天空の国

りゅ・りくらむ

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第二章

ニャムサンの助言

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 その場に一泊した曹健福の商隊は演習場を大きく迂回することになった。
 出発しても、いつもまとわりつくように呂日将に寄って来る曹可華の姿が見えなかった。見回すと、モジモジと曹健福の背後に隠れるようにして歩いている。呂日将が唐の将軍と知って、恐れをなしたようだ。寂しくなってしまったが、仕方がない。
 半日ほど経ったとき、騎馬のニャムサンとタクが追いついた。調練を見るのに飽きたから、早めに切り上げて途中まで一緒に帰る、という。
 馬を降り、呂日将と並んで歩き出したニャムサンが曹可華を呼んだ。ノロノロと近づいて来た曹可華の腕をとると、ふたりの間を歩かせる。小さくなっていた曹可華は、一刻もするといつもの調子が戻って来て、跳ねるように歩きながら、にこやかにふたつの言葉を操って見せた。
 ニャムサンは商隊の生活に興味深々で、恐縮する曹健福に構わず雑用をやり、街に着くと商売の手伝いまでする。
 ニャムサンが露店に立つと、たちまち若い女性たちが寄って来た。おだてるのもうまいようで、彼女たちは勧められるまま、先を争うように次から次へとかんざしや首飾りといった装身具を、金銀細工の小物や毛皮などと交換していく。ニャムサンがニコリとほほ笑みながら手ずからそれを身に付けてやると、黄色い声が沸き起こった。どの国でも女というのは賑々しいものらしい。曹健祥をはじめ、若い男たちは陶然とした表情でその光景を眺めていた。
「この調子で売られては、羅些につく前になくなってしまう」
 曹健福は、身体のどこかがむず痒いような顔をしている。
 湿原や峠を越え、大きな川を渡った。高度はだんだんとあがっていくので、一行は慎重にゆっくりと進む。高地の病と無縁のニャムサンだが、それに合わせることはまったく苦にならないようで、終始上機嫌だった。
「ルコンどのは、僕固将軍との同盟には反対だとおっしゃるのですが、どうしたらよいのでしょう」
 身体を慣れさせるための小休止のあいだ、呂日将が曹可華を通じて相談を持ち掛けると、ニャムサンは小首をかしげた。
「そういうことを決めるのは会盟だけど、オレは力になれないな」
「ニャムサンどのは参加されないのですか」
「二年前までは出てたし、いまもゲルシクは出ろってうるさく言うけど、オレは国の運営なんか興味がないから出ない。うちの家長はラナンだから、別にいいんだ」
「ラナンどのとはどのようなかたですか?」
「シャン・ゲルツェン・ラナンはオレの叔父さんだよ。といっても年はひとつしか違わないから、あんまり叔父さんって気がしない。尚論になってまだ二年だけど、シャンの筆頭で、大相と並ぶ偉い尚論なんだ」
 ルコンが言っていた、ニャムサンが投げ捨てた地位というのがそれなのだろう。
「先のいくさに参加されていたのですか」
「ラナンは初陣で、兵站を担当してた」
「では、わたしと交戦することはなかったのですね」
「それなんだけど……」
 ニャムサンは口ごもって上目づかいで呂日将を見つめる。
「怒らないかい?」
「昨年のいくさについての恨みはすべて水に流そうと思っています。大丈夫ですよ」
 ルコンだけはそう簡単に割り切ることが出来そうにないが、決して嘘ではない。呂日将は笑顔を作って見せる。が、ニャムサンは困惑の表情を崩さなかった。
「実は、鳳翔で、日将どのの背後を衝いたのは、ラナンなんだ。ルコンたちのようすを見に行こうとして坂を駆け下りていて、勢いがつきすぎて突っ込んじゃったんだって。日将どのがいなかったら同士討ちになってたかも」
 脱力する。そんなずぶの素人にしてやられたとは。
「……だから、偵察にも引っかからなかったのですな。ようやく、納得がいきました」
「許してやってくれよ。あいつはそんな気なかったんだ」
「勝敗は兵家の常ですから、恨みに思ったりはしません。ラナンどのにご紹介いただくことは出来ませんか」
