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背徳の歌姫

No.9 答え合わせ

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暗知は資料を開いた。
「『中村里美』からの聴取と、昨夜三輪からもらった追加資料を繋ぎ合わせた。‥‥ここまでの徹夜は久しぶりだよ‥‥」
今度は小さくあくびをすると、暗知は語り出した。

「エミリは音楽家である父『藤城カイ』のもとで育てられた。大変なスパルタ教育だったようだ。その反動のせいか、一時期、エミリは非行に走るようになる。その過程で知り合ったのがミハエルだ」

「あの外国人ですね」
テリーは以前、三輪に見せてもらったミハエルの顔写真を思い出した。

暗知は頷き、話を続けた。
「エミリは父のコネもあり、18歳の頃にはポニーミュージックに所属した。プロモーションをされるようになったが、この時の『eimy』は何かが足りなかった。ある日、藤城カイが中村里美をポニーミュージックに連れてきた。今から8年前の事だ」

「里美は3歳の頃、実母:藤城マイコの実兄にあたる『中村ヨウジ』の家へ養子として引き取られた。養父:中村ヨウジの会社:リトルホースで高校卒業後から働き、子宝に恵まれなかった中村夫妻と将来、会社を支える役目を負っていた」

「それでも里美は持ち前の才能と、歌への想い一心で、働きながらも路上シンガーとして活動した。やがて里美は業界から一目置かれる存在になっていた」

「納得です。昨日の里美さんの歌声、初めて生で聴きましたが鳥肌が止まりませんでした‥‥‥」
テリーは腕をさすった。

暗知は『藤城カイ』の写真を取り出した。白髪を結った男性はいかにも音楽家らしい風貌だった。
「藤城カイはエミリのマネージャー:倉田に里美を紹介した。倉田は里美の歌声に惚れ込み、『エミリの影』として里美をサポートメンバーに迎え入れた」

「里美はあくまでもサポート役として契約を了承した。メディアへの露出はエミリ、レコーディングやLiveのサポートを里美に依頼していたらしい。エミリも里美の実力を認めていた。二人は苗字は違えど、良き姉妹であり、良きライバルになった」

暗知はエミリと里美、それぞれが歌っている写真をテリーに見せたが、テリーには見分けがつかなかった。

『eimy』は藤城エミリ、時には中村里美という二つの顔を持つようになる。
しかし、里美の演じる『eimy』は格が違った。

やがてLiveではエミリの出番は減り、里美の出番が増えるようになるが、歌手とライターの仕事で疲れ切った里美は精神的にも肉体的にも限界を迎え、休職することになる。

仕事は山ほど舞い込んでいたが、『eimy』の表の顔であるエミリの力だけでは仕事を回せきれず、やがてエミリも心を病んでしまった。
そこに付け込んだのがミハエルだ。その頃、ミハエルは悪質な犯罪にも手を染めていた。

エミリはミハエルの甘い言葉に釣られ、薬物に逃げてしまった。
里美はエミリを引き戻そうとした。

「ミハエルにとって里美は邪魔者で、エミリは金ズルだったんだ」

残念ながら里美の忠告はエミリには届かなかった。エミリは音楽への志も失い、薬物に溺れていった。

「そして9月21日、エミリは里美の家に相談に来る」

「エミリはこう言った。『明日、ミハエルの協力のもと、中村里美は自殺する‥‥‥‥』里美は何の事かわからなかったが、エミリに計画の全容を聞いた」

「『明日からあなたは、エミリとして、eimyとして生きて欲しい。私はここで、里美として死ぬ』と、エミリは自殺をほのめかした」

里美は必死にエミリを止めたが、周りの期待と己の実力の差に絶望し、変わり果てたエミリを目の当たりにすると、言葉を詰まらせてしまった

里美も養父の会社:リトルホースを忘れ、歌手一本で活躍する自分を想像してしまったのかもしれない。
 
こうしてエミリは多量の鎮静剤を摂取し、昏睡状態に落ち、計画は実行された。

「DNA鑑定の結果はまだ出ていないけど、ここまで供述が裏付けがされているし、亡くなったのは『藤城エミリ』で間違いないだろうね」
暗知は資料をまとめると、静かにパソコンの上に重ねた。

