リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)

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第ニ期 41話~80話

第七十話 アルフレッド、犬になる

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 王都に戻るとすぐにラベロンは急ごしらえの研究室に閉じこもり、魔導具の製作に明け暮れている。熱心なのは結構なのだが、ときどき爆音が鳴り響いたり、夜中にラベロンがすっとんきょうな声で叫んだり、けたたましく笑ったりするのには閉口した。俺の元には城内から苦情が殺到している。
 
 それにしても、魔導具の開発状況に関する報告がラベロンからまったくない。まあ学者というのはだいたいにおいて非常識なので、いちいち目くじらを立てていてはきりが無い。こっちから様子を見に行ってみることにした。

 ラベロンの研究室の木製ドアは、爆発で何度も吹き飛んでは修理を繰り返しているため、ボロボロでつぎはぎだらけで、半分は焦げている。ドアには「危険につき立ち入り禁止」と張り紙がある。何度かノックしてみたが返事がない。珍しくどこかへ出かけたのだろうか。それともトイレか。まさか実験が失敗して、中で死んでいるのでは無いだろうな。不安になったので、ちょっと開けて中を覗いてみることにした。

 部屋の中は、ぐちゃぐちゃだった。床にはあたりかまわず、木材やら、ガラス瓶やら、布切れやら、食器やら、食べ残しやらが散乱している。机の上は本やら書類やらで山になっていて、半分くらいは床に崩れ落ちている。恐ろしい汚さだ。ルミアナの部屋とは大違いである。転生前のオレの部屋より汚いぞ。部屋の中を見回したが、ラベロンの姿はない。ラベロンの死体を発見しなかったことに少し安堵した俺は、部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋の中には、無数のガラクタに混じって見たことのない奇妙な道具のような物も無造作に置かれている。その中の一つに犬のような形をした小さな置物があった。なんとなく可愛らしい感じが気になって、俺はそれを手にとって眺めた。

 不思議なことに、その犬の置物を手にとって眺めていると、犬の表面が光り始め、虹色にぐるぐると渦巻き始めた。これはヤバイ。そう思って置物を床に戻したのだが、すでに遅かった。視界がぐるぐると回り、めまいがしてひざまずいた俺の体は縮み始めた。そして気がつくと俺は犬になっていたのだ。ポメラニアンのような小型犬だ。これはえらいことになった。早くラベロンを見つけて元に戻してもらわないと。

 そのまま部屋でラベロンの帰りを待っていればよかったのだろうが、俺は気が動転していたので部屋を飛び出した。ラベロンはおそらくトイレに行ったのではないかと思い、庭の方へ向かった。すると廊下の向こうからキャサリンが歩いてきた。そして俺に気がつくと、両目が全開になった。そして両腕を伸ばして、ものすごい勢いで走ってきた。

「きゃー、ちっちゃな犬ですわー、捕まえるのですわー」

 あまりの勢いに恐れをなした俺は必死になってキャンキャン逃げたが、たちまち追いつかれてしまった。キャサリンは犬になった俺を両手で抱き上げると言った。

「まあ、迷子の犬なのかしら。いいわ、わたくしが保護して差し上げますわ」

「おい、まて、俺はアルフレッドだ。魔導具の効果で犬に変身してしまったんだ」

 俺はジタバタして叫んだ。だが、いくら俺が叫んでも、わんわんという鳴き声になるだけでキャサリンにはまったく通じない。

「それにしても、かわいいわんちゃんですわね。わたくし、こういうかわいい生き物を見ると、無性にくしゃくしゃしたくなるのですわ・・・」

 キャサリンはそう言うと、犬になった俺の全身をくすぐり始めた。全身に毛が生えているせいなのか、俺は猛烈にくすぐったくてキャンキャン鳴き声を上げてのたうった。キャサリンがなかなか止めようとしないので、腹筋が痙攣し、涙が出てきた。うひゃーやめてくれえ、キャンキャン。

「まあ、すごく喜んでますわ。また後で、可愛がってあげますからね」

 キャサリンは、すっかり脱力した俺を部屋に連れてゆくと、どこからか首輪を取り出し、俺の首に取り付けた。

「あら、これ、お兄様用の首輪だから、犬にはちょっとおおきいですわ」

 おい、何だそれは。俺に首輪を付けるつもりで準備していたのかよ。最近は無茶なことをしなくなって安心していたが、やっぱり油断できないな。

「もう少し小さな首輪を探さなきゃですわ」

 キャサリンは俺を部屋に残したまま首輪を探しに出ていった。これは逃げるチャンスだ。このままキャサリンの部屋に居たら、くすぐり殺されてしまう。俺は部屋から飛び出すと、ラベロンを探して庭の方へ向かった。

