Miss.Terry 〜長久手亜矢の回想録〜

真昼間イル

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誓いの拳

No.1 東堂館

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カチャ‥カチカチ

ライトアップされた建築物の一室、キッチンで男は拳銃をメンテナンスしていた。
テレビでは某国で頻発する民主化運動の映像が流れていた。

「ピピピピッ」
ダイニングテーブルに置かれていた携帯電話が鳴ると、男は素早く電話を取った。
「もしもし、お疲れ様。‥‥‥そうか‥‥悪いな、少し付き合ってやってくれるか?不審な点があれば連絡が欲しい」

男は電話を切るとグラスにバーボンを注いだ。

「いよいよデモも激化してきたな。‥‥無事でいろよ‥‥ソフィー‥‥‥」
男はテレビに映る、デモ隊と警察が衝突する映像を眺めていた。ニュースが天気予報に切り替わると、男は拳銃のメンテナンスを再開した。

カチャ‥カチカチ

‥‥
‥‥‥

シュッ‥ ズバッ バッバッ‥
道着が擦れる音がする。

「ハーーッ!!」
足の踏み込みと同時に、中音域が効いた強い声が道場でこだまする。
年季の入った建築物は数多の汗を吸い、しなやかに武芸者を包み込んでいた。

「気合い入っているな、理恵」
道着の上から見てもわかるくらい、体格線の盛り上がった男がテリーに声をかけた。逆立った黒い髪と眉間に刻まれた縦ジワが硬派な漢の雰囲気を醸し出していた。

「はい、自分を見つめ直しに来ました」
テリーは男を見上げた。

「そうか、今日は気が済むまで技を高めてくれ」

「ありがとうございます。東堂さん」

「今の演武は誰と対峙していたんだ?」
東堂は床に正座した。

「‥‥24時間前のボクです」
テリーも東堂に合わせて正座した。

「なるほど、『反省』ということか」
東堂は大きく息を吸った。
「人生失敗が付き物だ、気に病むことはないぞ」

テリーは黙って頷いた。

「今日は晩飯食べていけるか?タケシも喜ぶと思う」
東堂は目尻にシワを寄せた。

「はい!お言葉に甘えさせて頂きます!ところで、あちらにいる方はどなたですか?」
テリーは東堂と共に現れた男が気になっていた。
さっきから道場内をウロウロと物色し、時折写真を撮っている。

「あぁ、黒須病院の北村医師だ。おーい北村さーん」
東堂が北村に声をかけた。

(黒須病院といえば、ここらで1番大きい総合病院じゃなかったっけ‥‥‥)
床を滑るように、近づいてくる男をテリーは見ていた。

「こんにちは、お嬢さん。見事な型でしたね、よく稽古に来るのですか?」
キツネ顔の北村は笑顔を浮かべていたが、切長の目は笑っておらず、相手を見透かそうとしているようにテリーは感じた。

「道場には半年ぶりに来ました」
テリーはうつむいたまま答えた。
探偵事務所のアルバイトと学業に専念していた為、テリーはしばらく道場から足が遠のいていた。

「それはそれは‥‥」
北村は何かのチラシをテリーに見せようとしたが、東堂がそれを制止した。

「北村さんには世話になっていてな。今後もちょくちょく見かけるかもしれないから、知っておいてくれ」
東堂はテリーの肩に手を置いた。

「北村さんもどうですか?晩御飯」
東堂は口に飯を運ぶ素振りを見せた。

「すみません、今日は寄っていく所がありまして」
北村はそそくさと片付けを始めた。

「そうですか、気をつけて下さいね」
東堂は北村を道場の外まで見送ると、戻ってきた。

「相変わらず忙しそうだな、北村先生は」

東堂曰く、北村は医学会や新聞にも度々取り上げられる程、優秀な医師なようだ。
(人は見かけによらないな‥‥)
この時のテリーにはその程度の感想しか浮かばなかった。

久しぶりの稽古で、テリーはクタクタになった。
東堂は道場の戸締まりをすると、テリーと自宅へ向かった。

10分程度歩くと、二階建ての木造住宅に着いた。
「帰ったぞー」
「お邪魔しまーす」

「まぁ理恵ちゃん!いらっしゃい、また綺麗になったんじゃなーい?ふふふっ」
ふくよかな女性が小走りで玄関に顔を出した。
「疲れてない?睡眠は十分?昨日の晩御飯は何?」

