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第3章
66・抉り出す
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カラカラカラカラ……と、何かが空回る音が響く。
焼けた油のような匂いが漂い、痙攣するように
ノーテの上半身が腕を振る。オレンジ色だった夕日は
既に血のような赤に染まっており、僕らにベッタリ
とその色を染み込ませていた。
やがてそれは動くのをやめ、ぐったりと身体を
地に伏した。僕は人形に刺さったダガーを引き
抜こうと持ち手に触れる。『念の為まだ抜くな』と
彼女が言った。
僕はルアさんやカイルに目を向ける。2人とも
怪我はあれど生きてはいる。空回りの音に混じって、
フィガロの方から鈍い音が響いてきた。
「……いい加減、代わりたまえ」
顔面全域が腫れ上がっているコミィ。両手とも
ボロボロに擦りむけたフィガロ。僕らがノーテと
対峙している間に、一体、何発の尋問を加えたのか。
ボタボタと足元に散る両者の血液。
「君を守る為の人格が、君のせいで死ぬぞ」
強烈な言葉を浴びせるフィガロ。工房の中で見た
彼とは、別人のように暴力的だ。またひとつ殴られ
たコミィはガクリと下を向き、それからゆっくりと
顔を持ち上げた。
「……善良なる人間をガシガシ殴って……
容赦が無いを通り越して、人の心が無いな」
コミィの顔が、変わった。いや、顔自体は変わって
はいない。纏う表情のみが、先程までの狩人の
それに変わっていた。憎々しそうに僕らを睨み、
歯をやや剥き出している。その顔面に、フィガロの
容赦ない頭突きが追加で打ち込まれた。
「……何事においても正しい答えを抉り出すのが、私の
存在価値であり、矜恃だからね」
額からぽたぽたと血を垂らす2人の男。えげつない
一方的な暴力に、目を逸らしたくなる。
「私が分からないのは、主人格である君の真意だ。
コミィ。君は私の前で"そうなる"事を、意図的に
避けていたであろう?」
それは僕らの前でも同じだ。そして多分、アウロラ
の前でも。……いや、もし本当に、僕の考えた通り
なら、他の誰よりもアウロラの前で主人格に替わる
のは避けたはずだ。狩人状態のコミィは、少々
一般人には刺激が強すぎる。
「……フィガロ。お前、随分と"他人事"みたいに
話すんだな」
「?なんの事かね」
「約束を真っ先に破ったのは、お前だろ」
コミィの言葉に、フィガロがピクリと反応する。
夕日を反射し、真っ赤に光るコミィの目が、真っ直ぐ
フィガロに向けられる。……ここから先は、余所者が
介入できない領域なのだと、直感した。
「ボクらの同世代は、ボクら4人しかいなかった。
だから自ずと、4人の輪こそが世界の中心で、唯一
なんでも許される関係だと思ってた。……お前も、
そうだっただろ」
少し俯き頭を搔くフィガロ。小さく「異論は無い」
と応える。
「手先が器用なビュートは、国民の生活に必要な
日用品を作り、家を建てよう。頭の良いフィガロは、
国を外敵から護る作戦を立てる参謀だ。そして、
ボクは……」
「……外敵を討ち、食料を得る狩人、だったかね」
今まで抑圧されていたコミィの語気が強くなる。
「そうだ!」と叫び、口から飛び散る血も気にせず、
言葉を続けた。
「3人でアウロラを護り、4人の国を創る。確かに
ガキの飯事だ。それは否定しようがない。だが!
それでも、ボクらはそれを、幼いながらに
誓い合った!少なくとも、ボクとビュートは!
