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第十七夜
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夕刻。眠りにつこうとする太陽が、山際へ少しずつ顔をうずめていく。
ばあばが玄関先で甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
「この提灯を持っていきなさい。本当はお迎え用の提灯だけど……きっと目印になってくれるだろう。中の火を送り火に使うんだよ。火には気をつけて」
手渡されたのはころんと丸い形をした直径15cmほどの可愛らしい盆提灯。白地に小さな花が散りばめられている。
「うん。ありがとう、ばあば」
私は貰った提灯を提げると、家の門前を確かめた。一つの人影が目に映る。
――よかった。
「あきらちゃん」
その声に愛らしい顔をあげる彼女が、黒い瞳を細めて笑う。
「まってたよ」
「うん。行こう」
暁と手を繋ぐ。その手はほんのり暖かく、彼女は嬉しそうに鼻歌を歌いながらぶんぶん、と私の手を振る。
「あきら、おさんぽ久しぶり」
「うん」
「おにいちゃんに、ほんとうに会える?」
「……うん」
「うれしい」
夕陽に照らされた暁の顔は、満面の笑みだった。
「あきらねぇ、おにいちゃんとたくさん遊んだの」
道すがら、彼女はいろんなことを教えてくれた。
「あのね、あきらおとうさんもおかあさんもいなくなっちゃって。だから、おにいちゃんが大丈夫だよってずっとそばにいてくれたの」
「こっちに来てからは、田んぼの蛙を捕まえたり……あ、おにいちゃんは全然捕まえられなかったんだけど」
「こんなふうにおうた歌いながら、よくおさんぽしてたんだぁ」
暁の鼻歌が空に浮かんでは風に消えていく。
彼女を見つめると、視線に気付いて彼女も見つめ返してくる。瞳に夕陽が反射してオレンジ色の火花を散らしたようだ。
私はそれを純粋に愛おしいと思った。きっとヒカルも同じ気持ちで彼女と歩いていたんだろう。
百日紅の木が見えてくる。だが、その側に人影らしきものは見当たらなかった。
私は辺りをきょろきょろと見渡す。暁が不安そうな声で尋ねてきた。
「おにいちゃんは……?」
提灯を握る手に汗がにじむ。じとりと嫌な感覚が手を伝って身体全体を覆うようだ。
暁が潤んだ目でこちらを見つめる。瞳の輪郭がぼやける程に涙を溜めた目だ。この涙を零させるわけにはいかない。
私は意を決し、声を張り上げた。
「ヒカル! あきらちゃんを連れてきたよ!」
するとゆらりと白い――弱い光のような――人影が百日紅の脇から滑り出てきた。
「ひか……」
声を掛けようとした瞬間、暁が大きな声をあげる。
「おにいちゃん!」
私の手を振りほどき、光の元へ駆け寄る暁。
「おにいちゃん! どこにいたの!? あきら……あきら……!」
「ごめん、ごめん暁……。もういなくならないよ。一緒だよ」
光は大きな声でしゃくり上げる暁を抱き上げてぽんぽんと背中を叩く。慈愛に満ちた、そんな表情だった。
「おにいちゃあぁぁぁん……」
夕焼け空に響く泣き声。その声に混じって光と私が同時に鼻をすすった。
「ふはっ」
光が赤い鼻をくしゃっとさせて笑う。
「灯里、きみはぼくたちにとっての灯りだったんだね」
「えっ?」
「灯里がいなかったら、ぼくたちまた会えなかった」
「……うん」
「本当に、本当にありがとう」
「ううん、私こそ。私のこと、信じてくれてありがとう」
きっと私たちは、この四日間で初めて微笑み合った。たったそれだけの事なのに、いや、そんな何気ない事だからこそ私の胸に柔らかな光となって灯る。
――太陽が溶けきるまで、あと少し。
「ぼくたち……そろそろ行かなきゃ」
「……そうだね」
私は手元の提灯からろうそくを取り出し、皿の上に置いた麻幹へ火を移した。
白い煙がたゆたいながら空へ昇っていく。
私たちはもう一度お互いの瞳を見つめ合った。
この視線が交わることは、もうないのだろう。そう思うと途端に離れがたい気持ちになって、さようならの一言を言い出せなかった。
言ってしまえば、この不思議で、でも愛おしさに満ちた四日間が本当に終わってしまう――。
「またね、灯里。次に会うときは、これを目印にして待ち合わせしよう」
沈黙を破ったのは光だった。光が指差した先にはあの百日紅。百日紅の赤と夕焼けの橙とが混ざり合って世界の境界線を曖昧にする。
「『また』……ね?」
私は驚いて三度彼の瞳を見つめる。
「そう、またね」
彼はそう言うと、穏やかな――私の好きな――笑顔で手を振った。
私の心から花びらがあふれ出るように、喜びが湧き上がる。
再会の約束。それは希望だった。
「またね……またね!」
