長安陥落~ ཀེང་ཤྀ་ཕབ།

りゅ・りくらむ

文字の大きさ
35 / 49
第二章

京師長安 その4

しおりを挟む

 あのころすでに、マシャンは自らを罰することを考えていた。そうなればルコンの連座も免れぬとわかっていたはずだ。
 このいくさでルコンを早期に政界復帰させる。
 そこまで考えていたのか。

 --京師ケンシを攻めて、新しい唐主ギャジェを立てるんだ。
 --そのために小父さんは必要だから、すぐに許しが出るよ。

 ニャムサンは単なる慰めを言ったのではない。それがマシャンの意志だったのだ。
「なんだ、いま気が付いたのか。おまえはそういう鈍いところがあるのだな」
 その後も吐蕃の風俗、ツェンポのひととなりなど、問われたことにルコンは素直に答えていった。
「なるほど。まだ年若いのに英明な君主であるようだな。だが、われらの主上も決して暗愚なわけではないぞ。ご即位以前は意欲的に反乱の平定に臨まれていたのだ。これを契機にもとのおひとに戻って下さればよいのだが」
「わたしもそう思っております」
「ほお?」
「わたし自身は、唐とまことの友好が結べればと思っております。確かにツェンポは領土の拡張を望んでおられますが、同時に文化の向上も望んでおいでです。そのために戦よりも唐との和平的な交流が有効であるとご納得されれば、唐への軍事進出はお取りやめになるかもしれません」
「主上を滅ぼすつもりはないのか。ならば広武王さまはどうするのだ」
「お連れいたします。伯父君として丁重にお迎えすることが、ツェンポのお望みです」
「どういうことだ」
「陛下は御父君である先の陛下を十三で亡くし、つい先年は先ほど申しあげた叔父である摂政もいなくなってしまいました。血のつながりはございませんが広武王さまは数少ない陛下の御親類にございます。おそらく、なに不自由のない老後を過ごしていただきたいとの思し召しかと推察いたしております」
「孝行の真似事でもするつもりか。しかし広武王さまはあの館を捨てることを望んではいらっしゃらないよ」
「守銭奴との評は聞き及んでおりますが、それほどに溜め込んでいる銭がおしゅうございますか」
「それは世間の誤解だ。あの方はお父上やご兄弟との思い出を大切にされているのだ。残ると仰せならば、死罪は免れるようわたしが主上にお口添えしよう。お望みの通りにしてやってはいただけぬか」
 しばし思案する。
 確かに、李承宏の意思に反して無理やり連れ帰るのは気が進まなかった。低地に生まれ育った人間が、高地の空気に慣れるのには時間がかかる。老齢の李承宏が耐えられるかどうかという懸念もあった。筋道を立てて説明すれば、ツェンポも納得してくれるだろう。
「承知いたしました。広武王さまのご意向に従います」
「そなたには悪人になってもらうぞ。広武王さまを宮城に拉致して刃で脅し、無理やり帝位につくよう強いたとでも申すか」
 苗晋卿は喉の奥で笑いながら、ゆっくりと横になって枕に頭を預けた。
「お疲れにございましょう。失礼をいたしました」
「なにを言う。わたしが呼んだのだ。敵の総大将から話が聞けるなどめったにないことだからな。それによき時代の京師を思い出させてくれる者が年々少なくなっていってな、寂しいものだ」
 苗晋卿は再び目をあげてルコンの顔を眺めた。もう、二度と再び会うことはないだろう。ルコンも苗晋卿の顔を見つめて記憶に留めようとした。苗晋卿は目を細めて問うた。
「おっと、大事なことを聞きそびれるところであった。そなた、まことの名はなんという」
諾羅タクラにございます」
「どういう意味だ」
「虎嘯、とでも申しましょうか」
「虎嘯けば谷風至る。よい名ではないか。次に入京するときにはちゃんとその名を名乗りなさい」
「もう参ることはございますまい」
「二度目があったのだ。三度目もあろう。そのときにはもう、わたしはおらぬだろうが」
 苗晋卿は目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

処理中です...