滑って転んで突き刺して

とえ

文字の大きさ
76 / 79
第3章・番外編

エピソード・ビュート その2

しおりを挟む
 あいつは機会を作ると言った。オレがレイゼー工房
で、人工紫魂石製造の配合書を発見するまでの、時間
稼ぎと人払い。コミィはそれを、任せて欲しいと
言った。

 だったら。オレはオレのやるべき事をやる。1度
工房に戻ると、完成しているノーテの身体を背負う。
まだ命の灯っていない記戒躯は自ら動くことも無い。
冷たい硬質部分同士が触れて、コツンと小さな音を
立てた。明かりも落ち寝静まった工房の中に、その
音に気づく者はいなかった。

 ……重い。普段作る小型のものと違い、人間とほぼ
変わらぬ大きさのあるノーテの身体。明日の朝は
工房に大荷物の搬入がある。それ迄に、これを、
この人を、運び出しておきたい。人間よりも更に
重量のある身体。彼女のつま先が地面を擦る振動が、
両肩に伝わった。

 向かう先はひとつ。オレとコミィが作った中でも
1番空間的にも立地的にも優れた隠れ家。子供が
作ったにしては十分誇れる規模の、洞穴を利用した
秘密の場所。あそこであれば、彼女を完成させる事が
できるはず。

 崖と森に挟まれた獣道を抜け、少々久しぶりに
目にする、一体いくつ目かすら覚えていない、我が家
のひとつ。少し湿気た匂いのする洞窟内には、無数の
木箱と明かり用の蝋燭、細々とした幼き日の思い出
が当時のままに転がっている。

 磁器製の坩堝、分厚い革の手袋、木の匙、器。
ある程度機能的に揃った思い出たちを確認しながら、
オレはノーテを岩壁に背をつけ座らせた。おそらく、
持ち出しには近いうちに気づかれる。ミグレイド親方
が知れば技術の持ち出しとして叱られるだろう。
だが、今は、そんな事はどうでもいい。

 オレは蝋燭を1本手に取り、軽く丸めた手の中で、
魔法の火種を作り、軸を炙った。極々小さな火が
芯からふわりと大きくなり、周囲の蝋をじくじくと
溶かしていく。大きな平石の台、その隅に溶けた蝋を
垂らし、蝋燭の底面を結着させ立てた。

 揺れる火が照らす空間。手持ちの灯りと合わせると
それなりに周囲が良く見えた。幼馴染みの男3人組
がそれぞれ好き勝手に草紙へ描き殴った絵。木炭を
擦り付けただけのそれは、もう、殆どがただの黒ずみ
となり、原型を思い出すことはできなかった。

 コミィと話した丘で摘んだ花。よくよく見れば、
全部が黒ではなかった。ヒダのような花弁が幾重にも
組み広がり、その先端は赤に向かっている。オレは
花の名前には詳しくないが、悪くない色だ。決意を
象徴するかのような強い花弁。これはアウロラに
贈ろう。彼女の肌が傷つかぬよう、手持ちのナイフで
ひとつずつ棘を削ぎ落とした。





 気づけば洞窟の出口がやや明るくなっていた。
蝋燭を吹消し、棘を除去し終えた花を持って、
立ち上がる。長時間腰を下ろしていたため、脚が
やや痺れていた。その不快感が抜けるまでの間、
オレは無意識に、ノーテの顔を見つめる。細かな
細工は出来なかった。だが、それはあとからでも
なんとかなる。今は、ここで静かに、待っててくれ。

 白んだ空を視界の上隅に捉えながら、アウロラの
家へと急ぐ。彼女の家に花を置き、大急ぎで戻れば
荷物の搬入には間に合うはずだ。花を生けてやる時間
は、おそらく無い。

 彼女の家の扉を叩くと、中から"今起きた"ような
声が返ってくる。中に入ると案の定、アウロラは
目を擦りながら、僅かについた寝癖を手で整えて
いた。

「……これでも、寝起きを見られるのは
恥ずかしいんだからね?」

「悪い。これを、渡したくて」

 彼女の顔が見れない。主に床を見ながら、オレは
ズカズカと奥の部屋に向かい、机の上に黒い花の束を
置いて、言った。

「すぐに行かなきゃならねぇんだ。……起こして
すまなかった」

「え? ああ、うん。……行ってらっしゃい」

 家を出ようとすると、後ろからアウロラの声が
服の裾を引く。

「ビュート。……ありがとね」

「…………おう」

 オレは、肺の中に鉛でも溜まっているかのような
居心地の悪さを覚え、逃げるようにその場から
駆け出した。間違ってる。ああ、間違ってるさ。
だが、そんな事はわかっている。わかっているから
こそ……彼女の笑顔が、オレの胸に穴を空けるんだ。