「そうしてあげたいところだけど、ラナンには重大な問題がある。尚論になるまで田舎に引きこもっていたから、他人と話をすることが苦手なんだ。こんなことを言ったらダメなんじゃないかとか悩みすぎちゃうみたい。ルコンに指導されてこのごろ少しマシになって来たけど、まだ論戦や根回しなんかは出来そうもない。無理させると領地に引っ込んで出てこなくなっちゃうかもしれないから、ヤダ」
 権力の中枢にいながら、ニャムサンの一族には無欲な変わり者が多いのか。ため息を押し殺し、食い下がった。
「では、大相というのは……」
 急にニャムサンが激しい口調になって、曹可華が訳す前にギョッとしてしまう。
「ダメだよ、あんなやつ! 自分の保身以外、なんにも考えてないんだ。マシャンに担がれた大相だから、ルコンには絶対逆らわない」
 マシャンとは、と訊きかけて、ルコンが曹健福に口止めをしたことを思い出す。先の摂政のことだ。『墓に葬った伯父』と同一人物だろう。それに担がれた大相が、なぜルコンにも逆らえないのか理解出来なかったが、その話題には触らないほうがよさそうだ。
「いくさに反対の尚論は多いのですか」
「そうでもないんじゃないかな。ゲルシクは、バカみたいにいくさが好きだし、トンツェンもツェンワもいくさバカだし。でもこの三人はラナンとは違った意味で論戦も根回しも出来ないから、役に立たないよ」
「違った意味で?」
「ラナンは考えすぎて行動できないんだけど、この三人は考えなしに行動するから駆け引きが出来ない。ルコンにかなうわけがないよ」
 ニャムサンは大発見をした、というような明るい笑顔を浮かべて手を叩いた。
「そうか、ティサンどのがいた」
「南方の元帥という方ですな」
「いまは違うやつが元帥を引き継いでいるけど、いくさではバカみたいに強い。次の大相候補だよ。本当の大相が頼りないから、もう大相と言ってもいいくらい」
 どうやらニャムサンにかかると、いくさに関わる人間はみなバカになるらしい。
「ティサンどのは主戦派でいらっしゃるのか」
「多分ね。人脈も広いし、ルコンと対等にケンカが出来るのはあのひとだけだ。都に着いたら会ってくれるよう、伝えるよ」
「かたじけない。助かります」
 解決の糸口が見つかってホッとする呂日将と裏腹に、ニャムサンの表情は深刻になった。
「なあ、どうしてもいくさをするのかい。これまでたくさん、自分の部下が死んだんだろ。そんな辛い思いをして、逃げたくなることはないの?」
「彼らの死を無駄なものにしないために、わたしは彼らに恥ずかしくない生き方をしようと決心したのです」
「意味わからない。いくさでなくてもいいじゃないか。こんな風に商売をするのも、狩りをするのも、家畜を飼うのも、麦を育てるのも、立派な生き方だろ。日将どののことを本当に思っている部下だったら、日将どのが満足していれば、わかってくれるんじゃないか」
「自分自身、いくさが好きなのです。安穏な生活もよいものだと教えてくれた友もいました。が、やはりこころのどこかで満足していなかった。いくさに戻ることを部下たちに求められていることを知り、ふたたびいくさに生きようと決意したとき、自分の生きがいはそこにしかないのだと改めて気づきました」
「唐でもそれが男らしいっていうのか。ゲルシクはオレに説教するんだ。男なら『戦場で死ぬことは名誉で、病気で死ぬのは恥』なんて庶民でも思うものなんだってさ。そう思わないオレはおかしいんだって。いっそ女に生まれればよかった」
 ニャムサンの背後に座っていたタクがなにやら茶々を入れたので、ニャムサンはくるりと振り向いてタクを小突いた。
「シャン・ゲルシクより怖い奥方さまに怒られますよって言ってました」
 小声で曹可華がタクの言葉を訳した。
 この国いちばんの将軍よりも恐ろしいとはどんな猛女か。絶世の色男の妻に興味が湧いたが、縁があれば都で会えるだろう。
 五日間を商隊と同道したニャムサンは、曹健福から羅些で利用する予定の宿を聞き出し、呂日将と再会を約して一行から離れた。
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