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第1章
告白と推測
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「これは、親父にも言ってなかったな」
ジークさんがベッドで上体を起こし、ぽつりと
話し始めた。ジークさんの横には村の司祭と助祭……
でいいのだろうか。未だになんと呼んでいいのかは
分からないが、神に仕える2人が怪我の回復を促進
する為手をかざし柔らかな光を灯している。
医者という概念がなく、大怪我を負った場合は
いつもこの人達が頼られる事になる。前世で見ていた
漫画やアニメのように、立ち所に傷が塞がり跡形も
なく怪我が治る、なんてことは無く、あくまで回復を
促進するという役割に留まるようだ。と言ってもその
速度は驚異的で、5日程度休みなく治癒を施せば骨折
をも治るとの事。病気に対しては無力ながら、怪我は
間違いなく前世の医療レベルを遥かに超えている。
僕自身今までこの光を目にする程の怪我をする事が
無かったため、この目で処置を見るのはだいぶ
久しぶりだ。
鮮やかな赤いシミは広がりこそしないものの、
生々しく痛々しい。助かってよかった。むしろ
助かったのが不思議に思える程には、夕焼けに浮かぶ
あの光景は鮮烈だった。
「4年くらい前、リサイドの仕事を終えて帰る時な。
ガキの頃の知り合いにバッタリあったんだよ。
フォルトってひょろ長の奴だ。親父も覚えてるだろ。
前に近所に住んでた」
僕は知らない名だ。多分ジークさんと僕は少し
歳が離れているから、会ったことないとすれば
僕が歩き回り始める前の友達だったのだろう。
「そのフォルトがな、友達を紹介するっつーんで、
リサイドの裏路地まで案内してくれたんだよ。今
思えばその時、なんで気づかなかったのか」
リサイドはハディマルに比べ、建物がごみごみと
立ち並んでいる。石造りの建物に隣接して縦横様々
な太さの道が通っているため、日や人目の当たり
づらい裏路地と呼ばれる隙間の様なところも多い。
街全体で言えば迷路のような区画もあるが、大抵
観光で訪れる人なんて正門から伸びる大通り周辺
しか廻りはしない。
「そこはいわゆるはぐれ者の集まりだった。彼らは
その集まりのことを"スコイル"、なんて呼んでる。
フォルトはその素行の悪い青年団の中で下っ端みたい
な使われ方をしてた」
「ジーク、お前……!このバカ息子が……」
「まぁまぁザッカーさん、とりあえず最後まで
聞きましょうや」
血相を変えるザッカーさんを、父さんがなだめた。
……ある意味、よくある話だ。少なくとも前世では、
仲が良いのか悪いのかよく分からない"友達"が、
街中で屯するのは日常茶飯事だった。いわゆる暴走族
や不良集団の類いだろう。もっとも、僕はそのような
手合いを極力避けてきたので、そのような人達の事は
深くは知らない。
「オレはなし崩し的に、その集まりに参加する事に
なっちまった。我ながら不思議な事に、変に受け入れ
られてな、居心地自体も悪くはなかった。と言っても
あいつらの非行にはなるべく関わりたくないとは思っ
てた。けど……多少、その……手は貸しちまった。
異を唱えると何されるかわかんなくて、……オレは
現実を直視するのが、怖かったんだ」
ジークさんの顔が後悔に沈んでいく。その様子を
みて、ザッカーさんも椅子に座り直し、腰を据えて
聞く姿勢になった。
「暫くはそこまで厄介なことは無かった。でもある日、
スコイルの頭首であるタンブルって男が、肩、
両手、両足に大穴を開けて隠れ家に帰ってきた。
やけに小綺麗な女を1人連れてな」
「セリカ……さん」
「ああ。きっかけなんてくだらないもんだ。肩が
ぶつかったとかなんとかでタンブルはセリカに
喧嘩を売っちまったんだ。一緒にいたタンブルの
取り巻き15人は重症、とうの本人は石の壁に磔に
されてこう聞かれたらしい。私の玩具になるか、
そのまま壁の飾りとして短い余生を楽しむか、と」