それをずっと心に秘めていた!」
フィガロは完全に俯いた。その約束に、どれだけ
大きな意味があったのか。それは外部からでは
分からない。しかし、幼馴染み達が、日々隠れ家で
木製コップの盃を交わし、そんな内々の未来を語る
少年時代を想像すると……胸が締め付けられた。
「私は……」
言い淀むフィガロ。早熟な頭脳であったが故に、
いち早く、その描いた未来を、現実で塗り潰して
しまったのだろう。男3人で立てていた"作戦"の
舞台から、自ら降りてしまった、と。フィガロ自身
の口から出た、"身を退いた"の言葉が、少しだけ
色を変えていた。
「アウロラの病気がわかってから、ボクもビュートも
どうにかできないか、何ができるのか、ずっと
話し合ってきた!でも、お前はその場に居なかった!
場に立ってすらいなかったんだよ!フィガロ!」
フィガロの握った手から、ぽたりと血が落ちる。
「ボクがアウロラに自分の役割を披露した時、彼女は
完全に怯えていた。青ざめたんだ、僕の顔を見て。
だから……アウロラを幸せにできるのは、ビュート
しかいないと、その時悟った。ボクの頭では、彼女の
幸せを願う為に、自分を殺す事しか出来なかった。
……お前に助けてほしかったよ。どうしたら、また、
彼女が再びボクに笑顔を向けてくるのか。……相談、
したかったんだよ……!」
「……私は、"興味がない"、と、言ったっけな」
それは……あまりに残酷だ。一方ではアウロラを
想う2人の熱量にあてられ、舞台をおりた男。
もう一方では、自らの首が嵌った断頭台のロープを
持った男。その手を離す前に、ただ少しの間、支えて
欲しかっただけなのに。
小さなすれ違いが時を経て、修復不能な溝を
掘ってしまった。そういうことなのだろう。
「周りに見せる顔を変えた後も、ボクはビュートと
だけは本心で話をしてきた。彼が必要だと言う
モノはボクが集め、彼が創造する。突然ボクが消えて
も誰も気にしなくなって、やりやすくなったよ。
調達する者と、作る者。ボクらは、何も変わって
いなかったんだ。……お前を除いては」
抉り出されたのは、果たしてコミィか、それとも、
フィガロか。僕には、判断できそうもなかった。
「……わかったかよ、フィガロ」
突然、後ろで声がした。倒れていた筈のビュートが
落ちたナイフを手に取り、脇腹を抑えて立っている。
沈黙していたノーテも、ビキビキと音を立てて、
腕で上半身を持ち上げようとしている。
『デニス!こやつ、まだ……!』
ブチン、と鳴り、束になった綱や細かい部品を
撒き散らして、ノーテの上半身が、下半身と分離
した。先程ヒビ割れた顔面、その残っていた左目の
膨らみも剥離し、漆黒の眼が浮かび上がる。腕だけ
で立ち上がる異形の人形。ビュートはそれの頭を、
優しく撫でた。
「お前が!オレらの国を壊したんだ!!」
反応が遅れた。ビュートの投げたナイフが、
フィガロに向かって飛ぶ。ノーテも腕で走り出し、
ありえない速度で迫ってくる。満身創痍の身体を
無理やり動かし、僅かな時間で考える。どうする、
どっちを止める……!
