滑って転んで突き刺して

とえ

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第1章

それは呪縛か祝福か

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 馬車がハディマルに着いたのは、村の皆が寝床に
入る頃だった。狼との戦いによる心拍数の上昇は
流石に収まったが、神経は相変わらず昂ったままだ。
ジークさんは言葉も少なくベティと家に帰って
行った。「また何かありましたら」と言葉を残して。

 父さんは相変わらず険しい顔をしている。
母さんは疲労で寝てしまったエディを抱きかかえて
先に玄関をくぐり、僕は未だ剥き出しの刃物を手に
持ったまま後に続いた。滑り落ちた藁紐を拾うという
頭は、その時にはなかった。

「ナーシャ、デニス。少し話をしよう」

 少し落ち着いたトーンで父さんが言った。
母さんはエディをベッドに横たわらせ、テーブル
に戻ってきた。3人が席に着くと、数秒の間を置いて
父さんがドカッと頭を下げた。馬車で手当をした
細かい傷に音と振動がじわりと響く。

「すまん」

 僕よりはるかに多い傷に包帯を巻いた父さんが
そういった。……あれ?思ってたのと違う。
勝手な行動を怒られるものだとばかり思っていた。

「父ちゃんは少し判断を誤った。皆を危険に
晒してしまった。そもそも暗くなる事を想定して
もう少し備えておくべきだった。そもそも遅く
なったのなら無理に帰らずジーク君と相談して
一晩街の宿を借りる選択肢もあった。それに、
デニスに剣を与えたのも……」

「あなた。それは言ってはダメ。私もあなたも
一旦納得したことでしょ」

「お、おう……そうだな、すまん」

 母さんに制されて、父さんは言葉を途中で切った。

「デニス。確かに俺は、その剣を守る為に使えと
言った。現にお前は家族やジーク君を守ろうと
してくれたんだろう?」

「うん……」

「だがお前は1番守らねばならない者を投げ出した。
それは、お前自身だ。自分を犠牲に他を守るなんて
考え方はやめなさい」

 言われた通り、僕はあの場で他の皆が助かれば
いいと思っていた。どうやら父さんはそれを
しっかり感じとっていたらしい。「ごめんなさい」と
小さく返事して、僕はテーブルに視線を落とした。

「鞘はなるべく早く用意しよう。それまでは
あまり持ち出さないようにしてくれ。俺とお前で
体感重量が違うというのはよく分からんが、
何かしらの魔力が宿っているのかもしれん。
性質がしっかりわかってる訳じゃないから
慎重に扱うんだ」

 父さんは最後に「エディの手の届かないように」
と念を押した。さすが日常に不思議な力の浸透した
世界。前世のような考え方なら、仕組みを科学的に
説明できないものなんて得体がしれな過ぎて親が
子に与えるなんてことは無いだろう。僕自身、
この剣に大きな好奇心があるのは事実だが、同時に
分からないことに対するちょっとした怖さも
無くもない。ひょっとしてとても危険なモノ
なのではないか、と。……少し気合いを入れて、
前に向き直り僕は打ち明けた。

「僕、実はひとつ言っておきたい事があるんだ」

 両親揃って僕の目を覗き込んできた。ただでさえ
奇妙な剣だ。これを言ったら最悪取り上げられ
かねない。でも、黙っておくというのも僕を信じて
剣を与えてくれた両親に不誠実だと思った。

「声が、聞こえたんだ。剣から」

 両親がお互いの顔を見合わせる。驚いてはいるが
そこまで大きく狼狽えた様子ではない。

「デニス。それは会話ができる、ということ?
それとも剣が一方的に話しかけてくるの?」

 不思議な反応だ。母さんの言葉でふと気づく。
確かに、会話は成立していたんだろうか。

(どうだったっけ……僕の考えてる事を復唱
する様な言葉はあった気がするし、頭の中が
ごちゃごちゃ喧しいとも言ってたな)

 そんな事を考えた直後、声が聞こえた。

『聞こえとるよ』

 短刀から聞こえる女性の声。言葉遣いはやや
独特で老人のようだが、声質自体はそうでもない。

「父さん、母さん、聞こえた?」

 2人は首を横に振る。頭の中に響く感覚の通り、
やはり物理的な音ではないらしい。僕は短刀に
向かって恐る恐る心の中で聞いてみた。

(父さんと母さんにも、あなたの声って
届きませんか?)

『母親の方は波長は合わんことも無いから
できそうじゃな。ちょっと待っておれ』

 波長?よく分からないが、剣の声を代弁する。

「少し待って、だって。多分会話できてる」

 少しホッとした顔の両親。この反応からわかった。
物から声がすること自体はこの世界ではある程度
無くは無い事らしい。そして会話ができるか否かで
不安度が違うらしい。

「あのね。物から声が聞こえる、というのはたまに
ある事なのよ。精霊と心が通じあったり、目に
見えない存在の声が聞こえることもあるわ。でも、
相手から一方的に語りかけてくる類は魔のモノ、
あるいは呪いである事が多いの」

 なるほど、そういう事か。

『ワシをそんな邪なモノと混同するでない』

 声と同時に母さんが驚く。しっかり届いたようだ。

「あなた。確かに聞こえたわ」

「俺は聞こえん……」

『語るは面倒、向き不向きがあるという事じゃ。
ともかくワシは呪いの類ではない。安心せぇ』

 より一層安堵した母さん。父さんは戸惑い気味に
母さんを見ている。そこからは、母さんが剣の声を
父さんに代弁していた。

『ワシが話すと警戒する者もおるでな、あまり
喋らないつもりだったのじゃが、まあ口を出して
しまったものは仕方ない。久々に倉庫と店先以外
の空気に触れて少々上機嫌だったようじゃ。まぁ、
そう、あまり堅くなるでない。敬意は忘れるべき
ではないがな』