彼女の言いそうなことだ。その光景が目に浮かぶ。
ケヒヒという笑い声が、頭の中でリフレインした。
「そんな人数を、1人で……?」
父さんが目を丸くしている。僕が対峙していた
蛇は、やはりとてつもない大蛇だったようだ。
「デニス君、……よくあいつを追い返したな」
「運が良かった……だけです」
父さんが何か言いたげにこちらを見る。頭が
落ち着いた今は、自分の行動に父さんが何を思うのか
言葉を聞かずとも読み取れた。また心配をかけて
しまった、と、僕は少し目を伏せた。
「セリカ……オレとデニス君をこんな風にした張本人
だ。そいつが現れたその日からスコイルは変わった。
今までの可愛げある非行から、許し難い馬鹿をする
集団に変貌していったんだ。セリカの指示するまま、
オレ達は立派な最低クソ集団に堕ちていった。誰も、
あの女に逆らえなかったんだ」
重苦しい空気が部屋を包む。ザッカーさんは頭を
抱え、父さんは拳をわなわなと震わせている。僕は
と言うと……正直、ホッとした。ジークさんは自ら
望んで妙な闇を抱えた訳ではなかった。彼は罪悪感
で自らの身を切りながら、膿を出しているのだ。
「昼間の表面上はリサイドによくいるガラの悪い連中
と大差ないが、夜は少し違う。個人を狙った闇討ちや
盗みに入る事もあったみたいだ。街の人が寝静まって
から日が昇るまでにコトを済ませて、日の出とともにただの不良集団に戻る。女の指差しひとつで、いい歳
した男共がぞろぞろと従う、無様な有り様だ」
セリカとジークさんの繋がりはわかった。馬が
ジークさんを警戒するのも、おそらくその集団に
属する罪悪感や後悔、全身にまとわりつく悪事の
残り香に反応していたのだろう。あの日荷台の積荷
に変化がなかったのは、メンバーと連絡を取るため
に街に向かっただけだったからか?
「ジークさん。依頼主、って、なんの事ですか」
ジークさんの表情が明らかに曇った。唇を噛み、
下を向いて絞り出すように声を出す。
「セリカに聞いたのか……リサイドの地主のひとり、
マルトって奴が、セリカを通じてこちらに依頼を
寄越した。直接繋がってるのはセリカと、あとは
マルトのお抱え魔術師だ。その2人が地主とオレら
の中間に立ってる。マルトは将来有望な子供を自分
の屋敷に置くのが趣味らしくてな。……理由までは
聞きたくねぇ。……大抵は街や周辺の孤児が標的だ。
聞き分けのいい子供は良いとして、場合によっちゃ
拒否する者もいる。そんな時、その"調達"に、小銭で
オレらを使う。……街で孤児が消えたのは、そういうことだ」
……繋がった。子供の失踪、依頼主の存在、そして
何より、ジークさんとセリカの訪問。
「…………まさか、エディを……?」
僕の言葉に、父さんがガタリと椅子を倒しながら
立ち上がった。みるみる顔面を蒼白に染め、目を
見開いている。
「そうだ…………オレは、…………エディ君を、売った」
ジークさんの言葉は、セリカの棘以上に僕の
心臓に刺さった。歯車が異物を噛んでしまったが如く
僕の頭は少しの間完全に回転が止まってしまった。
「お前っ!!!」
父さんとザッカーさんが同時にジークさんに
飛びかかりかけた。司祭さんと助祭さんは回復の
手を止め2人を止めにかかる。目が血走った父さんは
今にも殴り掛かりそうな勢いで拳を握りしめていた。
「……弁解の余地は無いです。オレが臆病なせいで」
「お前は!」という父さんのがなり声に、ジークさん
は強く目を閉じ、殴られる覚悟を固めたように
見えた。ギリギリと音を立てて思考の回転を堰き止め
ていた異物が、砕けたのを感じた。
ジークさんが初めてエディの魔法を見たのは
黒い狼の夜。もし仮にそこで才を目にして報告して
いたとしたら、次にセリカと訪問したのは何故だ?
スコイルがどのくらいの規模であるかは分からない
が、リーダーの取り巻きで10人以上、つまり全体で
言えばかなりの数が属しているはず。ならジークさん
の報告後すぐに大勢でエディを攫いに来れば話が
早かったはずなのだ。何故それがなかった?