その時、目眩を覚えた。昨日から無理をしていた
身体、肩の失血、能力の連続使用……理由は判別
できないが、上手く体と頭が動かない。ビュートの
ナイフとノーテの身体が、僕の横を通過した。
ガヅンッと、嫌な音がした。思わず目を瞑って
しまう。自分の背後、括り付けられたコミィや
フィガロ、そこで何が起きたのか。振り返るのに
一瞬の躊躇をした。
しかし、今の音は、明らかにナイフの殺傷音
ではない。恐る恐る目を開きつつ振り返ると、
そこには……
フィガロの前で身体を盾にし、胸をナイフで
穿たれた、ノーテの姿があった。
「………………あ?」
ナイフを投げた本人、ビュートの口から、語彙力
の全てが抜け落ちた声が零れ落ちた。陶器の粉を
散らしながら、力なく崩れ落ちるノーテ。
「……あ……あ……あぁ」
今まで上半身のみで這い回っていた記戒躯。だが、
電源が落ちたかのように、完全に沈黙する。繰り糸を
纏めて絶たれた人形は、各間接をおかしな方向に曲げ
地面にくずおれている。
よろよろとノーテに近づくビュートを、フィガロ
とコミィは黙って見つめていた。
誰が悪い、とも断定しづらい。4人とも各々、
悪意があった訳ではない。傍から見れば、レイゼー
工房に侵入し、フリージアスに手を上げたビュートは
悪く映る。だが、それを言ってしまえば、みんな
少しずつ、ボタンをかけ違えていたんだ。
コミィは自分の才能が他者に与える影響が見えて
いなかった。アウロラは仲間の能力に怯え、その後の
変化を良いものと錯覚してしまった。ビュートは
護るべき者の護り方を間違え、フィガロは、2人の
男を思い、譲るという名目で、背を向けてしまった。
倒れたノーテを見下ろすビュート。その目から
落ちた雫が、ノーテの空虚な目の横に落ち、彼女の
頬を伝った。
・
・
・
小聖堂の司祭は、日が暮れてから訪れた、室内に
収まりきらない数の怪我人達に目を丸くしていた。
ルアさん、カイル、コミィ、フィガロ、ビュート、
ライカンスロープ6人、そして、僕。皆、大小傷を
負い互いの肩を貸しあって、ここに来た。
流石にひとりでは手が回らないと、治療の使える
者を数名呼び、手伝いをさせていた。最初、臨時の
お手伝いさんは人狼の姿に竦んでいたが、彼らも
人の言葉が話せる事に気づき、事前に司祭と会って
いたクンシハンマスとのやり取りを見ているうち、
次第に肩の力が抜けてきたようだった。
普段あまり怪我をしないであろうビュートは
回復時の治癒痛に呻き、フィガロは白目を剥いて
気絶していた。コミィは特に顔面を執拗に攻められ、
別人のように頬が腫れていたが、声1つ上げずに
治療を受けていた。
人狼達は、顔を怪我した2人と、矢の雨で全身を
貫かれた者だけ祝福の光を浴び、他の者は自然に
治るのを待つと言って遠慮をみせていた。
カイルは怪我の数自体はかなり多かったはず。
にも関わらず、やはりあまり深刻なダメージを
受けていないように見えた。治してもらいながら、
笑顔で治療者と会話をしている。ルアさんは……
怪我をしている姿を見るのは、これが初めて
かもしれない。そうそうあることではないのだろう、
多少眉間に皺を寄せ、目を固く閉じていた。
僕は……右肩の大きな重症、その他、全身に
ごく軽微な擦り傷。あとは、空中散歩の末に着地で
ついた、膝の打撲。小聖堂に向かおうと話が決まった
際、歩けない程の足の痛みに気づいた。あの目眩は
平衡感覚の問題でなく、単純に足腰が限界だった
らしい。
多分、肩に直接木が生えたら、きっとこんな痛み
なのだろう。肉の隙間に根を伸ばされ、割り進まれる
ような。痺れを含んだ痛みの枝分かれが、肩を中心に
広範囲に広がっている。治癒により、根を張っていた
樹木が無理やり引き抜かれる感覚を覚える。多分、
途中何度か気絶を繰り返していた。
結局、ノーテの残骸は、一旦洞穴の隠れ家に保管
する事にしたらしい。禁忌に触れた事について、
彼らは彼らで、1度顔を付き合わせて話し合う
そうだ。コミィの副人格は拒否反応を示しそうだが、
それも時間をかけて言葉を交わすしかない。
作成中の記戒躯持ち出しや、3人の男の拗れきった
アウロラへの思いなど、落とし所の定まらない