私は涙をこらえて光と暁の背中にありったけの声で投げかけた。
この約束がいつか果たされることを――そう、あなたを信じて。
ばあばが玄関先で甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
「この提灯を持っていきなさい。本当はお迎え用の提灯だけど……きっと目印になってくれるだろう。中の火を送り火に使うんだよ。火には気をつけて」
手渡されたのはころんと丸い形をした直径15cmほどの可愛らしい盆提灯。白地に小さな花が散りばめられている。
「うん。ありがとう、ばあば」
私は貰った提灯を提げると、家の門前を確かめた。一つの人影が目に映る。
――よかった。
「あきらちゃん」
その声に愛らしい顔をあげる彼女が、黒い瞳を細めて笑う。
「まってたよ」
「うん。行こう」
暁と手を繋ぐ。その手はほんのり暖かく、彼女は嬉しそうに鼻歌を歌いながらぶんぶん、と私の手を振る。
「あきら、おさんぽ久しぶり」
「うん」
「おにいちゃんに、ほんとうに会える?」
「……うん」
「うれしい」
夕陽に照らされた暁の顔は、満面の笑みだった。
「あきらねぇ、おにいちゃんとたくさん遊んだの」
道すがら、彼女はいろんなことを教えてくれた。
「あのね、あきらおとうさんもおかあさんもいなくなっちゃって。だから、おにいちゃんが大丈夫だよってずっとそばにいてくれたの」
「こっちに来てからは、田んぼの蛙を捕まえたり……あ、おにいちゃんは全然捕まえられなかったんだけど」
「こんなふうにおうた歌いながら、よくおさんぽしてたんだぁ」
暁の鼻歌が空に浮かんでは風に消えていく。
彼女を見つめると、視線に気付いて彼女も見つめ返してくる。瞳に夕陽が反射してオレンジ色の火花を散らしたようだ。
私はそれを純粋に愛おしいと思った。きっとヒカルも同じ気持ちで彼女と歩いていたんだろう。
百日紅の木が見えてくる。だが、その側に人影らしきものは見当たらなかった。
私は辺りをきょろきょろと見渡す。暁が不安そうな声で尋ねてきた。
「おにいちゃんは……?」
提灯を握る手に汗がにじむ。じとりと嫌な感覚が手を伝って身体全体を覆うようだ。
暁が潤んだ目でこちらを見つめる。瞳の輪郭がぼやける程に涙を溜めた目だ。この涙を零させるわけにはいかない。
私は意を決し、声を張り上げた。
「ヒカル! あきらちゃんを連れてきたよ!」
するとゆらりと白い――弱い光のような――人影が百日紅の脇から滑り出てきた。
「ひか……」
声を掛けようとした瞬間、暁が大きな声をあげる。
「おにいちゃん!」
私の手を振りほどき、光の元へ駆け寄る暁。
「おにいちゃん! どこにいたの!? あきら……あきら……!」
「ごめん、ごめん暁……。もういなくならないよ。一緒だよ」
光は大きな声でしゃくり上げる暁を抱き上げてぽんぽんと背中を叩く。慈愛に満ちた、そんな表情だった。
「おにいちゃあぁぁぁん……」
夕焼け空に響く泣き声。その声に混じって光と私が同時に鼻をすすった。
「ふはっ」
光が赤い鼻をくしゃっとさせて笑う。
「灯里、きみはぼくたちにとっての灯りだったんだね」
「えっ?」
「灯里がいなかったら、ぼくたちまた会えなかった」
「……うん」
「本当に、本当にありがとう」
「ううん、私こそ。私のこと、信じてくれてありがとう」
きっと私たちは、この四日間で初めて微笑み合った。たったそれだけの事なのに、いや、そんな何気ない事だからこそ私の胸に柔らかな光となって灯る。
――太陽が溶けきるまで、あと少し。
「ぼくたち……そろそろ行かなきゃ」
「……そうだね」
私は手元の提灯からろうそくを取り出し、皿の上に置いた麻幹へ火を移した。
白い煙がたゆたいながら空へ昇っていく。
私たちはもう一度お互いの瞳を見つめ合った。
この視線が交わることは、もうないのだろう。そう思うと途端に離れがたい気持ちになって、さようならの一言を言い出せなかった。
言ってしまえば、この不思議で、でも愛おしさに満ちた四日間が本当に終わってしまう――。
「またね、灯里。次に会うときは、これを目印にして待ち合わせしよう」
沈黙を破ったのは光だった。光が指差した先にはあの百日紅。百日紅の赤と夕焼けの橙とが混ざり合って世界の境界線を曖昧にする。
「『また』……ね?」
私は驚いて三度彼の瞳を見つめる。
「そう、またね」
彼はそう言うと、穏やかな――私の好きな――笑顔で手を振った。
私の心から花びらがあふれ出るように、喜びが湧き上がる。
再会の約束。それは希望だった。
「またね……またね!」
私は涙をこらえて光と暁の背中にありったけの声で投げかけた。
この約束がいつか果たされることを――そう、あなたを信じて。
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