「父さん。待ってください」
僕はベッドから起き上がりまだ痛む体を押さえ
つけて立ち上がった。「まだ動かないで」という司祭
さんの言葉に頭を下げ、ゆっくりと言った。
「ジークさん。多分、続きがありますよね」
「い、いや、……ここからは言い訳みたいなもんだし」
「話してください。お願いします」
話を聞いてて思った。ジークさんはエディを売った
なんて言い方したけど、多分それは違う。俯き
悔しそうに顔をしかめながら、彼は言った。
「……エディ君の事は、彼が魔法を発現して数日後
には既にリサイドでも噂になってた。村と街を行き
来する人間はオレだけでは無い。誰かしらが
ハディマルの天才魔法使いという話をしたんだと
思う。決定打はデニス君の誕生日にエディ君が街で
起こした小火騒ぎだ。それがあって目立ったんだ
ろうな。既にエディ君を攫う指示は下されてたが、
よりせっつかれるようになった」
そんな時から?思っていた以上に前から、エディは
目をつけられていたことになる。
「タンブルは、オレがハディマルの者だと知ってる。
エディ君を確保するための機会を伺い、連絡係に
任命したんだ。でもオレは、なんでかんで理由を
つけて、今だ、と言うのを躊躇ってた。業を煮やした
タンブルが周りに当たり散らしているのを見て……
セリカが、自分が見に行くと言い始めた」
「それが、仕事の説明をしにうちへ訪問してくれた日
という事ですね。でもあの時はジークさんも……」
「ああ。あいつ1人でボリスさんの家に行かせたら、
どうなるかわかったもんじゃなかった。だから
案内ってていで、オレも同行したんだ」
あの時のセリカの視線。エディをチラチラ見る
目の意味がわかった。そして、僕に向けて言われた
"論外"の意味も。最初から僕のような地味な人間に
興味はなかったんだ。
「ジークさん。あの時あなたは、僕を助けてくれた
んじゃないですか?……今ならわかる。彼女は棘の力
を使う時、目視で狙いをつけていた。仕事説明の日、
僕が彼女に"あなたを初めて見た"と言った時、彼女
は下を、いや、僕の椅子の下を見ていた。僕や母さん
を始末しようとしてたんだ。あなたはそれに気づいて
遮ってくれたんですね」
ジークさんは驚いた顔で僕を見る。
「驚いたな……あいつの言葉を真似る訳じゃないが、
本当によく見てるな、デニス君……」
確信がもてた。僕はやり取りを見ていた父さんに
向かい、落ち着いて言った。
「父さん。ジークさんは、僕たち家族を守ってくれて
たんだ」
「ならどうして、直接それを教えてくれなかった!
知っていれば、わかっていれば色々と手の打ち
ようが……!」
父さんが吠えるのと同時に、ジークさんの目から
零れた涙が頬の包帯を濡らした。歯を食いしばり、
体を強ばらせている。
「それを伝えれば……オレが悪い奴らとつるんでる
話もせざるを得ない。それがバレるのが怖かった
んです。……申し訳ありません……オレが……我が身
可愛さにグズグズするうち、取り返しのつかない
事になってしまった……ごめんなさい……!」
父さんは憑き物が落ちたように握っていた拳を
解いた。前のめりな姿勢は力無く猫背になり、怒り
の表情は困惑へと変わった。
でも、僕にはひとつ疑問が残ってしまった。
セリカは現地調査を終えた後、なぜすぐゴーサイン
を出さなかった?なんなら次の日にでも襲撃は可能
だったはずだ。疑問ではあるが、それを今のジーク
さんに聞くのも気が引ける。一旦は置いておこう。
セリカはスコイルに興味が無くなったと言って
いた。であれば、今日の撤退後その足で決行を
指示しに行くとは考えにくい。希望的観測ながら、
少し猶予はあると思う。
「ジークさん。聞かせてくれて、ありがとうござい
ました。あとは、家族で何とかします。それで
いいよね?父さん」
僕は、これから何をどう備えるべきかをひとつずつ
考え始めた。どの道近いうちに嵐が来る。静けさに
