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第2章
23・靴は履き慣れた物がいい
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何処までも抜けるような空の下に点々と高い木が
立ち並ぶ。窓から見える庭は綺麗に片付き、風に靡く
花はいくつかの花弁を地面に落とし、鮮やかな差し色
で所々を彩っている。小鳥が忙しなく草の隙間を
つつき回し、何かを咥え飛び立った。
さて、と、僕は椅子から立った。それを見て心配
そうに父さんが言う。
「デニス、……ホントに行くのか?」
母さんは「今更何言ってるの」と、落ち着きのない
父さんの肩を叩いた。エディは不安そうな顔をして
いる。兄が家を出る事に理解と不満を同時に抱え、
飲み込みきれない部分があるようだ。革製の荷物入れ
を担ぎ、空色の短刀を腰に携え、僕は言った。
「うん。ありがとう。……行ってきます」
・
・
・
この日に至る数日前。僕は村で目的地を決める
手掛かりを探していた。この世界に転生し15の
誕生日を迎えたその日から、受動的な生活は一変
した。意識ある短刀ダガーとの出会いにより、かつて
の記憶に巣食う後ろ向きな感情と向き合うため、自分
の足で歩く事を決めた。
きっかけは些細な事だった。ダガーの言動、特性を
知る度に、何となく察した。彼女は人と同じような
思考を持ちながら、自らの意思で動く事も自らの目で
世界を見ることも叶わない。僕はそんな彼女に、自ら
動ける身体を与えたいと思い至った。
彼女は自身の重さを自在に変化させられる特徴を
持つ。僕は何度もその力に助けられた。転生時に言葉
を交わした不思議な事務員さんから「才能は魂に付与
される」と聞いている。ひょっとしたら、これが彼女
の"才能"なのかもしれない。僕の"物体を滑らせる力"
と比べると、とてもシンプルに有用な才能だ。
彼女に身体を与えるにしても、あまりに分からない
事、知るべき事が多い。僕は村の人達を訪ね、なにか
いい情報が無いか探し回る事にしたというわけだ。
今向かっているのは、村の中心付近にある小さな
聖堂。前世の記憶の中にある教会の建物よりかなり
小ぢんまりとしているが、白を基調とした清潔感の
ある外装と屋根の上に据えられた小さな屋根付きの
鐘は、僕もよく知るそれに酷似していた。外壁の所々
に上品に這う蔦の葉が鮮やかなアクセントになって
いる。扉をノックし開けると、蝋燭のほのかな甘い
香りが漂ってきた。
「ごめんください」
主祭と司祭の2人が、こちらを見て微笑んだ。
窓から差し込む光が小聖堂内を柔らかく包んでいた。
「いらっしゃい、デニス君。今日はどうしましたか?」
主祭さんの優しい声が心地よく染み込む。
「また怪我をしましたか?いけませんよ、無茶を
しては」
司祭さんには何度かお世話になってしまった。
セリカやクローケにつけられた怪我は、この人と今は
姿が見えない助祭さんに治療してもらった。司祭さん
は気を使ったのか、僕の頭を軽く撫でて「少し外を
回ってきますね」と席を外した。
無機物である短刀に宿るダガーの意識は、多分魂の
類だと仮説を立てた。人の命や魂、神などの知識は
おそらくこの人達に聞くのが1番だと思ったんだ。
「突然お邪魔してすみません。ちょっとお伺いしたい
事がありまして」
「はい、良いですよ。どうぞ、おかけください」
僕は促されるまま椅子に座る。さて、どう聞くのが
いいのだろうか。この人とダガーは直接会話は
できない。だがこの世界において無機物と言葉が
交わせる例は稀ながら無くはない。ここは素直に
聞くのが良いだろう。
「えと、実はこの短刀、ダガーですが、僕はこれと
会話ができます。彼女にはおそらく、魂のような
モノが宿っていると思います」
「はい、噂は聞き及んでいますよ」
「そこでお聞きしたいのですが、このような"物"に
宿る魂に、身体を与える方法など、心当たりは
ありませんでしょうか?」
主祭さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに元の
柔和な表情に戻る。少し考えた後、彼は言った。
「それは、その剣と約束をしたのですか?」
「はい」
「……そうですか……少し難しいかもしれませんね。
人この世を旅立つ際、身体を土地に預け、魂は神の