「二人のeimyは心身共に参っていたのですね‥‥もっと周りを頼ってくれれば、こんな事にならなかったかもしれないのに‥‥」
テリーは無意識に下唇を噛んだ。

「先程、三輪からメールが来たよ。倉田マネージャーもエミリさんが『自殺をほのめかしていた』と証言しているようだ」
暗知は携帯電話を見ていた。

「倉田さんは二人が入れ替わっているのに気づいていたように見えました。マネージャーとはいえ、ただの『eimy』ファンだったのでしょう」
テリーは鼻で笑った。

「里美さんは検察へ書類送検されるようだ。検察が起訴するかは、今後の取り調べ次第だろうね」
暗知は眼鏡を外し、こめかみをマッサージし始めた。

「そういえば、窃盗犯はどうなったんですか?里美さんを襲った人物です」
テリーは思い出したように質問した。

暗知は眼鏡をかけ直した。
「現在も三輪が後を追っているよ。里美さんが奪われた赤いバッグは、何者かによって藤城家に届いているようだ」

「窃盗犯は三輪がマークしている『犯罪組織』のメンバーであるという見立てがあって、ミハエルもその構成員だと睨んでいる」

「ただ、窃盗犯は里美さんの自転車を犯行の道具に使うことで事件発覚を劇的に早めた。ミハエルは組織からと見ている」

「ここ最近『頻発する窃盗』‥‥ミハエルがやり過ぎて、組織から追い出された‥‥とか?」
テリーは窃盗犯の後ろ姿を思い出していた。

「その見解は良い線いってるかもしれないね‥‥」
暗知は時計見ると丸テーブル席から立ち上がった。

「‥‥そろそろ行こうか。凄腕営業マンは気が短いからね!ははは」
まだ、テリーには暗知と凛子の仲を読めなかった。

プルルルップルルルッ
「お、早速催促の電話かな?もしもし、今出るとこだよ。‥‥そうか‥‥わかった。待機してるよ」
暗知は携帯を切るとコーヒーカップを手に取った。

「あれ?暗知さん、行かないんですか?」
テリーは肩に掛けたバッグを下ろした。

「凛子さん、車にガソリンを入れてくるらしい。少し待ってようか」
暗知は窓のブラインドを閉じると、コーヒーを入れ始めた。

「暗くする意味はあるんですか?」
テリーはソファに座った。

「真のブラックコーヒーは暗闇にて味わえるってね」
暗知は背中越しに答えた。

「‥‥変な理屈ですね」
テリーはフッと笑うと、ソファに寝転がり、携帯電話をいじり始めた。

10分くらい経っただろうか、
サイレンが聴こえ始めると、近くで鳴り止んだ。

「行くよ、理恵ちゃん」
「え?凛子さん、着いたのですか?」

暗知は事務所のドアを開けると、周りの様子を伺いながらテリーを引き連れた。

非常階段で一階に降り、通りに出ると三輪と凛子が立ち話をしていた。
「おー、理恵!昨日はご苦労だったな!」
三輪はテリーに気付くと両腕を広げた。

「三輪さん!どうしたんですか?事件ですか?」
テリーは三輪に駆け寄った。

「例の窃盗犯らしき男の目撃情報があってな、巡回してたんだ」
三輪は腰に手を当て、軽くストレッチをした。

「サイレンなんて鳴らしたら窃盗犯も逃げちゃうじゃないですか‥‥」
テリーは苦笑いした。

「はっは!そうだな!気を付けよう。それより、事務所を移転するんだろ?これから内見があるって、凛子から聞いたぞ」
三輪は凛子を横目で見た。

「三輪さんも凛子さんと知り合いなんですね?」
テリーは凛子の車を見た。白い車はスポーツカーのような躯体だった。

「ああ、古い友人さ。さぁ乗った乗った!」
テリーは三輪に急かされながら白い車の後部座席に乗った。凛子の車は外見とは裏腹に、内装は茶系でシックな配色だった。

「あれ?暗知さんは乗らないんですか?」
テリーは窓を開けた。

「少しだけ三輪と話があるから、先に凛子さんと向かっててくれるかい?私は三輪に内見先まで送ってもらうよ」
暗知は内見する物件の資料をテリーに渡した。

「行くわよ!シートベルトしてねー!」
凛子はサングラスをかけ、エンジンを吹かすと、アクセルを踏み込んだ。
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