ほうけている暇はない。
ジークさんがベッドで上体を起こし、ぽつりと
話し始めた。ジークさんの横には村の司祭と助祭……
でいいのだろうか。未だになんと呼んでいいのかは
分からないが、神に仕える2人が怪我の回復を促進
する為手をかざし柔らかな光を灯している。
医者という概念がなく、大怪我を負った場合は
いつもこの人達が頼られる事になる。前世で見ていた
漫画やアニメのように、立ち所に傷が塞がり跡形も
なく怪我が治る、なんてことは無く、あくまで回復を
促進するという役割に留まるようだ。と言ってもその
速度は驚異的で、5日程度休みなく治癒を施せば骨折
をも治るとの事。病気に対しては無力ながら、怪我は
間違いなく前世の医療レベルを遥かに超えている。
僕自身今までこの光を目にする程の怪我をする事が
無かったため、この目で処置を見るのはだいぶ
久しぶりだ。
鮮やかな赤いシミは広がりこそしないものの、
生々しく痛々しい。助かってよかった。むしろ
助かったのが不思議に思える程には、夕焼けに浮かぶ
あの光景は鮮烈だった。
「4年くらい前、リサイドの仕事を終えて帰る時な。
ガキの頃の知り合いにバッタリあったんだよ。
フォルトってひょろ長の奴だ。親父も覚えてるだろ。
前に近所に住んでた」
僕は知らない名だ。多分ジークさんと僕は少し
歳が離れているから、会ったことないとすれば
僕が歩き回り始める前の友達だったのだろう。
「そのフォルトがな、友達を紹介するっつーんで、
リサイドの裏路地まで案内してくれたんだよ。今
思えばその時、なんで気づかなかったのか」
リサイドはハディマルに比べ、建物がごみごみと
立ち並んでいる。石造りの建物に隣接して縦横様々
な太さの道が通っているため、日や人目の当たり
づらい裏路地と呼ばれる隙間の様なところも多い。
街全体で言えば迷路のような区画もあるが、大抵
観光で訪れる人なんて正門から伸びる大通り周辺
しか廻りはしない。
「そこはいわゆるはぐれ者の集まりだった。彼らは
その集まりのことを"スコイル"、なんて呼んでる。
フォルトはその素行の悪い青年団の中で下っ端みたい
な使われ方をしてた」
「ジーク、お前……!このバカ息子が……」
「まぁまぁザッカーさん、とりあえず最後まで
聞きましょうや」
血相を変えるザッカーさんを、父さんがなだめた。
……ある意味、よくある話だ。少なくとも前世では、
仲が良いのか悪いのかよく分からない"友達"が、
街中で屯するのは日常茶飯事だった。いわゆる暴走族
や不良集団の類いだろう。もっとも、僕はそのような
手合いを極力避けてきたので、そのような人達の事は
深くは知らない。
「オレはなし崩し的に、その集まりに参加する事に
なっちまった。我ながら不思議な事に、変に受け入れ
られてな、居心地自体も悪くはなかった。と言っても
あいつらの非行にはなるべく関わりたくないとは思っ
てた。けど……多少、その……手は貸しちまった。
異を唱えると何されるかわかんなくて、……オレは
現実を直視するのが、怖かったんだ」
ジークさんの顔が後悔に沈んでいく。その様子を
みて、ザッカーさんも椅子に座り直し、腰を据えて
聞く姿勢になった。
「暫くはそこまで厄介なことは無かった。でもある日、
スコイルの頭首であるタンブルって男が、肩、
両手、両足に大穴を開けて隠れ家に帰ってきた。
やけに小綺麗な女を1人連れてな」
「セリカ……さん」
「ああ。きっかけなんてくだらないもんだ。肩が
ぶつかったとかなんとかでタンブルはセリカに
喧嘩を売っちまったんだ。一緒にいたタンブルの
取り巻き15人は重症、とうの本人は石の壁に磔に
されてこう聞かれたらしい。私の玩具になるか、
そのまま壁の飾りとして短い余生を楽しむか、と」
彼女の言いそうなことだ。その光景が目に浮かぶ。
ケヒヒという笑い声が、頭の中でリフレインした。
