天空の国

りゅ・りくらむ

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第二章

ニャムサンは日光を背にして歩く

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 草笛をメチャクチャに吹き鳴らしながら、ナナム・ゲルニェン・ニャムサンは足早に、天頂をわずかに越えた日を背にして歩いて行く。
 低い丘を登って下って、誰の姿も見えなくなると、咥えていた草の葉を吐き捨てた。
「なんで、おしゃべりトンツェンがここにいるんだよ」
 独り言のつもりだったが、後ろをついて来ていた従者のタクが応えた。
「シャン・ゲルシクがおっしゃったじゃないですか。レン・タクラに騎馬隊のことを教わってらっしゃるんだって」
「だったらゲルシクのおっさんに教わればいいじゃないか。なんで小父さんなんだ」
「それはレン・タクラのほうがご専門だからじゃないですか」
 笑いを含んだ声に、立ち止まったニャムサンは振り向いてタクをにらみつけた。
「なんだよ。なにか言いたいことがあるのか」
「それってなんて言うかご存知ですか?」
 それは、ニャムサンの口癖をまねたものだった。難しい漢語のたとえや熟語を覚えると『なんて言うか知ってるか?』と言って、タクにひけらかすのだ。
「なんのことだよ」
「いまの殿みたいなことを『やきもち焼き』っていうんです」
 タクが声を出して笑い出す。顔がカッと熱くなった。
「バカッ! そんなこと、自分だってわかってんだ」
 また、前を向くと、ニャムサンは猛然と歩き出した。背中を、狼狽した声が追ってくる。
「え? もしかして怒っちゃったんですか?」
「バカッ、バカッ! ついてくんな」
「すみません。本当にやきもち焼いてらっしゃるなんて思わなくて」
「うるさい! 黙れ!」
「黙ります。黙りますから、こんなところにおいてかないでください」
 それきり、タクは口を閉じて、足音だけがついて来た。
 ニャムサンは足元の自分の影を睨みながら、闇雲に突き進む。
 生まれたばかりで父母を亡くしたニャムサンにとって、ゲンラム・タクラ・ルコンは父のような存在だった。一族に無視されているニャムサンのことを気遣ってくれる唯一の大人だったのだ。いまもルコンに会えるから軍監を引き受けたのに、ルコンはトンツェンにつきっきりで、少しもニャムサンの相手をしてくれなかった。これでは大嫌いな調練を見せられるだけで面白くない。
「騎馬隊の勉強なんて、トンツェンがする必要ないだろ」
 ニャムサンは唸るように言った。こうなったのは、あいつのせいだ。
「呂日将とかいうやつが、トンツェンに余計なものを見せたから悪いんだ!」
 ふと顔をあげると、前方に二十人ほどの人間がいるのが見えた。
「なんだ? あいつら」
「……」
「おい、話しかけてるんだからなんか答えろよ」
「あ、しゃべっていいですか」
「ふざけんな」
「殿が黙れってご命令されたんじゃないですか。あれはですね、隊商というものです」
「なるほど。おまえ本気でバカにしてるだろ。あいつらに奴隷として売っちゃおうかな」
「聞かれたから答えたのに酷い」
「オレだって隊商ぐらい知ってるよ」
「じゃあなんで聞くんですか」
「なんであいつらがここにいるのかって聞いてんだよ」
「はじめからそうおっしゃってください。ここに道があるからですよ」
「バカッ! 道があろうがなかろうが、いま、ここは立ち入り禁止なんだよ。見張りが怠けてやがるんだな。おーい!」
 ニャムサンはこちらをうかがっている一行の長と見える男に近づいて行った。
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