離縁された悪妻の肩書きに縛られて生きてきましたが、私に流れる高貴な血が正義と幸せな再婚を運んできてくれるようです

幌あきら

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【1.指輪を奪われる】

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 マクリーン子爵領の中心都市のやや外れにある小さな家に、マクリーン子爵はたいしたおとももつけずに訪れていた。
「ハンナ、入るぞ」
 マクリーン子爵は、サラサラな金髪をきっちり整え、美しい顔に理知的な眼鏡をわざとらしく鼻にひっかけている。

 マクリーン子爵が返事も待たずに家に入ると、もわっと不快な匂いが鼻をついた。
「くさい! なんだこの匂いは。まったく気持ち悪い女だな。離縁したのに領地から出ても行かずに留まり、変な香をめているというのは。いったい何のまじないだ、これは!」

 ハンナは元夫のいきなりの訪問に眉をしかめながら、
「別にまじないではありません。母から教えてもらった代々伝わる香を調合していたのです。それより何ですか。来るなら一言連絡いただけませんかね」
と苦言を漏らす。

 しかし、マクリーン子爵はハンナの不平不満には何も答えず、
「指輪を返してくれ。再婚した新しい妻がおまえのその指輪を欲しがっていてね。なにせそれは由緒正しいものだから」
と単刀直入に用件を言った。

 突然の申し出にハンナは固まった。

「は? これは皇帝陛下から私がたまわったものです」

「おまえがもらったなら子爵家がもらったも同然だ」

「でも私が日頃から身に着けていたものですよ。離婚時の財産分与では話題にも上らなかったはずですが?」

「忘れていただけだ。だがそもそも子爵家の財産なのだから、わざわざおまえに分与しなかった以上うちのものだ。どちらかというと話題にしなかったのはおまえの落ち度だな」

 マクリーン子爵はそう正当性を主張した。
 ハンナは、そんなことを言うのなら離縁のときに持って出たドレスやお気に入りの本や飼っていた猫だって、きちんと財産分与の契約書類を作ったわけではあるまいに、と心の中でツッコんだ。

 そして、やんわりとした口調で丁寧に提案する。

「では皇帝陛下に、誰に贈ったものなのかはっきりさせていただきましょう」

「それはだめだ」

 すかさずマクリーン子爵が拒否した。
 ハンナは怪訝けげんそうな顔をした。

「なぜです? 子爵家のものと言い張るのなら――」

「その提案はおまえに有利であり過ぎる。贈ったという形だけで見れば、皇帝陛下はおまえに着けてもらうことを想定しているはずなのだから。しかし財産という形なら、おまえは子爵家の妻だったのだから贈られたものは全て子爵家の財産になるはずだ」

「それは! あまりにも言い分が過ぎるのではありませんか?」

「物事そういうものだ。不満か?」

「そりゃ不満です。この指輪はかの大女帝の血をひく者として、私がたまわったのですから。私のルーツを証明するものとして大事にしております。そんな血筋の違うどこぞの令嬢に差し上げるようなものではありません」

 ハンナは強く言い返した。
 そう、この指輪はかつて女帝として君臨した曾祖母そうそぼが気に入っており、肌身離さず付けていたものだと聞く。

 南の地方の鉱山でとれた希少な色付き宝石らしい。専門家たちには、この種の宝石はこんな色になるはずがない、不純物が凄いと、たいして評価しなかった。これは正当な純正品ではありません、価値はほとんどありませんよ、と。
 しかし、女帝は気に入ったのだ。価値は私が決める、不純物でも結構、私は気に入った!と気にせず愛用した。

 もちろん、専門的に言えば価値はなかった。
 しかしハンナはこの話を気に入ってた。
 それは、女帝が常識にとらわれず、自分の価値で行動したことを端的に表す逸話として、今も残っていた。女帝は、人材を発掘し、産業を整備し、いくつかの有力貴族の自治によってばらばらになりかけていた国を一つにまとめ上げた。彼女の才覚によるものだった。
 ハンナにとってこの指輪はそんな指輪なのである。
 
 親族でもない令嬢に「はいどうぞ」と気軽に差し出せるものではないのだ。

 しかし、マクリーン子爵はどこ吹く風だった。
エマ新妻が言うんだよ。この名高い女帝の指輪は子爵家のものだというのに、元妻が持っているなんておかしいとね。別れた元妻は他人なのに、と。血筋とか形見かたみとか、そのようなことは私たちには関係ないのでね」

「でも!」

「渡さないなら子爵家の財産を盗んだ者として投獄する」

「何ですって? 横暴です!」

「横暴ではない。盗人相応の対応だ」

 淡々と宣言するマクリーン子爵をハンナは絶望を込めた目で睨んだ。
「……」

 それを冷たい目でマクリーン子爵は見下ろした。
「こんなちっぽけな指輪一つで人生を棒に振りたくはないだろう? 私も投獄をチラつかせて説得するなど大人気おとなげないのは分かっているが、そこはおまえの対応力次第しだいだ。ぜひ大人な対応というのを見せてくれ。指輪など、なくても生きていけるものなのだから」

「……」

 指輪など、なくても生きていける?
 それはあなたの新しい奥様にも同じことが言えるのでは、と心の中で思ったが、ハンナは黙っていた。

 自分都合で何でも相手を言いくるめようとするマクリーン子爵に、言い返そうったって無駄なのだ。

 ハンナは指輪を抜き取ると、せめてもの不満を表明するように、マクリーン子爵に投げつけた。
 マクリーン子爵は一瞬ムッとした顔をしたが、可愛い新妻のために指輪が手に入ったのだから良いかと気を静め、用件は済んだとばかりに出て行こうとした。最後に捨て台詞ゼリフを吐いて。
「ふん。行き場のないおまえを我が領地に置いてやっているんだ。感謝しろ」

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