 急に饒舌になる短刀。会話ができるとわかって、
僕は大事なことを伝え忘れていることに気づいた。

「あの、助けていただいてありがとうございます。
僕まだお礼言ってませんでしたね」

『かかかかか。たわけ。せっかくの新しい持ち手、
そう容易く死なせてなるものか。自衛じゃよ自衛。
礼には及ばん』

 それを聞いて母さんも質問する。

「あなたがデニスを助けてくれたのね。ありがとう。
疑ってごめんなさいね、この子が心配で」

『よいよい。そもそもワシは自力でどうこう出来ん
からな。持ち手の安否は己のそれと同義じゃ』

 少しつまらなそうな顔をしていた父さんが、やや
強引に話を切り上げにかかった。

「聞きたいことは多いが、今夜は一旦寝るか。
2人とも疲れたろ。明日改めて色々確認しよう」

 「それと」と父さんは続けた。

「剣。デニスに何かあったらお前は炉に放り込む。
おかしな事はするんじゃねぇぞ」

『おお、怖い怖い。ワシを持ち上げられもせん
おのこがイキがっておる。けけけけ。安心せえ。
ワシとて使い手を必要としておる』

 母さんは苦笑いして、一部を省いて父さんに
伝えていた。その場は解散となり、僕は先にエディ
が寝ている子供部屋の寝室に向かった。少し高い
棚に短刀を置き、ベッドに横になる。

(そういえば、僕の考えって彼女に筒抜けなんだよな)

 ぼんやりそんな事を考えた直後、意外な事に反応は
返ってこない。考え事が全て伝わる訳ではないの
だろうか。試しに短刀の方を意識して頭の中で
質問してみる。

(あなたは、僕の思考が読めるんですか?)

『何を言っておる。読めるわけなかろう』

 今度は応答があった。

『ワシはワシに向けられた意識しか読み取る事は
出来ん。仮に他人の頭の中が全て見えたりしたら
ワシの気が狂ってしまうわ』

 ああ、確かに。自分以外の考えがずっと無制限に
流れ込んでくるとしたら、おかしくなりそうだ。

『まぁ、あまりに強く念じてる事は、聞きたく
なくても聞こえてしまうがのう。現に狼の時は
ワシに向けて話しかけていた訳ではあるまい』

 言われてみれば。あの時は必死だったから、短刀
からすれば心の声がダダ漏れだったということか。

(すみません、うるさかったですよね)

『よい。お前の妙な形の魂に興味を持ったのはワシ
自身じゃ。多少の喚き散らしは容認しよう』

(魂の形、ですって?)

『そうじゃ。ワシには眼という物が無いからのう。
おそらくお前ら人間とは違った物の見方をしておる。
いずれ詳細を説明してやるわい』

 仮に僕の魂とやらが見える、というのなら、少々
心当たりがある。ごく稀とは言われた、前世の
事を覚えている関係だろう。記憶を引き継いで
いるから歪なのか、歪だから継承したのか、までは
分からないけど。それとついでなので、昼間の疑問も
聞いてみることにした。

(話は変わるのですが、僕と父さんであなたの
重さが変わるのは何故ですか?さっき波長がどうの
って言ってましたけど何か関係あるんですか?)

『関係ない。あれは単にワシにはそれが"出来る"と
いうだけの事じゃ。ワシは自身の重さをある程度変化
させる事が出来る。もっとも、お前の父は、その、
こう、なんじゃ、握った手が結構汗ばんでおって
のう、反射的に拒絶してしまったのじゃ』

 あ、そういう理由なんだ。……父さんには今後も
理由は伏せておこう。

『それとな、小僧。こう見えてワシも疲労するし
眠くもなる。疑問は追い追い答えてやる故、今夜は
もう就寝とせんか』

(あ、そうですね、すみません。……ごめんなさい、
最後に1つだけ)

『なんじゃ。くだらん事なら答えんぞ』

 僕はどうしても、この短刀を物として認識
できなくなっていた。ひとつの命として、魂として、
意思疎通を行うために必要だと思うこと。それは、

(名前は、なんとお呼びすればいいですか?)

『かかか、好きに呼べい。もとより無銘じゃ』

 困った。好きに呼べと言われても、咄嗟には
思いつくはずもない。そもそも剣の名前ってどう
決めたらいいんだろうか。知っている単語から
必死にひねり出してみる。

(では、その……"ダガー"って、どうですか?)

 わかっている。これは犬をドッグと呼ぶような
ものだ。安直を越えて種類そのままだ。それに
本来ダガーは一般的にこのような形状ではない。
ただ、僕の足りない刀剣知識では適切な名前が
思いつかなかった。

『……ふむ。まぁ、響きは悪くない。それは
どういう意味なんじゃ?』

 意味?ダガーはダガー……と思ったが、よくよく
考えたらこの世界で短剣の中にダガーと呼ばれる
ジャンル自体が無いのかもしれない。名前の起源
は大抵文化に根付いているから、その文化自体が
違えば考えられなくもない。

(意味は……突き刺すモノ、です)

 我ながら臭い言い回しだったかもしれない。
しかし短刀はかかかかかっと笑い、了承した。

『よかろう!今からワシの銘はダガーじゃ!
せいぜい精進せい、小僧!』
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