長安陥落~ ཀེང་ཤྀ་ཕབ།

りゅ・りくらむ

文字の大きさ
48 / 49
第三章

黒幕 その3

しおりを挟む

「ルコンどの! お助け下され。このならず者がわたしに無実の罪を着せようとしておるのじゃ」
 ニャムサンに導かれて小さな天幕に足を踏み入れた瞬間、響いて来た金切り声に、ルコンはうんざりとした。
「誰がならず者だよ」
 ニャムサンが、後ろ手で縛られているナンシェルに駆けよって、その勢いのまま背中を蹴飛ばすと、大相は一層耳障りな悲鳴を上げた。そのわきにはうなだれるトクジェと、恨めしそうな目つきでナンシェルをにらむ見知らぬ男が縛られている。ナナムの牢にとらわれた盗賊の頭目だろう。
「まったく、ここまで連れて来るのは大変だったんだぜ。ゲルシクのおっさんが、捕虜の扱いに慣れているニマとダワを寄越してくれて助かった。ありがとう」
「このように使うためではなかったのだが」
 珍しくニャムサンに感謝の言葉をかけられたゲルシクはまんざらでもない顔をした。
 ルコンは盗賊に聞く。
「おまえが大相に命じられて寺の工事を邪魔し、わたしを殺めようとしたというのは誠か」
 頭目は大相をにらんだまま、怒鳴った。
「どうせ死罪になるんだ、嘘なんか言わねぇよ。本当はあんたと家来を皆殺しにするつもりだったんだけど、兵を連れていただろう。これは敵わねぇと思って矢を射たんだ。それもこれもこいつらのためにやったことだ。なのに、こいつらはオレを助けるどころか口封じするよう言いつけやがった」
 ルコンはチャタに聞いた。
「このなかに、おまえの知っているニャムサンどのはいらっしゃるか」
 チャタは迷わずトクジェを顎で示した。
「あのかたです。間違いありません」
「さて、大相。なにか弁明がございますかな」
「まっ、まったく存ぜぬことです。トクジェが勝手にやったのであろう」
 トクジェはガバッと顔をあげて、にじり寄って来た。
「おふたりに害をなしてわたしにどんな得がございましょう。わたしは大相のご命令に従って行動しただけにございます。私ごときの卑小な身分の者が、大相のお言いつけに逆らうことなど出来ましょうや」
「な、なんということを。目ざわりならば殺してしまえなどと恐ろしいことを言い出したのはそなたではないか!」
「どっちが言い出したかなんて関係ないだろ。もういい加減、観念しろよ!」
 またナンシェルの背を蹴るニャムサンに、ルコンは言った。
「これこれ、大相になんということをするのだ。もうよい。おふたりの縄を解いてやれ。盗人は牢に送り返して盗人としての罰を与えよ」
 ニマとダワが縛られたままの盗賊とチャタを連れて外に出ると、八人の尚論は車座になって座った。
「大相。わたしがあなたになにかいたしましたか。むごい仕打ちをしていたのなら謝罪いたします。おっしゃってください」
 ルコンが言うと、うなだれたままナンシェルはつぶやいた。
「なにも、なさっていません。ただ、わたしは恐ろしかったのです」
「恐ろしい?」
「ルコンどのがお戻りになったら、わたしはまた操り人形になってしまうに違いないと思ったのです」
「ティサンどののせいで、陛下がご自身の言葉に耳を傾けて下さらないとおっしゃっていましたな」
「確かにそうですが、ティサンどのはわたしを脅かすようなことはなさらない。でも……」
「ゲルシクどのは?」
「ゲルシクどのはいつでも恐ろしい顔でわたしをにらみつけてわたしの言葉を抑え込んでしまう」
「これが儂の顔なのだ。文句があるなら堂々と仰せになればいいではないか」
 ゲルシクが憤然とした声をあげると、ナンシェルはビクンと震えた。
「それで、わたしとゲルシクどのさえいなくなれば、この世が思うようになるだろうと思われたのですな」
「だって、そうではありませんか」
 こころのなかで何かが切れたように、急にナンシェルは立ち上がって大声をあげた。
「わたしはマシャンどのとルコンどのに擁立された操り人形だ、とみな申すではないか! あなたが、そして私を脅かすゲルシクどのがいなくなれば、私だって自在に動くことが出来るのだ」
「いまだって思うがままに振舞いたいならなさればいいではないか。その努力もせずにわれわれに責任転嫁しているだけだ。そのうえ短慮で事を起こして、露見したら今度は仲間に責任を押し付ける。ご自分がいかに情けないことをされているか、自省されよ」
 糸が切れたように、ナンシェルはフラフラと腰を下ろして再びうなだれた。
「わたしをどうするおつもりだ」
 ルコンがゲルシクを見ると、いまにも飛び掛かりそうな形相でナンシェルを睨んでいる。頭に血が昇っているゲルシクに冷静な判断を求めるのは無理だ。ルコンはニャムサンに言った。
「おまえも被害者のひとりだ。寺の工事の件はもとより、わたしとゲルシクどのを陥れた犯人にされるところだったのだからな。おまえはどうしたらいいと思う」
「オレは二度と工事の邪魔をしないと誓ってくれればそれでいいよ。あとは殺されそうになったふたりの気持ち次第だろ。でも、あえて言わせてもらえば、いま政変が起こるのは好ましくないぜ。去年マシャンが失踪したばかりだ。続けて大相が失脚すればどうしたって国内がゴタゴタする。バー氏はシャンに並ぶ有力氏族だからな」
 バー氏は代々大相を輩出する名門で、現在も南方元帥のケサン・タクナンなど、多くの一族が重職についている。家長のナンシェルが断罪されれば反抗する人間も出てくるだろう。
 不服気に眉をしかめるゲルシクの顔を横目に見ながら、ルコンは言った。
「ニャムサンの言う通り、あなたが失脚すれば、内乱が起こりかねぬ。わたしはしばらく軍事に専念し、内政には口を出すつもりはない。だから安心して、これまでと変わらず大相として職責を全うされよ」
 ナンシェルの顔が安堵にゆがむのを見て、ルコンはゲルシクに言った。
「よろしいですか、ゲルシクどの」
 ゲルシクは勢いよく立ち上がると、ナンシェルを睨みながら怒鳴った。
「ルコンどのがそうおっしゃるなら仕方がない。しかし、覚えておられよ。儂は貴様のせいで兵士たちが死んだことを、決して忘れん!」
 くるりと背を向けて、ゲルシクは天幕を出て行く。と同時にバキバキと木の裂けるような音が響いて来た。
「おい、あのおっさんオレの飼い葉桶をぶっ壊したんじゃねぇか?」
 ニャムサンが中腰になるのを、トンツェンが押しとどめる。
「まあまあ、こういうことには慣れてるオレたちに任せとけって」
 トンツェンとツェンワがゲルシクの後を追って外に出ると、ルコンは青ざめているナンシェルとトクジェに言った。
「あなたがたは軽い気持ちで、チャタを買収したのかもしれない。ですが、その結果、誠であれば大相であるあなたが守らねばならぬ兵のいのちが無駄に失われたのです。そのことをお忘れ召されるな」
「そんなことになるとは、思いもしなかったのです」
 細い声でつぶやいたナンシェルを、ルコンは立ち上がって見下ろした。
「大相の地位にありながら、そんなことにも思い至らなかった愚かさを、よくよく反省なされよ。今後再び、誰に対してであろうとこのような陰謀を企むことがあれば、問答無用でその首をもらい受けます。このこともお忘れあるな」
 ナンシェルとトクジェはガタガタと震えながら、何度もルコンにうなずいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...