モノはまだ残っている。だが、何より、今日は
もう、疲れた。
長い1日を終え、各々帰路に着く。各自の目には
昨日とは少しだけ違った色が点っていた。僕達は
一旦工房を目指す。「まだ治りきっていませんからね」
という、司祭の言葉を受け、まだ明日も続くであろう
治癒の激痛を想像しながら。
「人は……殴るものではないな」
フィガロがそんな事をポツリと呟いた。彼の裂傷は
塞がったが、傷跡はまだ指と額に残っている。
「んなの、あたりめぇだろ」
ルアさんの言葉が聞こえたのか聞こえないのか、
フィガロはすっかり暗く沈んだ空を見上げて言った。
「……手が痛くて仕方ない」
結局のところは、それだ。何かを貫くため、何かに
拳を振るえば、同じだけ自分も痛みを伴う。自分を
通す為には、それ相応の怪我を覚悟しなくては
いけない。互いの思うところを擦り合わせるにしても
その摩擦は必ず自分にも影響を及ぼす。
今回、それぞれが抉り出された事に関して、僕は
何か口を挟むことはできない。その代わり、僕自身も
学びを得た。人形村で得た知識は、決して無駄では
ない。ただし、それをそのままダガーに適用する
のは、一旦保留にした方がいい。
記戒躯の源流に遡れば、やはり魂の魔術師がいた。
であれば、その足跡を辿るのが1番建設的だろう。
ダガーの紫魂石も、もしかしたらその古代の人物が
何らかの形で関与しているかもしれない。
エイシスのあと、シンガへと進路を取る事は、
ザバンで既に約束している。そこで、何を知り、
何を得られるか。少なくとも、魂の在り方や石の
性質を知った今なら、色々と学べる事があるはずだ。
「……もう少し、待たせちゃうかもしれませんね」
『かかか。そんな簡単にはいかんじゃろ。焦らず、
納得いく道を探すのも良かろう。なんせワシには、
時間があるからのう』
「僕がおじいちゃんになるまでには、見つけたい
ですね」
『たわけ。そこまでは待ってやらんぞ』
未消化なモノは、今夜は棚に置いておこう。
ただただ、誰も欠けずに済んで、良かった。
レイゼー工房の窓から、灯りが小さく揺れていた。
焼けた油のような匂いが漂い、痙攣するように
ノーテの上半身が腕を振る。オレンジ色だった夕日は
既に血のような赤に染まっており、僕らにベッタリ
とその色を染み込ませていた。
やがてそれは動くのをやめ、ぐったりと身体を
地に伏した。僕は人形に刺さったダガーを引き
抜こうと持ち手に触れる。『念の為まだ抜くな』と
彼女が言った。
僕はルアさんやカイルに目を向ける。2人とも
怪我はあれど生きてはいる。空回りの音に混じって、
フィガロの方から鈍い音が響いてきた。
「……いい加減、代わりたまえ」
顔面全域が腫れ上がっているコミィ。両手とも
ボロボロに擦りむけたフィガロ。僕らがノーテと
対峙している間に、一体、何発の尋問を加えたのか。
ボタボタと足元に散る両者の血液。
「君を守る為の人格が、君のせいで死ぬぞ」
強烈な言葉を浴びせるフィガロ。工房の中で見た
彼とは、別人のように暴力的だ。またひとつ殴られ
たコミィはガクリと下を向き、それからゆっくりと
顔を持ち上げた。
「……善良なる人間をガシガシ殴って……
容赦が無いを通り越して、人の心が無いな」
コミィの顔が、変わった。いや、顔自体は変わって
はいない。纏う表情のみが、先程までの狩人の
それに変わっていた。憎々しそうに僕らを睨み、
歯をやや剥き出している。その顔面に、フィガロの
容赦ない頭突きが追加で打ち込まれた。
「……何事においても正しい答えを抉り出すのが、私の
存在価値であり、矜恃だからね」
額からぽたぽたと血を垂らす2人の男。えげつない
一方的な暴力に、目を逸らしたくなる。
「私が分からないのは、主人格である君の真意だ。
コミィ。君は私の前で"そうなる"事を、意図的に
避けていたであろう?」
それは僕らの前でも同じだ。そして多分、アウロラ
の前でも。……いや、もし本当に、僕の考えた通り
なら、他の誰よりもアウロラの前で主人格に替わる
のは避けたはずだ。狩人状態のコミィは、少々
一般人には刺激が強すぎる。
「……フィガロ。お前、随分と"他人事"みたいに
話すんだな」
「?なんの事かね」