 村の出入口。止まった馬車から、資材や道具の
詰まった木箱を下ろす。親方、徒弟総出の運搬。
工房の前まで馬車で運んでほしいものだが、生憎
この妙に狭い門のせいでそれも叶わない。

 各自担当の荷物を持ち、ミグレイド工房へと向かう
途中、レイゼー工房の前で、今見たくない顔に遭遇
してしまった。

「やあ。朝から精が出るな、ビュートよ」

 フィガロ……こいつは、オレの気も知らず、間の
抜けた挨拶で、オレの気を逆撫でする。アウロラを
守ると誓い合った輪から真っ先に抜け、のうのうと
レイゼー工房に引きこもる裏切り者。妙な木の枝を
齧りながら、こちらを見てくる。

「……気安く声をかけるな。変人め」

 つい、語気が強くなってしまった。それに一切
怯むこともなく、フィガロは挑発でもするかの
ように口から泡を零して見せた。……この男は、
どこまでオレを馬鹿にすれば気が済むんだ……!

 ふと、フィガロの横に並ぶ知らない顔に気づく。
いや、知らないということはない。この服装、この
背格好。昨日、コミィと共に小聖堂へ運び込まれて
いた連中だ。なんなんだ、こいつらは。

「……そいつらはなんだ。見ない顔だな。徒弟が
つかず、ついに他所から攫ってでもきたのか?」

 フィガロは無言で泡を吐き捨て、丸めていた背を
整え、尊大な立ち姿に変わる。……こいつ、オレを
見て、何を嗤う?

「彼等が徒弟?馬鹿を言うな。レイゼー親方に破門
された者なら、ここの厳しさはよくわかっている
はずであろう?」

 ……破門? 今、破門と言ったのか? 言うに
事欠いて、こいつは、オレに……!オレが何故、
レイゼー親方と口論になったのかも、碌に知らない
癖に。幼き日々に取り残されたオレたちが、如何に
苦悩していたかも真面に理解していない癖に……!

「いつも言っているだろう!破門ではない!オレは
そこを辞めて、本物の職人の元に移っただけだ!」

「そうかそうか。それは良かった。ミグレイド工房の
徒弟卒席は、さぞ座り心地のいい椅子なのだろう。
十分に温めたまえ」

 ……決裂だ。決定打だよ、フィガロ。お前は、
何故オレが記戒躯に執着しているのかを知らない。
何故、別の工房に移ってまで研究を続け、技術を
磨いているかを知ろうともしていない。気付かぬ内
に腕の力が抜け、オレは持っていた荷物を落として
しまった。地面に衝突した無機質な音に、オレは
我に返った。

「お前というやつは……!」

 視界がチカチカする。脳が血で溺れる。自分の
筋肉の強ばりで首が捻じ切れるかと思ったその時、
ミグレイド親方の低く冷ややかな声が響いた。

「ビュート。やめなさい。……フィガロ君。悪いが
うちのビュートをからかわないでくれ」

 頭を満たしていた血液が、すっと身体に落ちる。
……そうだ。こんな奴に構っている暇はない。オレは
オレにしか出来ないことをすると決めたんだ。自らの
存在を鏃とすると宣言した男と共に。

 フィガロがなおも巫山戯た態度で言う。

「……失礼。旧友同士のじゃれ合い故、お目こぼし
いただきたい」

 形だけの謝罪、軽い頭を下げる変人。こんな奴は、
もう友人でもなんでもない。別の道を征く他人だ。
ミグレイド親方が、フィガロに言う。

「レイゼーに伝えてくれ。いつまでも湿っぽい人形を
作り続けるなと。もっと華やかな物でなければ、
客はつかんのだ」

 人を小馬鹿にするように両手を広げ、フィガロが
言った。今の親方の一言がチクリと胸に刺さったが、
その痛みは目の前の幼馴染みに向かった怒りに
溶けて混じった。

「気が向いたら、伝えておきますよ」

 その言葉と仕草は、大いにオレの憎悪を増幅
させた。……フィガロ。もうたくさんだ。ノーテが
完成した暁には……お前を、八つ裂きにしてやる。





 荷物の搬入は済み、霞のかかった思考のまま、徒弟
の作業を見回る。各々光る物があるはずなのに、今の
オレの目は曇っていて、その輝きを捉えることが
できない。具体的に質問をぶつけてくる者に対して、
オレは無意識に"考え方"ではなく"解決策"を提示して
しまっていた。

