限界集落、笹団子名人

鹿熊織座

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なにこれ苦い!

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「じいさんじいさん。もち粉、どこに置いたっけね」
「こっちだこっち。ばあさん、笹の葉はこれで足りるかね」
 
 腰も曲がった二人が、声を掛け合いながらあっちへこっちへと動き回る。
 上新粉にもち粉、笹の葉によもぎにあんこに……と、指折り材料を数えて腕まくり。
 昼過ぎに孫を連れて帰省すると、息子夫婦から連絡があったのが先週末。
 今年も自慢の手作り笹団子を作る季節になった。
 くず米ではなく、この日のために取っておいた上米で上新粉ともち粉を作り、手分けし裏山から綺麗な笹の葉とよもぎを摘んで来た。
 小豆も勿論畑で育てたもので、買ったのは砂糖くらい。
 笹の葉の下茹でをする隣で、明日用の蒸し器の準備が着々と整う。
 さあ、時間がないよと二人は声を掛け合い、今年の笹団子作りを始めた。
 
 予定通り、翌日昼過ぎに来た息子家族と挨拶を交わし、出来立ての笹団子を振る舞った。
 早速手を伸ばす息子夫婦の隣で、二人の孫はちらっと横目で見たのみで、手を出さなかった。
 
「ダイエット中だからいらない」
「ポテトチップスとコーラは無いの?」
 
 年頃になったお姉ちゃんは一言そう言うと、さっと二階に上がって行ってしまい、ずっとゲームを手放さない弟はそれっきり顔も上げない。
 あらあらと笑うおじいちゃんとおばあちゃんの前で、我関せず笹団子を頬張る息子とは対照的に、ひどく狼狽する嫁。 
 
「出来立てを食べれるのは今だけよ? ポテトチップスなんていつでも食べられるじゃない」
 
 そう言うや、嫁はゲームを取り上げ笹団子を押し付ける。
 セーブしてないや今ボス前だのと不満を漏らす弟だったが、有無を言わさぬ嫁の雰囲気に渋々一口頬張った。
 
「うげっ何これ。苦くて不味い。やっぱりいらない」
 
 一口かじった途端、ぺっと吐き出し、ゲームを奪って一目散に姉と同じように二階に走っていってしまった。
 笑う息子の隣で、嫁は顔を上げることができない。
 おかしいねぇと、弟が残していった笹団子をおばあちゃんは一口食べてみる。
 
「おやまぁ。じいさんや、ニガヨモギが混じってるよ」

 そんなはずはねぇと、一口かじったおじいちゃんだったが、すぐにうなり声を上げた。
 
「あははは! この苦味とあんこの甘さが良いんだけどなぁ。子どもには分からないか」 
 
 相変わらず一人呑気な息子は、笑いながら三つ目の笹団子を頬張り始めた。
 その隣で、必死に笹団子を頬張り、本当に苦味と甘さが絶妙ねとフォローする嫁の痛ましさが、おじいちゃんとおばあちゃんにはより辛かった。

 晩御飯作り、手伝いますと言う嫁の言葉に甘え、おばあちゃんはなにを作るかと首をかしげた。
 息子は何を出しても旨いとも不味いともなにも言わぬ、手のかからぬ性格と言うか物事に関心の薄い気質。
 言い方は悪いが、嫁はなんでも美味しいと言って食べてくれる。
 最初は食べなれない味や田舎料理に驚き苦戦し、それでも気を使って頑張って食べていたが、ここ数年は本当に美味しいとなんでも食べてくれるようになった。
 となれば、やはり孫達に意見を聞くのが一番だろう。
 晩御飯、何を食べたがるかねと、二階を見上げぽつりとこぼすと、嫁は察したのかしばし唸って考えた。
 
「お姉ちゃんはダイエットダイエットって気むずかしくて、サラダくらいしか食べないんです。反対に弟は何を言ってもやれハンバーグだ焼肉だステーキだって、口を開けばお肉お肉って」
「うふふ。子どもなんてそんなものよ。元気そうで良かった良かった。でもお肉ねぇ……移動販売、見に行きましょうかね」
 
 野菜と魚には困る事はないが、年より二人暮らしの冷蔵庫にそんな量の肉など入っていない。
 時計を見上げ移動販売車の時間を確認し、財布とかごを持って嫁と出掛ける。
 すると、二人の姿を見つけた弟が、二階の窓を乱雑に開け声をかけてきた。
 
「買い物行くのー? 俺、今日煮込みハンバーグが食べたい! じいちゃんの米旨いからすっげぇ食うよ! あ、でもたまにご飯に小石入ってるのヤダ!」
「肉は嫌って言ってるじゃん! サラダか甘すぎない煮物で良い! 駄目なら魚! でも甘露煮は嫌! でもお米は食べるから! 漬け物は古漬けじゃないやつ!」
 
 窓から我先にと顔を出し、ああでもないこうでもないと喧嘩しながらリクエストを投げ掛けてくる。
 遠くに見えるお隣さんにも聞こえる声量に、嫁はわがまま言わない恥ずかしい事しないと、子ども以上の声量で一喝する。
 納屋にいたおじいちゃんは、孫達の言葉に胸を張ると、去年とれたばかりの新米の袋をいそいそと引っ張り出し、念入りに小石が無いかチェックし始める。
 そんな分かりやすく賑やかな家族の姿に、おばあちゃんは久しぶりに膝から崩れそうになる程笑ってしまった。
 
 道すがら、隣の家なり井戸端会議中のご近所さんに、あまった笹団子を配って回る。
 ニガヨモギが混じっちまってねぇと言えば、みんな成程と納得し、歳はとりたくねぇの、腕が鈍ったんじゃねぇのかえ? などと、ほんのり口悪く励ましてくれる。
 あっちへこっちへお裾分けをして歩き、移動販売車につく頃には、かごの中の笹団子は残り三つとなっていた。
 
「挽き肉、あるかえ?」
 
 おばあちゃんの声に、若い男性がひょっこり顔を出し、ニカッと笑う。
 
「あるよ! お嫁さんと一緒って事は……今日はハンバーグかな。お孫さん達来てるんだー。明日明後日の分の肉も買って行く? うちも今日ハンバーグにしようかな。んー、でもピーマンの肉詰めも捨てがたいな」
 
 人懐っこい笑顔の男性は、世間話をしつつ手早く挽き肉や豚バラ肉、牛コマ肉や鶏手羽元肉などを何個かおばあちゃんに見せ、かごにしまっていく。
 週に三回ほど回ってくる移動販売車。
 他の地域よりも多く来てくれてはいるが、ある程度買溜めておかなければ育ち盛りの孫の胃袋を満足させられない。
 かごが肉とお菓子でいっぱいになり、無事会計を済ませると、おばあちゃんは例の笹団子を三つ、ニガヨモギがねと言い男性に手渡した。
 
「三つも貰って良いの?」
「まだたんと家にあるのよ。日持ちする物だから、ゆっくりお食べな」 
「やったありがとう! 帰りながら食べるよ」
 
 大事に大事に笹団子をしまう男性を嬉しそうに見つめるおばあちゃんの後ろで、嫁はほっと胸を撫で下ろした。
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