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存在理由は運命

No.2 少年の標的

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テリーはマサトが投げた石ころに視線を戻した。

「ちょっとー!当たったらどうすんのさ!」
夏菜子が眉間にシワを寄せ睨みつけると、マサトは慌てて逃げ出した。

「あの子、ご近所さんなんだけど、何故か嫌われてるんだよね」
テリーは歩みを進めると、石ころを拾った。

「理由はどうあれ、子どもだからって容赦しちゃいけないよ!ろくな大人にならないんだから!」
夏菜子は息を巻いた。

「父さんの友人の息子なんだ。ボクも何故嫌われてるのか気になるし、タイミングをみて聞いてみるよ」
テリーは石ころを捨てると、手に付いた砂を叩いた。

‥‥‥
‥‥‥‥

「ただいまー」
テリーは新居の正面玄関から帰宅した。
「お邪魔しまーす」
夏菜子は行儀よく靴を揃えて家に上がった。

「いらっしゃーい!」
奥で声がすると、アヤが玄関まで迎えにきた。

「テリー、どちら様‥‥‥?」
夏菜子はテリーの肩を指で突いた。

「理恵、あなた何も話してないの?あたしは『長久手亜矢』です。理恵の従姉妹よ、よろしくね!」
アヤはテリーを横目に夏菜子の肩を軽く叩いた。

「私は汐見高校2年『磯貝夏菜子』です。テリーのクラスメイトです。よろしくお願いします!」
夏菜子は小さくお辞儀をした。

って、この子の事?」
アヤは不思議そうに『長久手理恵』を指さした。

「え、あ‥‥はい!名前を文字ったのと、見た目が外国人っぽいので!」
夏菜子が人差し指を立てて説明した。

「ぶっ!はっは!何それっ、ふっふ‥‥‥!」
アヤはテリーの肩に腕を回すと、腹を抱えて笑った。

「アヤちゃん、もう挨拶はいい?洗面所、あっちね」
テリーはアヤの腕を丁寧に振り解くと、夏菜子を洗面所へ案内した。

「アヤさん、カッコいい女って感じだね!」
夏菜子は洗面所で手を泡立てながらテリーに声をかけた。

「小さい頃から面倒見てもらってたから、姉さんみたいな感じかなー」
テリーはハンドタオルを夏菜子に渡した。

「前のマンションで一緒に住んでいた人ってアヤさんなの?」
夏菜子はタオルをテリーに返した。

「そうだよ。よく覚えるね‥‥‥小さい頃から、面倒見てもらってたんだ」
テリーは夏菜子から受け取ったタオルを持ったまま、立ちすくんだ。

「テリー‥‥‥?」
夏菜子はうつむくテリーの顔を覗き込んだ。

「ごめん、ちょっと昔の事思い出してた。リビングに行こっか」
テリーは手を拭き終えると、洗濯物カゴにタオルを放り込んだ。

「すごーい!広ーー!って‥‥‥どこで寝るの?」
夏菜子はリビングと両扉が開かれた広間を見渡した。

新居の一階は暗知の事務所になる予定だが、今はキッチンの近くに丸テーブルと椅子しか置かれていなかった。暗知の事務所に置いてあった物だ。

アヤはキッチンでお茶の準備をしていた。

「一階は1LDKで、別の人が事務所として使うことになってるんだ。ボクらは地下に居住スペースがある」
テリーは夏菜子が洗面所に置き忘れていた『eimy』グッズが入った布袋を丸テーブルの上に置いた。

「地下にも部屋あるんだ?ハイカラだねー!」
夏菜子は丸テーブルを前に、跳ねるように腰掛けた。

「はい、お待ちー。『テリー』ちょっとテーブルの荷物どけてくれる?」
アヤがアイスティーとマカロンを丸テーブル置いた。
アヤだけがホットコーヒーだった。

「アヤちゃん‥‥‥いつも通りで良いよ」
テリーは席を立ち、丸テーブルの上の紙袋を持った。

「あ、それって『eimy』じゃない?」
アヤはグッズが入った紙袋を指さした。

「へ~、二人とも『eimy』好きなんだ?あたし、本人と知り合いだよ」
アヤは誇らしげに携帯電話の写真フォルダを見せてきた。アヤと『eimy』がツーショットで写っていた。
『eimy』はオフの日だったのか、ラフな服装で、ほぼすっぴんだった。