「約束を真っ先に破ったのは、お前だろ」
コミィの言葉に、フィガロがピクリと反応する。
夕日を反射し、真っ赤に光るコミィの目が、真っ直ぐ
フィガロに向けられる。……ここから先は、余所者が
介入できない領域なのだと、直感した。
「ボクらの同世代は、ボクら4人しかいなかった。
だから自ずと、4人の輪こそが世界の中心で、唯一
なんでも許される関係だと思ってた。……お前も、
そうだっただろ」
少し俯き頭を搔くフィガロ。小さく「異論は無い」
と応える。
「手先が器用なビュートは、国民の生活に必要な
日用品を作り、家を建てよう。頭の良いフィガロは、
国を外敵から護る作戦を立てる参謀だ。そして、
ボクは……」
「……外敵を討ち、食料を得る狩人、だったかね」
今まで抑圧されていたコミィの語気が強くなる。
「そうだ!」と叫び、口から飛び散る血も気にせず、
言葉を続けた。
「3人でアウロラを護り、4人の国を創る。確かに
ガキの飯事だ。それは否定しようがない。だが!
それでも、ボクらはそれを、幼いながらに
誓い合った!少なくとも、ボクとビュートは!
それをずっと心に秘めていた!」
フィガロは完全に俯いた。その約束に、どれだけ
大きな意味があったのか。それは外部からでは
分からない。しかし、幼馴染み達が、日々隠れ家で
木製コップの盃を交わし、そんな内々の未来を語る
少年時代を想像すると……胸が締め付けられた。
「私は……」
言い淀むフィガロ。早熟な頭脳であったが故に、
いち早く、その描いた未来を、現実で塗り潰して
しまったのだろう。男3人で立てていた"作戦"の
舞台から、自ら降りてしまった、と。フィガロ自身
の口から出た、"身を退いた"の言葉が、少しだけ
色を変えていた。
「アウロラの病気がわかってから、ボクもビュートも
どうにかできないか、何ができるのか、ずっと
話し合ってきた!でも、お前はその場に居なかった!
場に立ってすらいなかったんだよ!フィガロ!」
フィガロの握った手から、ぽたりと血が落ちる。
「ボクがアウロラに自分の役割を披露した時、彼女は
完全に怯えていた。青ざめたんだ、僕の顔を見て。
だから……アウロラを幸せにできるのは、ビュート
しかいないと、その時悟った。ボクの頭では、彼女の
幸せを願う為に、自分を殺す事しか出来なかった。
……お前に助けてほしかったよ。どうしたら、また、
彼女が再びボクに笑顔を向けてくるのか。……相談、
したかったんだよ……!」
「……私は、"興味がない"、と、言ったっけな」
それは……あまりに残酷だ。一方ではアウロラを
想う2人の熱量にあてられ、舞台をおりた男。
もう一方では、自らの首が嵌った断頭台のロープを
持った男。その手を離す前に、ただ少しの間、支えて
欲しかっただけなのに。
小さなすれ違いが時を経て、修復不能な溝を
掘ってしまった。そういうことなのだろう。
「周りに見せる顔を変えた後も、ボクはビュートと
だけは本心で話をしてきた。彼が必要だと言う
モノはボクが集め、彼が創造する。突然ボクが消えて
も誰も気にしなくなって、やりやすくなったよ。
調達する者と、作る者。ボクらは、何も変わって
いなかったんだ。……お前を除いては」
抉り出されたのは、果たしてコミィか、それとも、
フィガロか。僕には、判断できそうもなかった。
「……わかったかよ、フィガロ」
突然、後ろで声がした。倒れていた筈のビュートが
落ちたナイフを手に取り、脇腹を抑えて立っている。
沈黙していたノーテも、ビキビキと音を立てて、
腕で上半身を持ち上げようとしている。
『デニス!こやつ、まだ……!』
ブチン、と鳴り、束になった綱や細かい部品を
撒き散らして、ノーテの上半身が、下半身と分離
した。先程ヒビ割れた顔面、その残っていた左目の
膨らみも剥離し、漆黒の眼が浮かび上がる。腕だけ
で立ち上がる異形の人形。ビュートはそれの頭を、
優しく撫でた。
「お前が!オレらの国を壊したんだ!!」
反応が遅れた。ビュートの投げたナイフが、
フィガロに向かって飛ぶ。ノーテも腕で走り出し、
ありえない速度で迫ってくる。満身創痍の身体を
無理やり動かし、僅かな時間で考える。どうする、
どっちを止める……!