「そんな人数を、1人で……?」
父さんが目を丸くしている。僕が対峙していた
蛇は、やはりとてつもない大蛇だったようだ。
「デニス君、……よくあいつを追い返したな」
「運が良かった……だけです」
父さんが何か言いたげにこちらを見る。頭が
落ち着いた今は、自分の行動に父さんが何を思うのか
言葉を聞かずとも読み取れた。また心配をかけて
しまった、と、僕は少し目を伏せた。
「セリカ……オレとデニス君をこんな風にした張本人
だ。そいつが現れたその日からスコイルは変わった。
今までの可愛げある非行から、許し難い馬鹿をする
集団に変貌していったんだ。セリカの指示するまま、
オレ達は立派な最低クソ集団に堕ちていった。誰も、
あの女に逆らえなかったんだ」
重苦しい空気が部屋を包む。ザッカーさんは頭を
抱え、父さんは拳をわなわなと震わせている。僕は
と言うと……正直、ホッとした。ジークさんは自ら
望んで妙な闇を抱えた訳ではなかった。彼は罪悪感
で自らの身を切りながら、膿を出しているのだ。
「昼間の表面上はリサイドによくいるガラの悪い連中
と大差ないが、夜は少し違う。個人を狙った闇討ちや
盗みに入る事もあったみたいだ。街の人が寝静まって
から日が昇るまでにコトを済ませて、日の出とともにただの不良集団に戻る。女の指差しひとつで、いい歳
した男共がぞろぞろと従う、無様な有り様だ」
セリカとジークさんの繋がりはわかった。馬が
ジークさんを警戒するのも、おそらくその集団に
属する罪悪感や後悔、全身にまとわりつく悪事の
残り香に反応していたのだろう。あの日荷台の積荷
に変化がなかったのは、メンバーと連絡を取るため
に街に向かっただけだったからか?
「ジークさん。依頼主、って、なんの事ですか」
ジークさんの表情が明らかに曇った。唇を噛み、
下を向いて絞り出すように声を出す。
「セリカに聞いたのか……リサイドの地主のひとり、
マルトって奴が、セリカを通じてこちらに依頼を
寄越した。直接繋がってるのはセリカと、あとは
マルトのお抱え魔術師だ。その2人が地主とオレら
の中間に立ってる。マルトは将来有望な子供を自分
の屋敷に置くのが趣味らしくてな。……理由までは
聞きたくねぇ。……大抵は街や周辺の孤児が標的だ。
聞き分けのいい子供は良いとして、場合によっちゃ
拒否する者もいる。そんな時、その"調達"に、小銭で
オレらを使う。……街で孤児が消えたのは、そういうことだ」
……繋がった。子供の失踪、依頼主の存在、そして
何より、ジークさんとセリカの訪問。
「…………まさか、エディを……?」
僕の言葉に、父さんがガタリと椅子を倒しながら
立ち上がった。みるみる顔面を蒼白に染め、目を
見開いている。
「そうだ…………オレは、…………エディ君を、売った」
ジークさんの言葉は、セリカの棘以上に僕の
心臓に刺さった。歯車が異物を噛んでしまったが如く
僕の頭は少しの間完全に回転が止まってしまった。
「お前っ!!!」
父さんとザッカーさんが同時にジークさんに
飛びかかりかけた。司祭さんと助祭さんは回復の
手を止め2人を止めにかかる。目が血走った父さんは
今にも殴り掛かりそうな勢いで拳を握りしめていた。
「……弁解の余地は無いです。オレが臆病なせいで」
「お前は!」という父さんのがなり声に、ジークさん
は強く目を閉じ、殴られる覚悟を固めたように
見えた。ギリギリと音を立てて思考の回転を堰き止め
ていた異物が、砕けたのを感じた。
ジークさんが初めてエディの魔法を見たのは
黒い狼の夜。もし仮にそこで才を目にして報告して
いたとしたら、次にセリカと訪問したのは何故だ?
スコイルがどのくらいの規模であるかは分からない
が、リーダーの取り巻きで10人以上、つまり全体で
言えばかなりの数が属しているはず。ならジークさん
の報告後すぐに大勢でエディを攫いに来れば話が
早かったはずなのだ。何故それがなかった?