矢継ぎ早な質問にテリーは一歩退いた。
「昨日の夜はサンドウィッチです!タマゴサンドと、サラダサンドです」

「ちゃんと果物も食べないとダメじゃないの~。今リンゴ剥いてくるからご飯前に食べちゃってね」
ママさんは東堂の妻だ。名前は『カヨ』と言う。

テリーは手洗いを済ませ、リビングに通されると、ダイニングテーブルに座った。

「お父さんは元気か?」
東堂は床に仰向けになると、腹筋運動を始めた。
帰宅後の日課らしい。

「相変わらずだと思います」
テリーは麦茶のグラスを指で弾いた。

「そう、か そう、か!は は は!」

「はい、理恵ちゃん食べて食べて!」
ママさんがりんごを剥いてきてくれた。

「タ ケ シ はどう し た?」 

「腹筋するか会話するか、どっちかにしてください」
カヨが眉を下げて東堂を注意すると、リビングから顔を出し、階段に向かって呼びかけた。
「タケシー!ご飯よー!理恵ちゃんも来てるわよー!」

『ガタンッゴロンゴロンッ!』
二階からドタバタ音が鳴った。階段を駆け降りる音がする。

「よー!テリー久しぶりー!」
リビングに男子が駆け込んできた。坊主頭が可愛らしいが、背丈はゆうにテリーを超えている。

「久しぶり!‥‥なんか、痩せた?」
テリーはタケシとハイタッチした。

「痩せてないと、モテないだろ?どうだ、かっこいいだろ?」
タケシはTシャツから伸びたひょろひょろの腕を曲げると、ポージングを決めた。

テリーは仕方なく拍手した。

タケシは東堂とカヨの一人息子で、高校は別だがテリーと同い年だ。
久しぶりに複数人で食べる晩御飯にテリーは食が進んだ。

「理恵ちゃん、おかわりは?」
ママさんは麻婆豆腐を作ろうとしている。

「もう十分です、お腹パンパン‥‥」
テリーはお腹をさすりながら、隣のタケシのお茶碗を見た。
「タケシ、全然食べてないんじゃない?」

「え?2回おかわりしたよ!おれもう腹いっぱいだぁー!」タケシはお腹をさする素振りを見せた。

東堂とママさんが微笑みながら目を合わせていた。

「高校生活はどうなの?空手部はいい感じ?」
テリーはタケシに麦茶を注いであげた。

「おう!そりゃもう!」
タケシは何処となく力の無い正拳突きを見せた。

「理恵、久しぶりに来てもらって悪いんだが、大事な話がある」
東堂は姿勢を正し、テリーを見据えた。

「‥‥なんでしょうか」
急な展開にテリーは声を低くした。

「実は、道場を畳むことにした。理恵とは10年間、共に道場で汗を流したが、それも今月いっぱいで終わりになってしまう。余計な心配をかけまいと、理恵には連絡せずにいた。すまない」
東堂はテリーに頭を下げた。

「‥‥そんな‥‥しばらく来ないうちに何かあったんですか?」
テリーは麦茶が入ったグラスを強く握りしめた。

「時代の流れ‥‥なのか、門下生が少なくなり、町自体の人口も減ってきている。人流は多種多様だ。うちのような空手道場は淘汰されたということだろうな」

東堂は麦茶を一口飲むと、話を続けた。

「さっき北村さんに会っただろう?道場は北村さんの診療所として生まれ変わることになっている」

テリーは突然の知らせを受け入れられなかった。
走馬灯のように道場での思い出が脳裏を駆け巡り、思わず顔を手で覆った。
ママさんがテリーを優しく抱きしめた。

「理恵、可能であれば最後の頼みを聞いて欲しい」
東堂はテリーのグラスに麦茶を注いだ。

テリーは鼻をすすりながら頷いた。

「来週の土曜日、道場のOB.OGを集めて試合をする。相手は、勝道館だ」

「勝道館‥‥‥」
テリーは片目をつぶった。

勝道館と東堂館は因縁のライバルだ。
空手にはいくつか流派があるが、両者ともに柳生流の流れを汲む道場だった。
過去に勝道館による門下生の引き抜き問題があり、ケンカ状態になっていた事はテリーも知っていた。

「組手形式でやる。最後に一花咲かせて終わりたいと思っている。理恵には閉会式で『演武』を披露もらいたい」

「そんな大役、ボクで良いんですか?」

タケシがテリーの背中を叩いた。
「頼むぞ!」

「うちの道場の終わりを大勢の人々に見てもらいたい。是非、理恵の友人も誘ってみてくれ」
東堂はテリーに笑いかけた。

「友だち、ですかー‥」
テリーは思い当たる、数少ない面々を想像した。

「よし、決まったな!テリー、ちょっと上まで一緒に来てくれ」
タケシはママさんと東堂に目配せした。
二人は目を合わせ、小さく頷いた。

懐かしい木の匂い、テリーは東堂の家が好きだった。
ミシミシと階段の音を噛み締めながらテリーは二階へ上がっていった。

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