ナナムの血

りゅ・りくらむ

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エピローグ

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 その年最後の会盟で、ルコンの辞職と、ラナンの大相就任が承認された。ルコンは尚父の称号と子孫の代まで及ぶ数多くの特権を王から与えられ、華々しく引退した。
 副相はラムシャク、内大相はツェンワ。国政をつかさどる主要な職を、ナナム家とド家で独占することとなる。
 弟の失敗が引き起こした事態に、ツェポン妃は歯を軋ませる思いをしているだろうが、それを表に出すほど愚かな女ではない。顔を合わせれば、これまでどおりラナンに愛想のよい笑顔を見せる。今後は最も厄介な敵となるだろうことを、ラナンは予感していた。

 間もなく、ラナンは年明けに開催される唐との会盟のため、高官を引き連れて清水へ向かった。副使は南方元帥ケサン・タクナン。
 馬を並べたタクナンに、ラナンは言った。
「東方元帥の職ですが、わたしはタクナンどのにおまかせしたいと思っております」
 冷えた大気のなかに、言葉とともに吐き出された白い呼気が後ろにたなびく。タクナンも同様に白い息を吐きながら、つまらなそうな顔をした。
「地位をエサに、おれを手なずけるつもりか」
「最もふさわしい方を推挙しようというだけです。あなたの意志を縛るようなことは致しません。どなたと仲良くされようと勝手ですよ」
「そんなしおらしいことを言う人間がいちばん恐ろしい。ありがたいお申し出だが、お断り申しあげる。オレは山でのいくさが性に合っているのだ。南詔のことも気がかりだしな。唐とのめんどうな駆け引きは貴公のほうがお得意であろう。大相と東方元帥を兼ねるのも、よいではないか」
 タクナンはニヤリと笑った。
「言っておくが、ナナムだろうがツェポンだろうが、オレは誰かの下につく気はないからな」
 ラナンはつられて苦笑いを浮かべた。
 腹に一物あるどころか、なんとも正直な人間ではないか。タクナンは、妥協して馴れ合うことが出来ないのだろう。
 敵には回したくない男だが、一筋縄ではいかなそうだ。ツェポン妃も彼をなんとか自分の手の内に引き戻そうと工作を続けるはずだ。
 今後、バー家の動向が勢力図にどんな影響を与えるか。
 考えねばならぬことがたくさんある。
 ラナンはタクナンに気づかれぬよう、ため息をついた。
 権力を維持するために、これからこころをすり減らさねばならぬ。
 ウリンとツェサンの顔を思い起こす。
 ふたりには、自分のような苦労を味わうことなく、順風満帆に歩んでほしい。
 そのためなら、喜んで骨を折ってやろうではないか。
 ラナンは気力を振り絞り、清水への道を一歩一歩進んで行った。
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