お足元に集い、現世で受けた様々な痛みを癒した後、
長い時間をかけて神の一部と成ると言われています」
それは、常々聞いてきた。本来であればその宗教観
に染まる筈だが、僕は何をどう間違ったか前世の記憶
を引き継いだままこの地に産まれてしまった。その為
どうしてもこの価値観をそのまま受け入れる事が
できずにいる。主祭さんは続けた。
「もしその短刀に魂が"縛られて"いるのだとしたら、
本来はそこから解放し、神の元へ送り届けるのが
1番自然で幸福だと思います。残念ながら、私では
お力になれないかもしれません」
なるほど、そういう結論になってしまうのか。
確かに、神官の立場からすればそれが自然な考え方
なのかもしれない。
『こりゃ収穫は無しかのう。やはり人の正道な価値観
では難しいようじゃな』
(そうかもしれませんね……)
僕のやや失望した顔を見て、主祭さんが続ける。
「……これは、神官としての私の言葉ではございません
が……はるか昔、"魂の魔術師"と呼ばれる者がいたと
聞き覚えがあります。なんでも、人の魂を扱う術を
使い、それを弄んだとして、人々から糾弾され姿を
消したとの事です。なにか記録が残っているわけ
ではないので、とても朧気な話ではありますがね」
「え……」
それはかなり有力な情報では。概要だけでは確実
とは言えないが、少なくとも目的のひとつに据える
には十分な手掛かりだ。
「あの、それって……」
「すみません、デニス君。そろそろ神様がお昼寝から
起きる頃です」
神官としてはあまり話題に出したくない類なの
だろう。主祭さんは席を立ち、僕に背を向け神を
象った像に指を組んだ。
「あの、……ありがとうございます」
「はて。私は何も言っていませんからね」
僕は席を立ち、頭を下げてから小聖堂を後にした。
『人間とは面倒臭いもんじゃのう』
小言を言う割には、主祭さんの話を静かに聞いて
いたダガー。呆れたように言う彼女に僕は、
「……次に当たってみましょう」
と言った。花に水をやる司祭さんに会釈をし、次の
目的地に向かった。途中、村のおばさんに呼び止め
られ「旅に出るなら持ってきな!」と庭で採れたと
いう木の実を手渡された。僕はあまり荷物が増やせ
ないので家族で頂きます、と丁寧に感謝を伝えた。
目的地に向かう途中、ジークさんが馬車で通り
掛かる。彼は軽く手を振り、馬を停めた。荷台に
積まれた資材はおそらく、聖堂の隣に建てるという
孤児達の家に使う物だろう。
「おうデニス。なんかいい話聞けたか?」
「ええ、まだ具体的ではないですけど。この後
ちょっと工房に行ってみます」
「そうか。もし旅の不安があればグナエに聞くと良い。
あいつは色々街に慣れてるからな。もし必要なら
連れて来るから、遠慮なく言えよ」
それだけ言うと彼はまた馬車を進めた。彼の背中
に向け「ありがとうございます」と言うと、彼は
振り返らず手で返事した。
工房。生活に使う小さな刃物から大きな武器まで
手広く扱う、フーじいさんが営む鍛冶工房。父さん
が手伝うこの工房の隣は、フーじいさんの住居。
ダガーという刃物について話を聞くのなら、やはり
ここかな、と思った。ちょうど休憩のため父さん
とフーじいさん、あと2人ほど工房から姿を現した。
「おお、デニス。どうした?」
「父さん、お疲れ様。ちょっとフーさんに話を聞き
たくて」
フーじいさんは何も言わずに、顎をくいっと動かし
「話せ」と促した。口数が少なく表情が読み取り難い
が、村長として村の皆から慕われている。
「フーさん。ちょっと見てほしいのですが、こういう
剣って、今まで見た事ありますか?」
『いつぞやは世話になったのう』
ダガーの声が通るフーじいさんは「うむ」と言うと
彼女を手に取り、眺める。角度を変えつつ全体を
見回したあと、最後に鍔に埋め込まれた紫の宝石を
まじまじと見つめダガーを僕の手に戻す。「待っとれ」
と言うと家に入り、程なくして出てくると手にした
地図を広げ、一点を指さした。
「エイシスという小さな村がある。昔、この宝石と
似た物を見たことがある」
短くそれだけ言うと、その地図を僕に差し出して
きた。宝石……確かにダガーの外見の中でも特徴的
な要素。これと似た物が、そこに……?父さんが
横から地図を覗き込み髭を撫でながら言った。
「ああ、人形村のエイシスか。ここだと海を越える
