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21.懺悔

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 思いがけない騒動が起こって元夫とファジルカス伯爵がしょっ引かれていったので、私はただただ目を丸くしていた。

 そしてスカイラー様の方を見た。
「えーっと、スカイラー様、神官様に何を言ったの?」

 スカイラー様が爽やかな顔に似合わない悪い顔でニヤリとした。
「暴力だけじゃなくて、この二人は神の前で結婚をしたのにその神との契約を破って浮気もひどいので、きっちり叱ってくださいとお願いしたんだ。罰金とか凄いことになると思うよ」

 私は「ああ~」と思った。
 神殿は『神との契約』を重んじるため浮気はもちろん許さない立場だが、普段はあまり下賤げせんなことには積極的に首を突っ込まないので、世間の浮気沙汰くらいでは滅多めったにしゃしゃり出てこない。しかし、何か別の罪状で神殿に怒られるときは、浮気などについても追加で問い詰められることがあった。
 私も、元夫の浮気癖については、まあ、一度くらい神殿にコテンパンに叱られた方がいいと思た。

 が、私は首をかしげた。
「なんでファジルカス伯爵も?」

 すると、懺悔室ざんげしつに引きずられていったファジルカス伯爵を青い顔をして見送っていたエリンさんが、蚊の鳴くような声で、
「あの人も浮気がひどいの……」
と告白した。

 そして私の真正面に来ると、深々と頭を下げた。
「ディアンナ様には、本当に申し訳ないと思っているのです。私はあのとき……ディアンナ様とマクギャリティ侯爵が結婚したばっかりだというのに、マクギャリテイ侯爵のお誘いにほいほいと乗って彼と付き合ってしまったんですわ。私はモテるマクギャリティ侯爵に選ばれたことに有頂天うちょうてんになって、周りのことを何にも考えていませんでした。本当に浅はかでしたわ! どれだけディアンナ様を苦しめていたか。マクギャリティ侯爵と別れ、その後今の夫と結婚して、そして今の夫が浮気に明け暮れていることを知ったとき、初めて、情けない話ですが、そのとき初めて、ディアンナ様の気持ちがよく分かったんですわ。とても……とてもつらいのです」

 私は答えに困ってしまった。
 エリンさんが浮気されていることは気の毒だし気持ちもよく分かるが、当時エリンさんによって自分に植え付けられたトラウマは今も容易にフラッシュバックして、あのときの絶望的な苦しさを思い出させてくれる。
 そう、一番、一番嫌いな女なのだ。

 スカイラー様がハッとして私の肩を抱いてくれた。

 その様子を見てエリンさんが躊躇ためらいがちに聞いた。
「あの、ディアンナ様はマクギャリティ侯爵と離婚したと聞きました。もしかして、ディアンナ様とこちらの方は今はお付き合いをされているんですか?」

 スカイラー様が「ええ」と即答した。
「ちなみに私はディアンナがマクギャリティ侯爵と結婚してしまっても、ディアンナをあきらめきれず独身をずっと貫いてきた一途な男ですから」

 私はそのスカイラー様の言葉に救われた気がした。
 人生をまるっと受け止めてもらえるような安心感がひたひたと私の心にみわたっていった。

 エリンさんの目に涙が浮かんだ。
「それは、それは本当に良かったですわ! 私はずっと後悔していました。私にはどうしてもつぐなう方法が思いつきませんでしたが、せめてディアンナ様には幸せになってもらいたいとずっとずっと思っていたのです!」
 その言葉に嘘はないようだった。エリンさんは本当にあの時のことを謝りたいと思ってくれているのだと思った。

 エリンさんは両手で顔を覆った。
「夫の浮気が許せないのです。でも私の実家の方が身分も低く、ファジルカス伯爵家の名前で優遇してもらっている面も多々ありますから、私からは離婚は言い出せません。でも夫が許せず夫婦生活を拒み続けています。子どもは欲しい。でも夫の子どもはいらない。相反する二つの気持ちの間で私の心は引き裂かれそうです。こんなに浮気されるのがつらいとは。――本当に、本当にすみませんでした、ディアンナ様」

 エリンさんはその気持ちを私に味わわせてくれた張本人なので、私も軽々と許すなどと思えるわけではなかっ。ただ今こうして彼女の謝罪を聞けたことで、過去を思い出すたびに感じていた痛みが今後は少しやわらぐかもしれないと私はぼんやりと思った。
「分かった……あなたから謝罪を受けたことにするわ……」
 私は一先ひとまずそう言うので精いっぱいだったが、その一言でもエリンさんには少しほっとした顔をした。

 私は話題を変えようとスカイラー様の方を向いた。
「それで。ねえ、あの元夫たちの騒動は、あなたのたくらみなの?」

「企みってほどじゃ」
 スカイラー様は答えた。
「あなたの猫の代わりにね、マクギャリティ侯爵とエリンさんを少しらしめられれば、と思ったんですよ。じゃなきゃ、またあなたの猫が厄介やっかいなことを引き起こすかもしれないと思って。まあでも、エリンさんはすでにだいぶ後悔をしていて、あとはあなたに直接謝るきっかけがあればよかっただけのようですが」

 私は首をすくめた。
「こうなることは予測済みだったってこと?」

 スカイラー様は苦笑した。
「まあファジルカス伯爵をそれとなくきつけたのは僕だね。でも、こんなにうまいことマクギャリティ侯爵と喧嘩してくれるとは思わなかった」

 そしてスカイラー様はエリンさんの方を向いた。
「ファジルカス伯爵の浮気癖のことは噂で知っていましたからね、そちらの方向でエリンさんの良心に訴えかけるつもりでいましたが、もうすでに改心してくださっていたんですね」

 エリンさんが目を見開くのが分かった。
「あ、あの。さっきから『たくらみ』だとか、いろいろ不穏な言葉が……」

 私は、最近飼い猫が元夫の浮気相手のところで問題を起こすのが続いていたことを簡潔に説明した。
「エリンさんの件は、リリーがこれで満足してくれればいいのだけどね」

 そのとき、ふと周りを見回した私の目が、礼拝堂のステンドグラスの向こう側にぴたりとまった。
 ステンドグラスの向こう側にくっきりとこちらを向いているような猫の影が見える。

 そして、「ニャーゴ」という鳴き声がしんと静まり返った礼拝堂に小さく響き渡った。

「リリーね!? 戻っていらっしゃい、リリー!」
 私は叫び、思わずステンドグラスの方向へ駆けだしていた。

 しかし、私が近くに行くより前に、リリーの姿形はゆらりと立ち上がるとステンドグラスの向こう側でふいっと消えてしまった。

「リリー! 終わったのではないの? これで終わりにはならないの? 何を企んでいるの? そもそも、なぜあなたは急にこんなことを始めたの!?」
 私はもう影も見えないステンドグラスの方に向かって叫んだ。

 エリンさんが得体えたいの知れない猫の空気感に、ぞっとしたような顔をしていた。

 私は、私の肩を抱くスカイラー様の腕にぎゅっと力がこもったのを感じた。
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