わたしの犯した罪の重さに比べたら、当然のことです。むしろお許しくださるのが意外にございます」
「陛下にお会いになられればご納得いただけます」
ティサンは再び穏やかな微笑みを浮かべた。
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