必要があるな。リサイドを超えて港街から船だ。
なんでも、"意志ある人形"を作る職人ギルドがある
ってのは聞いたことがある。見たことは無いがな。
デニス……お前大丈夫か?」
言われてみれば、今世ではまだ海を見た事もない。
自信は無いがせっかくの情報。探らない手はない
だろう。目的地として定めるにはうってつけだ。僕は
父さんに頷くと地図を返しながら言った。
「ありがとうございます!行ってみますね!」
フーじいさんは地図を受け取らず首を横に振った。
「石を積むかふいごを回すかくらいしかすることの
無い老人に、地図は不要だ。持っていけ」
年季の入った羊皮紙の地図。良いのだろうか、
貰ってしまって。僕は父さんに目配せする。
「がっはっは。貰えるものは貰っておけ。ありがと
な、じいさん」
『ほほう、候補が出てきたのう。感謝するぞ、フー』
僕がお礼を言うと、フーじいさんは小さく頷いた。
「デニス!工房にある1番でかい剣持ってくか!?
身体全体を覆える盾もあるぞ!どうだ!?」
「ありがとう、父さん。でもたぶん、僕には使い
こなせないから、遠慮しとくね」
父さんの申し出を断り僕は一旦家に帰る事にした。
「人形村のエイシス……ダガー、聞いた事あります
か?」
『うーむ、分からんのう。じゃが意志ある人形という
のは興味深い。ひょっとしたらワシと類似する何か
なのかもしれんのう』
ただ漠然としていた旅の始まりに、一筋の細い
光が見えた。収穫としては十分だ。気づけば僕は手に
した地図を強く握り、小走りで家路を急いでいた。
するりと心地よく抜ける追い風は心なしか僕の
足取りを軽くした。
・
・
・
「デニス、ほんとにいいのか?良い鎧とか、頑丈な
ブーツとか……ああ、ガントレットもあるぞ!そこら
の魔物になら噛まれても屁でもねぇやつが!」
その日の夜、父さんは盛り上がっていた。でも僕は
あまり荷物を増やさない意志を伝えた。身一つで
どうにかなるとは思っていない。でもそれらは、僕
自身が必要と感じた時に自分で揃えるべきだと
思ったんだ。夕食後に頂いた木の実を食べつつ、
僕は言った。
「明日村の皆に挨拶して明後日の朝、発つ事にしたよ。
必要な物も殆ど揃えた。……父さん、母さん、それに
エディ。しばらく家から離れるけど、心配せずに
帰りを待ってて」
急に父さんが顔を青くする。
「明後日……!?え、いや、もっと色々準備とか……
あああ!ほら!あれだ!外套もあるぞ!カッコイイ
やつ!丈を詰めればお前にも……!」
『急に狼狽えおって。この前の威勢はどうしたんじゃ』
わかるよ。確かにここは僕の居場所だ。でも、いつ
までも全肯定の揺籃で寛いでいてはいけないんだ。
僕はここで育って良かった。まだ完全ではないと思う
けど、前世での自己否定を越える量の肯定を貰えた。
なら、ここからは一歩ずつ自分で歩いて行くべき
なんだ。未熟な僕では心配をかけてしまうのも
わかっている。だからこそ、旅立ちの日は自分で
決めなくてはいけない。その程度の事を自分で
定められないようでは、両親が安心して送り出す事
なんてできっこない。
「……ありがとう、……」
僕はどうしても照れくさくて、加えたかった
愛してるよ、の一言が口に出せなかった。
・
・
・
そして、旅立ちの日。着慣れた服装にいつもと
変わらぬ靴。皮袋に収めた最低限の荷物と、腰に
携えたダガー。母さんの渡してくれた軽食を詰め、
家族全員を強く抱擁してから僕は玄関をくぐった。
庭の外に人が集まっていた。馬に乗ったジークさん
を筆頭に、村の人々が見送りに来てくれたのだ。
「毎度。お運びはリサイドまでで?」
ザッカーさんの雰囲気を真似るジークさん。
僕は周りじゅうを明るい笑顔に包まれ、言った。
「……はい!お願いします!」
立ち並ぶ。窓から見える庭は綺麗に片付き、風に靡く
花はいくつかの花弁を地面に落とし、鮮やかな差し色
で所々を彩っている。小鳥が忙しなく草の隙間を
つつき回し、何かを咥え飛び立った。
さて、と、僕は椅子から立った。それを見て心配
そうに父さんが言う。
「デニス、……ホントに行くのか?」
母さんは「今更何言ってるの」と、落ち着きのない
父さんの肩を叩いた。エディは不安そうな顔をして
いる。兄が家を出る事に理解と不満を同時に抱え、
飲み込みきれない部分があるようだ。革製の荷物入れ
を担ぎ、空色の短刀を腰に携え、僕は言った。
