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第三章
黒幕 その1
しおりを挟む十一月の半ば、ルコンとゲルシクが率いる殿は、肌を刺す寒風吹きすさぶ赤嶺を越えて、東方元帥の本拠地へ帰還した。出迎えたトンツェンとツェンワは、ラナンが殿にいるのを見て目を丸くした。
「なんでオレたちの後ろにいるんだよ」
ゲルシクはジロリとトンツェンをにらんだ。
「チャタが通り過ぎたことも、ラナンどのたちが通り過ぎたことも、まったく気がつかなかったのか。さては女どもと戯れていたのだろう」
トンツェンもツェンワも頬を膨らませて、口々に反論する。
「いくら何でも進軍中に女と遊んじゃいませんよ。酷いなぁ」
「そうです。十万もいるのですよ。ケンカなんかしょっちゅうだし、ちょっと騒ぎが起こったってわかりはしません。まして伝令ひとりが通り過ぎたことに気づくものですか。ところで、いったいどういうことです?」
ルコンがかいつまんで事情を話すと、ふたりは悔しがった。
「せっかくのいくさの機会を逃したのか。チャタのやつ、ただじゃ置かねぇからな」
ゲルシクはため息をついた。
「まあ、もう生きてはいないかもしれんが。捕らえたのはゴーだ」
「うへぇ」
ふたりが眉を下げるのを見て、ラナンは不思議そうな顔をした。
「どうなさったのですか?」
「あいつがどうゆうヤツだか知らないのか? おまえの家来だろうが」
「『飛びきり優秀な兵士だから雇ってやれ』というニャムサンの紹介状を持って来たので雇ったのですが、違うのですか?」
ツェンワが答える。
「ニャムサンの言うとおりですよ。武術の腕も確かだし、間者としても優秀です。でも一番尚論たちに恐れられているのは、罪を認めさせる技術です」
「罪を認めさせる技術?」
トンツェンが身震いをしてみせる。
「拷問ってことだ。オレはあいつに捕まるくらいなら、岩に頭をぶつけて自害するぜ」
ラナンとケサンが顔を見合わせる。ルコンは肩をすくめた。
「まあ、生きているにしても死んでいるにしても、洗いざらいぶちまけているだろう。行ってみようではないか」
五人がナナムの軍に到着すると、スムジェが駆け寄って来て、ルコンとゲルシクへの礼もそこそこに、ラナンを叱りつけた。
「どういうつもりだ。大将が軍を置いていなくなってしまうなど、あってはならぬことだぞ」
「申し訳ございません、兄上」
ゲルシクがふたりの間に立ちはだかる。
「許してやってくれ、スムジェどの。ラナンどののとっさの判断のおかげで、儂らは命拾いをしたのだ」
ゲルシクの庇い立てに眉をあげたスムジェの唇が歪んだ。
「では、あの伝令の申したことは間違いないのだな」
「チャタがなんと?」
急き込んでルコンが聞くと、スムジェは眉根を寄せて言った。
「どんな手段を使ってもおふたりのおいのちを縮めるよう、ニャムサンに金を渡されて依頼されたと。われらにとっても由々しき事態です」
「バカなッ!」
ゲルシクがスムジェの両肩をつかむ。
「冗談を言っている場合ではないぞ」
「こちらとて、間違いであって欲しいと思っておる。あんなヤツでもナナムの人間ですからな」
スムジェはゲルシクの手を振り払って、吐き捨てるように言った。
「嘘とお思いなら、本人から話をお聞きくだされ」
「口がきける状態なのかな」
ルコンの懸念に、スムジェは苦笑いを浮かべた。
「いたって元気ですよ。ゴーが爪を一枚剥がしただけで、アッサリと吐きおった。ニャムサンであろうがなかろうが、あんな男を間者にするとは、よほどひとを見る目がないに違いない」
言外に、そんな男を伝令として使っていた自分に対する当てこすりがあるように感じて、ルコンは顔が熱くなった。
チャタの捕らえられている天幕の前で、ゴーとリンチェが待ち構えていた。涙目でルコンの無事を喜ぶリンチェの肩を抱き寄せてやりながら、ゴーに尋ねる。
「スムジェどのから聞いた。ニャムサンに命じられたというのは本当か」
ゴーは口元だけで笑んだ。
「嘘をつき続けるだけの根性があるようには見えませんでしたが、念のため両手の爪をすべて剥がして、次は指を一本ずつ折ると警告しました。証言は変わりませんでした」
「げぇ。よく悠長にそんなことが出来るな」
トンツェンがげんなりとした顔をする。
「トンツェンじゃ条件反射で斬ってしまうから、なにもわからないじゃないですか」
ツェンワがククッと笑うと、ゴーは涼しい顔をして言った。
「尚論がなさるまでもないことをやるのが、わたしの役目ですから」
「それで、われらを殺すために、トンツェンに伝えず逃げようとしたのか」
「と言っています。このままトンツェンさまの助勢がなければ、おふたりとも戦死されるだろうと思ったと。それ以前からおふたりをつけ狙っていたが、隙がなく諦めかけていたようです」
「では京師でわれらを窺っていたのはチャタだったのか」
ゲルシクは悲しそうに溜息をついた。
「あのとき、様子見をせず捕まえておればよかったですな」
「さて、では本人からも話を聞くか」
ルコンは自分自身を奮い立たせて、先頭に立って天幕に入った。
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