 庭の入口にはサフィーが立っていた。目付きが変だ。腹が減っているようだ。俺を見つけるとサフィーの両目が全開になった。俺の背筋が凍りついた。こ、これは食われる。俺はキャンキャン鳴きながら庭の中へ全力で逃げ込んだ。サフィーがすごい勢いで追いかけてくる。前方のベンチにレイラが腰掛けていた。俺は必死になってレイラめがけて逃げた。幸い、レイラは俺のピンチに気がついたようだ。

「ちょっと、サフィー殿。何をしているのですか、こんな、いたいけな犬を追い回して。まさか食べるつもりじゃないでしょうね」

「これは失礼な。われは、いくら腹が減っているとはいえ、愛くるしい犬を食うなどという野蛮なことはせんのじゃ」

「では、どうするつもりだったのだ」

「ええと、・・・そうじゃな。舌で舐め回すつもりじゃった」

「変態かお前は。いや、間違って食ってしまうかも知れない。この犬は私が預かる」

 サフィーはしぶしぶ諦めると、ブツブツ言いながら食堂の方へ歩いていった。おそらく料理人たちに残り物をせがみに行ったのだろう。助かった。やっぱりレイラが一番まともだな。ふと見るとレイラの座るベンチの周りには、お花が散らばっている。花占いでもしていたのだろうか。レイラが花占いとは、ただごとではないな。

「はああ・・・」

 レイラが大きなため息をついた。呼吸器系の病気か。そういえば、どことなく顔も赤くて熱っぽい。レイラが俺の方を見た。しばらくぼーっと俺を見つめていたが、突然、両目が全開になった。

「この犬、アルフレッド様に似てる・・・」

 いや、似てるとか似てないとかじゃなくて、アルフレッド本人だからね。わかんないだろうけど。というか、どう考えても犬の顔が人間の顔に似ているわけないよね。そりゃ幻覚だな。精神系の病気か。

「私がアルフレッド様のことを考えていたら、アルフレッド様に似た犬が私のそばにやってきた。これはなにかのお導きなのでしょうか、神様」

 ああ、なんかレイラが変なこと口走ってるよ。宗教か。いよいよ心配だな。

「おいで、おいで」

 俺は心配になって、請われるままにレイラの膝の上に乗った。

「アルフレッド様」

 レイラが抱きついてきた。女性に抱きつかれて本当ならまんざらでもないのだろうが、なにしろ軽く十馬力はあるレイラである。力を加減しても一馬力はあるだろう腕力で抱きつかれたのだからたまらない。俺は必死にレイラの腕から逃れると、ギャンギャン鳴きながら大通りの方へと走って逃げた。レイラは力なく立ち上がった。

「待って・・・ああ・・・犬にも逃げられてしまった・・・」

 大通りは人通りに溢れていた。戦争中だが街は活気に満ちている。良いことだ。さて困ったな、これからどうしよう。そろそろ、ラベロンも部屋に戻っているだろうか。とはいえ、いま城に戻るとまた誰かに見つかってしまう。夜になってから闇に紛れて戻ろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、通りの向こうにブルドックのような犬が居た。その犬はじっと俺の方を見ている。いやだなあ、関わりたくないなと思って、立ち止まって様子を見ていると突然ブルドックの両目が全開になり、俺へ向かって全力で走ってきた。俺は驚いてキャンキャン鳴きながら反対方向へ走って逃げたが、すぐに追いつかれてしまった。

「だんな! アルフレッドの旦那。あっしですよ、カザルです。逃げねえでくだせえ」

 驚いたことに、その犬の言葉がテレパシーのように頭の中に伝わってくる。どういうことなのかわからないが、意思の疎通はできるようだ。

「カザルなのか?なんでお前まで犬になったんだ」

「あっしですかい。いえね、あっしは昨日の夜、隣のラベロンの部屋がうるさくてよく眠れなかったもんですから、頭にきて、今朝、文句を言いにラベロンの部屋にいったんでさあ。そしたら部屋はもぬけの殻だったんです。で、部屋の中をウロウロしているうちに、何か変なものを踏んづけて、気がついたら犬になっていたんでさ。旦那もなにか変なものを踏んだんですかい」

 踏まねえよ、まったく足癖の悪いやつだな。俺は説明した。

「いや、私は床に転がっていた犬の置物を拾い上げて眺めていたら、犬の姿になってしまったのだ。おそらくカザルはその置物を踏んでしまったのだろう。それにしても困ったな。ラベロンを探して元に戻してもらわないと」