「父さん。待ってください」
僕はベッドから起き上がりまだ痛む体を押さえ
つけて立ち上がった。「まだ動かないで」という司祭
さんの言葉に頭を下げ、ゆっくりと言った。
「ジークさん。多分、続きがありますよね」
「い、いや、……ここからは言い訳みたいなもんだし」
「話してください。お願いします」
話を聞いてて思った。ジークさんはエディを売った
なんて言い方したけど、多分それは違う。俯き
悔しそうに顔をしかめながら、彼は言った。
「……エディ君の事は、彼が魔法を発現して数日後
には既にリサイドでも噂になってた。村と街を行き
来する人間はオレだけでは無い。誰かしらが
ハディマルの天才魔法使いという話をしたんだと
思う。決定打はデニス君の誕生日にエディ君が街で
起こした小火騒ぎだ。それがあって目立ったんだ
ろうな。既にエディ君を攫う指示は下されてたが、
よりせっつかれるようになった」
そんな時から?思っていた以上に前から、エディは
目をつけられていたことになる。
「タンブルは、オレがハディマルの者だと知ってる。
エディ君を確保するための機会を伺い、連絡係に
任命したんだ。でもオレは、なんでかんで理由を
つけて、今だ、と言うのを躊躇ってた。業を煮やした
タンブルが周りに当たり散らしているのを見て……
セリカが、自分が見に行くと言い始めた」
「それが、仕事の説明をしにうちへ訪問してくれた日
という事ですね。でもあの時はジークさんも……」
「ああ。あいつ1人でボリスさんの家に行かせたら、
どうなるかわかったもんじゃなかった。だから
案内ってていで、オレも同行したんだ」
あの時のセリカの視線。エディをチラチラ見る
目の意味がわかった。そして、僕に向けて言われた
"論外"の意味も。最初から僕のような地味な人間に
興味はなかったんだ。
「ジークさん。あの時あなたは、僕を助けてくれた
んじゃないですか?……今ならわかる。彼女は棘の力
を使う時、目視で狙いをつけていた。仕事説明の日、
僕が彼女に"あなたを初めて見た"と言った時、彼女
は下を、いや、僕の椅子の下を見ていた。僕や母さん
を始末しようとしてたんだ。あなたはそれに気づいて
遮ってくれたんですね」
ジークさんは驚いた顔で僕を見る。
「驚いたな……あいつの言葉を真似る訳じゃないが、
本当によく見てるな、デニス君……」
確信がもてた。僕はやり取りを見ていた父さんに
向かい、落ち着いて言った。
「父さん。ジークさんは、僕たち家族を守ってくれて
たんだ」
「ならどうして、直接それを教えてくれなかった!
知っていれば、わかっていれば色々と手の打ち
ようが……!」
父さんが吠えるのと同時に、ジークさんの目から
零れた涙が頬の包帯を濡らした。歯を食いしばり、
体を強ばらせている。
「それを伝えれば……オレが悪い奴らとつるんでる
話もせざるを得ない。それがバレるのが怖かった
んです。……申し訳ありません……オレが……我が身
可愛さにグズグズするうち、取り返しのつかない
事になってしまった……ごめんなさい……!」
父さんは憑き物が落ちたように握っていた拳を
解いた。前のめりな姿勢は力無く猫背になり、怒り
の表情は困惑へと変わった。
でも、僕にはひとつ疑問が残ってしまった。
セリカは現地調査を終えた後、なぜすぐゴーサイン
を出さなかった?なんなら次の日にでも襲撃は可能
だったはずだ。疑問ではあるが、それを今のジーク
さんに聞くのも気が引ける。一旦は置いておこう。
セリカはスコイルに興味が無くなったと言って
いた。であれば、今日の撤退後その足で決行を
指示しに行くとは考えにくい。希望的観測ながら、
少し猶予はあると思う。
「ジークさん。聞かせてくれて、ありがとうござい
ました。あとは、家族で何とかします。それで
いいよね?父さん」
僕は、これから何をどう備えるべきかをひとつずつ
考え始めた。どの道近いうちに嵐が来る。静けさに
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