「アヤさんすごい!どういう関係ですか!?」
夏菜子はアイスティーを勢いよく口に含んだ。

「あたしが隣町で記者の仕事をしてた時に知り合ったんだ。名前を伏せる条件で、取材させてもらったよ」
アヤは椅子に座ると、マカロンが入った皿をテリーに寄せた。

「『取材』って何の取材?」
テリーはマカロンを一つ皿から取ろうとした。

「『謎の組織:ぺイストリー』について‥‥‥」
アヤは指で摘んだマカロンをテリーの目に近づけた。

「‥‥‥ぷっ!はは!お菓子みたいな組織名ですね!あ‥‥‥すみません‥‥」
夏菜子は笑った後、すぐに口を押さえた。

「いいのよ夏菜子ちゃん、週刊誌が取り上げそうな話よね!」
アヤはマカロンを口に放り込んだ。

「でも、どうして『eimy』に取材したの?」
テリーは椅子に腰を下ろした。

「『eimy』の方から相談があったのよ。『ペイストリー』と『eimy』の親族が繋がりがあるみたいで、その関係を断ち切りたかったみたい。警察には話せない事情があるって言ってたよ」
アヤは黒いリュックからタブレット端末を取り出した。

「『ペイストリー』ってそもそも何の組織なんですか?」夏菜子はマカロンを一つ摘むと二つに割った。

「記者時代に調べていたら、当時の上司から中止命令が出たんだ。退職後は小説のネタ探しついでに調べてるけど、もはや生活の一部になってる。『eimy』が言うには世界中の裏社会と繋がっている犯罪組織らしいよ」
そう言うとアヤはタブレット画面を見せてきた。
フリー百科事典のページが開かれている。

「国際的犯罪組織、構成員数は不明‥‥‥」
画面に書かれた文字を声に出して読んでいると、テリーの頭の中にミハエルの顔が浮かんだ。

テリーは誤ってタブレットのホームボタンを押してしまった。トップ画面にはテリーとアヤのツーショットが映し出された。
「これ、いつの写真?」
テリーはアヤにタブレットを返した。

「忘れちゃったの?あたしがマンションから出て行く前夜の写真じゃない」
写真に写っているアヤはお酒を飲んでいたのだろう、顔を赤くしてテリーを抱きしめていた。

「良い写真ですね!!」
夏菜子がタブレットを覗き込んだ。

「『eimy』もそう言ってくれたよ」
アヤはカーリーヘアを手櫛で整えた。

その後は『eimy』の話と学校の話、アヤの小説の話で盛り上がった。テリーは『eimy』の近況で知っている事は、二人に伏せておいた。

「さてと、そろそろあたしは家に戻って荷物の整理をしようかな!」
アヤは腕時計を見ると席を立ち、コートを羽織った。

「じゃあ私も今日はこの辺でお暇しよっと!また遊びに来たいな!」
夏菜子も席を立った。
「ちょっと待って、駅まで送って行くよ」
テリーは余ったマカロンを小さなタッパーに入れた。

三人は家を出ると駅へ向かって歩き出した。
『黒田屋』の辺りで夏菜子と別れ、二人は最寄駅の『汐見公園前』にたどり着いた。

「明後日には荷物をこっちに持ってくるから、よろしくね!‥‥‥って理恵は学校か!」
アヤはテリーと軽くハグすると、手を振り改札を抜けて行った。

テリーはアヤが見えなくなるまで改札前で立っていた。

帰り道、テリーはアヤとの思い出を振り返りながら歩いていた。
アヤとは10年程前、父:竜司が用意したマンションで初めて会った。
両親と別れ、見知らぬ親戚であったアヤに心を開くには時間を要した。

すっかり塞ぎ込んでしまったテリーにアヤは親身に尽くした。執筆活動の合間を縫って、テリーに勉強を教え、時には遊びに連れ出してくれた。

中学時代は欠席が目立ったが、何とか卒業し、私立汐見高校に入学できた。
どれもアヤがいてくれたからテリーは頑張れた。

「やっぱり変な家だなー」
視界に入った蔦の絡まる新居を見てテリーは呟いた。

「おい!待て!」
少年がテリーの前に飛び出してきた。
凛子の息子『マサト』だ。

テリーは(またか‥‥‥)と言わんばかりに大きな溜息をついた。
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