その時、目眩を覚えた。昨日から無理をしていた
身体、肩の失血、能力の連続使用……理由は判別
できないが、上手く体と頭が動かない。ビュートの
ナイフとノーテの身体が、僕の横を通過した。
ガヅンッと、嫌な音がした。思わず目を瞑って
しまう。自分の背後、括り付けられたコミィや
フィガロ、そこで何が起きたのか。振り返るのに
一瞬の躊躇をした。
しかし、今の音は、明らかにナイフの殺傷音
ではない。恐る恐る目を開きつつ振り返ると、
そこには……
フィガロの前で身体を盾にし、胸をナイフで
穿たれた、ノーテの姿があった。
「………………あ?」
ナイフを投げた本人、ビュートの口から、語彙力
の全てが抜け落ちた声が零れ落ちた。陶器の粉を
散らしながら、力なく崩れ落ちるノーテ。
「……あ……あ……あぁ」
今まで上半身のみで這い回っていた記戒躯。だが、
電源が落ちたかのように、完全に沈黙する。繰り糸を
纏めて絶たれた人形は、各間接をおかしな方向に曲げ
地面にくずおれている。
よろよろとノーテに近づくビュートを、フィガロ
とコミィは黙って見つめていた。
誰が悪い、とも断定しづらい。4人とも各々、
悪意があった訳ではない。傍から見れば、レイゼー
工房に侵入し、フリージアスに手を上げたビュートは
悪く映る。だが、それを言ってしまえば、みんな
少しずつ、ボタンをかけ違えていたんだ。
コミィは自分の才能が他者に与える影響が見えて
いなかった。アウロラは仲間の能力に怯え、その後の
変化を良いものと錯覚してしまった。ビュートは
護るべき者の護り方を間違え、フィガロは、2人の
男を思い、譲るという名目で、背を向けてしまった。
倒れたノーテを見下ろすビュート。その目から
落ちた雫が、ノーテの空虚な目の横に落ち、彼女の
頬を伝った。
・
・
・
小聖堂の司祭は、日が暮れてから訪れた、室内に
収まりきらない数の怪我人達に目を丸くしていた。
ルアさん、カイル、コミィ、フィガロ、ビュート、
ライカンスロープ6人、そして、僕。皆、大小傷を
負い互いの肩を貸しあって、ここに来た。
流石にひとりでは手が回らないと、治療の使える
者を数名呼び、手伝いをさせていた。最初、臨時の
お手伝いさんは人狼の姿に竦んでいたが、彼らも
人の言葉が話せる事に気づき、事前に司祭と会って
いたクンシハンマスとのやり取りを見ているうち、
次第に肩の力が抜けてきたようだった。
普段あまり怪我をしないであろうビュートは
回復時の治癒痛に呻き、フィガロは白目を剥いて
気絶していた。コミィは特に顔面を執拗に攻められ、
別人のように頬が腫れていたが、声1つ上げずに
治療を受けていた。
人狼達は、顔を怪我した2人と、矢の雨で全身を
貫かれた者だけ祝福の光を浴び、他の者は自然に
治るのを待つと言って遠慮をみせていた。
カイルは怪我の数自体はかなり多かったはず。
にも関わらず、やはりあまり深刻なダメージを
受けていないように見えた。治してもらいながら、
笑顔で治療者と会話をしている。ルアさんは……
怪我をしている姿を見るのは、これが初めて
かもしれない。そうそうあることではないのだろう、
多少眉間に皺を寄せ、目を固く閉じていた。
僕は……右肩の大きな重症、その他、全身に
ごく軽微な擦り傷。あとは、空中散歩の末に着地で
ついた、膝の打撲。小聖堂に向かおうと話が決まった
際、歩けない程の足の痛みに気づいた。あの目眩は
平衡感覚の問題でなく、単純に足腰が限界だった
らしい。
多分、肩に直接木が生えたら、きっとこんな痛み
なのだろう。肉の隙間に根を伸ばされ、割り進まれる
ような。痺れを含んだ痛みの枝分かれが、肩を中心に
広範囲に広がっている。治癒により、根を張っていた
樹木が無理やり引き抜かれる感覚を覚える。多分、
途中何度か気絶を繰り返していた。
結局、ノーテの残骸は、一旦洞穴の隠れ家に保管
する事にしたらしい。禁忌に触れた事について、
彼らは彼らで、1度顔を付き合わせて話し合う
そうだ。コミィの副人格は拒否反応を示しそうだが、
それも時間をかけて言葉を交わすしかない。
作成中の記戒躯持ち出しや、3人の男の拗れきった
アウロラへの思いなど、落とし所の定まらない
モノはまだ残っている。だが、何より、今日は