「うん。ありがとう。……行ってきます」
・
・
・
この日に至る数日前。僕は村で目的地を決める
手掛かりを探していた。この世界に転生し15の
誕生日を迎えたその日から、受動的な生活は一変
した。意識ある短刀ダガーとの出会いにより、かつて
の記憶に巣食う後ろ向きな感情と向き合うため、自分
の足で歩く事を決めた。
きっかけは些細な事だった。ダガーの言動、特性を
知る度に、何となく察した。彼女は人と同じような
思考を持ちながら、自らの意思で動く事も自らの目で
世界を見ることも叶わない。僕はそんな彼女に、自ら
動ける身体を与えたいと思い至った。
彼女は自身の重さを自在に変化させられる特徴を
持つ。僕は何度もその力に助けられた。転生時に言葉
を交わした不思議な事務員さんから「才能は魂に付与
される」と聞いている。ひょっとしたら、これが彼女
の"才能"なのかもしれない。僕の"物体を滑らせる力"
と比べると、とてもシンプルに有用な才能だ。
彼女に身体を与えるにしても、あまりに分からない
事、知るべき事が多い。僕は村の人達を訪ね、なにか
いい情報が無いか探し回る事にしたというわけだ。
今向かっているのは、村の中心付近にある小さな
聖堂。前世の記憶の中にある教会の建物よりかなり
小ぢんまりとしているが、白を基調とした清潔感の
ある外装と屋根の上に据えられた小さな屋根付きの
鐘は、僕もよく知るそれに酷似していた。外壁の所々
に上品に這う蔦の葉が鮮やかなアクセントになって
いる。扉をノックし開けると、蝋燭のほのかな甘い
香りが漂ってきた。
「ごめんください」
主祭と司祭の2人が、こちらを見て微笑んだ。
窓から差し込む光が小聖堂内を柔らかく包んでいた。
「いらっしゃい、デニス君。今日はどうしましたか?」
主祭さんの優しい声が心地よく染み込む。
「また怪我をしましたか?いけませんよ、無茶を
しては」
司祭さんには何度かお世話になってしまった。
セリカやクローケにつけられた怪我は、この人と今は
姿が見えない助祭さんに治療してもらった。司祭さん
は気を使ったのか、僕の頭を軽く撫でて「少し外を
回ってきますね」と席を外した。
無機物である短刀に宿るダガーの意識は、多分魂の
類だと仮説を立てた。人の命や魂、神などの知識は
おそらくこの人達に聞くのが1番だと思ったんだ。
「突然お邪魔してすみません。ちょっとお伺いしたい
事がありまして」
「はい、良いですよ。どうぞ、おかけください」
僕は促されるまま椅子に座る。さて、どう聞くのが
いいのだろうか。この人とダガーは直接会話は
できない。だがこの世界において無機物と言葉が
交わせる例は稀ながら無くはない。ここは素直に
聞くのが良いだろう。
「えと、実はこの短刀、ダガーですが、僕はこれと
会話ができます。彼女にはおそらく、魂のような
モノが宿っていると思います」
「はい、噂は聞き及んでいますよ」
「そこでお聞きしたいのですが、このような"物"に
宿る魂に、身体を与える方法など、心当たりは
ありませんでしょうか?」
主祭さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに元の
柔和な表情に戻る。少し考えた後、彼は言った。
「それは、その剣と約束をしたのですか?」
「はい」
「……そうですか……少し難しいかもしれませんね。
人この世を旅立つ際、身体を土地に預け、魂は神の
お足元に集い、現世で受けた様々な痛みを癒した後、
長い時間をかけて神の一部と成ると言われています」
それは、常々聞いてきた。本来であればその宗教観
に染まる筈だが、僕は何をどう間違ったか前世の記憶
を引き継いだままこの地に産まれてしまった。その為
どうしてもこの価値観をそのまま受け入れる事が
できずにいる。主祭さんは続けた。
「もしその短刀に魂が"縛られて"いるのだとしたら、
本来はそこから解放し、神の元へ送り届けるのが
1番自然で幸福だと思います。残念ながら、私では
お力になれないかもしれません」
なるほど、そういう結論になってしまうのか。
確かに、神官の立場からすればそれが自然な考え方
なのかもしれない。
『こりゃ収穫は無しかのう。やはり人の正道な価値観
では難しいようじゃな』
(そうかもしれませんね……)
僕のやや失望した顔を見て、主祭さんが続ける。
「……これは、神官としての私の言葉ではございません