「旦那、それもそうだけど、あっしは腹が減りましたぜ。どこか食堂に入りやしょう。親切な人が食べ物を恵んでくれるかも知れませんぜ」

「う~ん、野良犬みたいで嫌な気もするが、このさい、仕方がないか」

 俺とカザルは近くにあった居酒屋兼食堂に向かった。店の入り口は開いていたので、すんなりと中に入ることができた。もう夕方になっていて、店内は食事する人やお酒を飲む大勢の人たちで賑わっていた。店内では男性客も女性客も談笑にふけっている。俺たちが店の中に入ると、すぐに人目を引いたようだ。

「まあ、可愛らしいワンちゃん達ね。どこから来たのかしら」

 カザルは女性客に近寄ると、はあはあ言って、ちぎれんばかりに尻尾を振った。

「お腹が空いているのかしら」

 女性は大きな拳ほどもあるイモムシの唐揚げをつまんでカザルに与えた。うお、出たなアルカナ特産の緑のイモムシ。カザルは喜んで、はあはあ言いながら食った。よく食えるな。その女性は俺を見ると目が全開になった。なんで俺を見るやつは、すべて目が全開になるのだ。

「まあ、かわいらしいこと。さあ、遠慮なく食べなさい。いっぱいあるわよ」

 そういって女性が見せた大皿には、二十匹ほどの丸々と太ったイモムシの唐揚げが、うらめしそうに並んでいた。俺は全力で首を振った。

「あら、イモムシは嫌いなの?なら、お魚をあげましょう」

 おお、俺の大好きな焼き魚だ。俺は喜んでクンクン言いながら魚を食べると、女性に向かって尻尾を振りまくった・・・嬉しいですワンワン・・・は? 俺は何をしているんだ。このままでは、本当に犬になってしまうぞ。一方、カザルはなりふり構わず、犬になりきっている。

「おい、カザル。そんなことしていると、本当に犬になってしまうぞ」

「まあまあ、旦那。犬になっても、悪いことばかりじゃないですぜ」

「なんだよ」

「えへへ、女性のスカートの中が丸見えですぜ、旦那」

 確かに女性は俺たちを完全に犬だと思っているため、まったく警戒していない。しかも犬は背丈が小さいので、簡単にスカートの中を覗けてしまうのだ。カザルはこれ幸いと、あちこちのテーブルを周りながら、女性の足元にまとわりついている。女性たちもキャーキャー言うだけで怒る様子もない。こ、これは、何かのチャンスか・・・。いや、恥ずかしくて真似できない。俺はラベロンを探しに外へ出ることにした。

「カザル、私はラベロンを探しに行くぞ」

「うへへ、旦那、そうですか。見つかったら連れてきてくださえ。あっしはここにずっといますんで」

 そう言いながらカザルの行動はエスカレートし放題で、ついには女性客のスカートの中に頭を突っ込む始末である。

 ところがその時、ボンという音と同時にカザルの周りに白い煙が上がり、女性客のスカートが大きく膨らんだ。どうやら魔導具の効力が切れて、カザルが元の姿に戻ったようである。異変に驚いた女性客が自分のスカートをまくり上げると、二本の太ももの間に、ニヤけたハゲ頭のドワーフが顔を出した。

「やあ、これはどうも、・・・いいお天気でやす」

 女性客が絶叫して大皿でカザルの頭を殴ると、皿は粉々に砕け散ってトマトソースがカザルのハゲ頭を赤く染めた。こうなったら店内は上へ下への大騒ぎである。巻き込まれるまいと、俺はキャンキャン鳴きながら外へ逃げ出した。

 通りを走ってゆくと曲がり角からレイラが現れた。レイラは俺を見るなり目が全開になった。もうすでにクタクタに疲れていた俺は逃げることもできず、あっさりとレイラに捕まってしまった。

「ああ、またしても、アルフレッド様にそっくりの犬に出会った。これは絶対に何かのお導きに違いない。そうだ。私がこの犬を飼おう」

 レイラが両手で俺を抱き上げた。レイラは俺を見つめて言った。

「そうだ。犬に名前をつけなきゃ。もちろん、アルフレッドという名前にするのだ。なあ、アルフレッド、今日からお前はわたしの犬だからな。わたしの犬、アルフレッド!」

 その時、ボンという音がして俺の周りに煙が立ち込めた。魔導具の効力が切れて俺の姿は人間の姿に戻っていた。レイラは俺の両腕を握ったまま、目が超全開になった。そして大声で叫んだ。

「わああああ、大変だ。犬がアルフレッド様になった。犬がアルフレッド様になった。何かの呪いなのか、バチが当たったのか、神さま仏さま」

「いやいや、そうではないんだレイラ。実はラベロンの魔導具のせいで、犬の姿に変身していたんだ。おかげで、酷い目に合ったよ。あはは」

「へ・・・ということは・・・あの犬は、本当はアルフレッド様・・・」

 レイラの顔が見る間に真っ赤になった。俺を十メートルほど投げ飛ばすと、いやーと絶叫しながら全速力で逃げていった。

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