もう、疲れた。
長い1日を終え、各々帰路に着く。各自の目には
昨日とは少しだけ違った色が点っていた。僕達は
一旦工房を目指す。「まだ治りきっていませんからね」
という、司祭の言葉を受け、まだ明日も続くであろう
治癒の激痛を想像しながら。
「人は……殴るものではないな」
フィガロがそんな事をポツリと呟いた。彼の裂傷は
塞がったが、傷跡はまだ指と額に残っている。
「んなの、あたりめぇだろ」
ルアさんの言葉が聞こえたのか聞こえないのか、
フィガロはすっかり暗く沈んだ空を見上げて言った。
「……手が痛くて仕方ない」
結局のところは、それだ。何かを貫くため、何かに
拳を振るえば、同じだけ自分も痛みを伴う。自分を
通す為には、それ相応の怪我を覚悟しなくては
いけない。互いの思うところを擦り合わせるにしても
その摩擦は必ず自分にも影響を及ぼす。
今回、それぞれが抉り出された事に関して、僕は
何か口を挟むことはできない。その代わり、僕自身も
学びを得た。人形村で得た知識は、決して無駄では
ない。ただし、それをそのままダガーに適用する
のは、一旦保留にした方がいい。
記戒躯の源流に遡れば、やはり魂の魔術師がいた。
であれば、その足跡を辿るのが1番建設的だろう。
ダガーの紫魂石も、もしかしたらその古代の人物が
何らかの形で関与しているかもしれない。
エイシスのあと、シンガへと進路を取る事は、
ザバンで既に約束している。そこで、何を知り、
何を得られるか。少なくとも、魂の在り方や石の
性質を知った今なら、色々と学べる事があるはずだ。
「……もう少し、待たせちゃうかもしれませんね」
『かかか。そんな簡単にはいかんじゃろ。焦らず、
納得いく道を探すのも良かろう。なんせワシには、
時間があるからのう』
「僕がおじいちゃんになるまでには、見つけたい
ですね」
『たわけ。そこまでは待ってやらんぞ』
未消化なモノは、今夜は棚に置いておこう。
ただただ、誰も欠けずに済んで、良かった。
レイゼー工房の窓から、灯りが小さく揺れていた。
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スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
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普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!
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15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。
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クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
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16歳になったばかりの高校2年の主人公。
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断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
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断罪まで、あと10分。
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断罪はエンタメへ。
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“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
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