が……はるか昔、"魂の魔術師"と呼ばれる者がいたと
聞き覚えがあります。なんでも、人の魂を扱う術を
使い、それを弄んだとして、人々から糾弾され姿を
消したとの事です。なにか記録が残っているわけ
ではないので、とても朧気な話ではありますがね」
「え……」
それはかなり有力な情報では。概要だけでは確実
とは言えないが、少なくとも目的のひとつに据える
には十分な手掛かりだ。
「あの、それって……」
「すみません、デニス君。そろそろ神様がお昼寝から
起きる頃です」
神官としてはあまり話題に出したくない類なの
だろう。主祭さんは席を立ち、僕に背を向け神を
象った像に指を組んだ。
「あの、……ありがとうございます」
「はて。私は何も言っていませんからね」
僕は席を立ち、頭を下げてから小聖堂を後にした。
『人間とは面倒臭いもんじゃのう』
小言を言う割には、主祭さんの話を静かに聞いて
いたダガー。呆れたように言う彼女に僕は、
「……次に当たってみましょう」
と言った。花に水をやる司祭さんに会釈をし、次の
目的地に向かった。途中、村のおばさんに呼び止め
られ「旅に出るなら持ってきな!」と庭で採れたと
いう木の実を手渡された。僕はあまり荷物が増やせ
ないので家族で頂きます、と丁寧に感謝を伝えた。
目的地に向かう途中、ジークさんが馬車で通り
掛かる。彼は軽く手を振り、馬を停めた。荷台に
積まれた資材はおそらく、聖堂の隣に建てるという
孤児達の家に使う物だろう。
「おうデニス。なんかいい話聞けたか?」
「ええ、まだ具体的ではないですけど。この後
ちょっと工房に行ってみます」
「そうか。もし旅の不安があればグナエに聞くと良い。
あいつは色々街に慣れてるからな。もし必要なら
連れて来るから、遠慮なく言えよ」
それだけ言うと彼はまた馬車を進めた。彼の背中
に向け「ありがとうございます」と言うと、彼は
振り返らず手で返事した。
工房。生活に使う小さな刃物から大きな武器まで
手広く扱う、フーじいさんが営む鍛冶工房。父さん
が手伝うこの工房の隣は、フーじいさんの住居。
ダガーという刃物について話を聞くのなら、やはり
ここかな、と思った。ちょうど休憩のため父さん
とフーじいさん、あと2人ほど工房から姿を現した。
「おお、デニス。どうした?」
「父さん、お疲れ様。ちょっとフーさんに話を聞き
たくて」
フーじいさんは何も言わずに、顎をくいっと動かし
「話せ」と促した。口数が少なく表情が読み取り難い
が、村長として村の皆から慕われている。
「フーさん。ちょっと見てほしいのですが、こういう
剣って、今まで見た事ありますか?」
『いつぞやは世話になったのう』
ダガーの声が通るフーじいさんは「うむ」と言うと
彼女を手に取り、眺める。角度を変えつつ全体を
見回したあと、最後に鍔に埋め込まれた紫の宝石を
まじまじと見つめダガーを僕の手に戻す。「待っとれ」
と言うと家に入り、程なくして出てくると手にした
地図を広げ、一点を指さした。
「エイシスという小さな村がある。昔、この宝石と
似た物を見たことがある」
短くそれだけ言うと、その地図を僕に差し出して
きた。宝石……確かにダガーの外見の中でも特徴的
な要素。これと似た物が、そこに……?父さんが
横から地図を覗き込み髭を撫でながら言った。
「ああ、人形村のエイシスか。ここだと海を越える
必要があるな。リサイドを超えて港街から船だ。
なんでも、"意志ある人形"を作る職人ギルドがある
ってのは聞いたことがある。見たことは無いがな。
デニス……お前大丈夫か?」
言われてみれば、今世ではまだ海を見た事もない。
自信は無いがせっかくの情報。探らない手はない
だろう。目的地として定めるにはうってつけだ。僕は
父さんに頷くと地図を返しながら言った。
「ありがとうございます!行ってみますね!」
フーじいさんは地図を受け取らず首を横に振った。
「石を積むかふいごを回すかくらいしかすることの
無い老人に、地図は不要だ。持っていけ」
年季の入った羊皮紙の地図。良いのだろうか、
貰ってしまって。僕は父さんに目配せする。
「がっはっは。貰えるものは貰っておけ。ありがと
な、じいさん」
『ほほう、候補が出てきたのう。感謝するぞ、フー』
僕がお礼を言うと、フーじいさんは小さく頷いた。
「デニス!工房にある1番でかい剣持ってくか!?