 工房の外に出て、ひとつ背伸びをすると、工房の
屋根辺りから聞き覚えのある声がした。

「あの花、アウロラにあげたんだね」

 コミィ、なんて目立つところに。いや、普通あんな
ところに人がいるとは思わない。むしろ目立たない
のか?コミィはこちらの返事など待たず、続ける。

「多分、今日の夕方。工房は空になる。なんせ客人が
"怪我をする予定"だからね。まぁ、大した時間は
ないと思うけど。

「……その瞬間をどう知れと?」

「仕込みが終わったらまた知らせに来るよ」

 コミィが何を狙っているかは分からない。だが、
アウロラの家に行き、なにか確実な方法を思いついた
という事だろう。それは、全面的に任せよう。

「……そろそろどこかのお宅の屋根に人が登るから、
消えるね。じゃ、また後で」

 立ち上がり去ろうとするコミィを、俺は止めた。

「コミィ!……洞穴の3つ目だ。そこを拠点にする」

 作った当時の呼び方で、ノーテを運び込んだ隠れ家
の位置を知らせる。コミィは小さく頷くと、軽い
足音を残して、消えるように去った。彼が去った後、
少しだけ疑問が残る。……屋根の上に、人?そんな
者が、コミィ以外にいるのだろうか。まぁ、そんな
無関係な事を考えても仕方がない。オレは、"その時"
が来るのを静かに待つことにした。





 あいつの言う通りだった。夕方、作業を一通り
終え、工房を出たオレにコミィが耳打ちする。
「そろそろだ」と。レイゼー工房の裏手に周り、
様子を伺っていると、やがてフィガロとレイゼー親方
それに例の余所者2人が森の方に向かい走り去って
行った。……2人。"客人が怪我をする"、とは、
そういう事か。人払いは達成された。ならば、成す
べき事はひとつ。

 周りに人の気配が無いのを確認してゆっくりと
侵入する。扉の枠に張られた見えない罪悪感の幕を
くぐり、1歩、踏み込んでく。そのヒヤリとした感覚
が、背中を撫でる。配合の記された設計図は、
十中八九レイゼー親方の部屋にある。オレが工房に
出入りしていた時期に、目にしたことがなかったのが
根拠だ。足音を殺すように部屋を目指すが、意表を
突かれる形で、その足は地面に縫いとめられた。

「……いらっしゃいませ、お客様。本日はどのような
ご要件でしょうか?」

 地面から膝上程度までの大きさ、大きな翠眼。
花弁を逆さにしたような黄色のドレス。小さな人形、
いや、レイゼーの物と思われる記戒躯が、恭しく
スカートの裾を持ち上げながら、頭を垂れてきた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

現代社会とダンジョンの共生~華の無いダンジョン生活

シン
ファンタジー
 世界中に色々な歪みを引き起こした第二次世界大戦。  大日本帝国は敗戦国となり、国際的な制約を受けながらも復興に勤しんだ。  GHQの占領統治が終了した直後、高度経済成長に呼応するかのように全国にダンジョンが誕生した。  ダンジョンにはモンスターと呼ばれる魔物が生息しており危険な場所だが、貴重な鉱物やモンスター由来の素材や食材が入手出来る、夢の様な場所でもあった。  そのダンジョンからモンスターと戦い、資源を持ち帰る者を探索者と呼ばれ、当時は一攫千金を目論む卑しい職業と呼ばれていたが、現代では国と国民のお腹とサイフを支える立派な職業に昇華した。  探索者は極稀にダンジョン内で発見されるスキルオーブから特殊な能力を得る者が居たが、基本的には身一つの状態でダンジョン探索をするのが普通だ。  そんなダンジョンの探索や、たまにご飯、たまに揉め事などの、華の無いダンジョン探索者のお話しです。  たまに有り得ない方向に話が飛びます。    一話短めです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

転生勇者が死ぬまで10000日

慶名 安
ファンタジー
ごく普通のフリーター・岩倉運命は謎の少年に刺され、命を落としてしまう。そんな岩倉運命だったが、サダメ・レールステンとして転生を果たす…

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。 クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...