身体全体を覆える盾もあるぞ!どうだ!?」
「ありがとう、父さん。でもたぶん、僕には使い
こなせないから、遠慮しとくね」
父さんの申し出を断り僕は一旦家に帰る事にした。
「人形村のエイシス……ダガー、聞いた事あります
か?」
『うーむ、分からんのう。じゃが意志ある人形という
のは興味深い。ひょっとしたらワシと類似する何か
なのかもしれんのう』
ただ漠然としていた旅の始まりに、一筋の細い
光が見えた。収穫としては十分だ。気づけば僕は手に
した地図を強く握り、小走りで家路を急いでいた。
するりと心地よく抜ける追い風は心なしか僕の
足取りを軽くした。
・
・
・
「デニス、ほんとにいいのか?良い鎧とか、頑丈な
ブーツとか……ああ、ガントレットもあるぞ!そこら
の魔物になら噛まれても屁でもねぇやつが!」
その日の夜、父さんは盛り上がっていた。でも僕は
あまり荷物を増やさない意志を伝えた。身一つで
どうにかなるとは思っていない。でもそれらは、僕
自身が必要と感じた時に自分で揃えるべきだと
思ったんだ。夕食後に頂いた木の実を食べつつ、
僕は言った。
「明日村の皆に挨拶して明後日の朝、発つ事にしたよ。
必要な物も殆ど揃えた。……父さん、母さん、それに
エディ。しばらく家から離れるけど、心配せずに
帰りを待ってて」
急に父さんが顔を青くする。
「明後日……!?え、いや、もっと色々準備とか……
あああ!ほら!あれだ!外套もあるぞ!カッコイイ
やつ!丈を詰めればお前にも……!」
『急に狼狽えおって。この前の威勢はどうしたんじゃ』
わかるよ。確かにここは僕の居場所だ。でも、いつ
までも全肯定の揺籃で寛いでいてはいけないんだ。
僕はここで育って良かった。まだ完全ではないと思う
けど、前世での自己否定を越える量の肯定を貰えた。
なら、ここからは一歩ずつ自分で歩いて行くべき
なんだ。未熟な僕では心配をかけてしまうのも
わかっている。だからこそ、旅立ちの日は自分で
決めなくてはいけない。その程度の事を自分で
定められないようでは、両親が安心して送り出す事
なんてできっこない。
「……ありがとう、……」
僕はどうしても照れくさくて、加えたかった
愛してるよ、の一言が口に出せなかった。
・
・
・
そして、旅立ちの日。着慣れた服装にいつもと
変わらぬ靴。皮袋に収めた最低限の荷物と、腰に
携えたダガー。母さんの渡してくれた軽食を詰め、
家族全員を強く抱擁してから僕は玄関をくぐった。
庭の外に人が集まっていた。馬に乗ったジークさん
を筆頭に、村の人々が見送りに来てくれたのだ。
「毎度。お運びはリサイドまでで?」
ザッカーさんの雰囲気を真似るジークさん。
僕は周りじゅうを明るい笑顔に包まれ、言った。
「……はい!お願いします!」
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その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
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