サイキック・ホームメイカー

山神まつり

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第五話

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その日は朝から何だかもやもやしていた。

相変わらず奏は朝から髪型が決まらずイライラしているし、鈴太郎はゆっくりと朝食をとっているし、庸介は携帯をいじりながらニヤニヤしているし、詩子以外の家族は自分のことばかりで自分は朝から紛争地帯で動き回っている感覚だからなのか。

(いや、だけど、子供たちのことは長い目で見てあげようって決めたばかりだし……)

問題は、意識を改革が全く見られない庸介だ。

この家族を顧みない若い女性との逢瀬しか考えていない旦那をどう変えていけばいいのだろうか。しょうがない、とずっと放っておいた詩子にも非がある。

そろそろ週末に実家に顔を出して、歌織に相談してみようか。

「庸介さん、庸介さん」

詩子が二回呼びかけても、庸介はスマホから顔を上げない。

詩子は前からではなく、後ろに回って声を掛けてみた。

「―――庸介さん」

後ろからの声に庸介はびくっと体を震わせ、急いでスマホの画面を閉じた。

「な、何だよ、人のスマホ勝手に覗くなよ!」

「別にあなたが誰とLINEしてようが興味ないです。今週末、何か予定が入ってる?」

「今週末?いや、別に何もないけど。またどこか連れていけって?」

「どうせそんなお願いをしたところで聞いてくれないでしょう。週末、ちょっと実家に寄ってくるから遅くなるけど、夕飯とか一人で大丈夫?」

「え?鈴太郎は分かるけど、奏は行きたくないんじゃないの?」

「まぁ、そう言うかもしれないけど。お隣さんに奏と同い年の女の子がいるし、結構仲がいいからそこで遊ばせてみる」

「あーそう……」

何だか拍子抜けしたように庸介は呟いた。

週末、一人で羽を伸ばして過ごせるのだからもっと喜ぶのだと思っていた。

何だか寂しそうな表情に気付くも、詩子は気づかない振りをして庸介から離れた。



その週は何だか忙しく、目まぐるしかった。

朝から電話応対やメール対応に追われ、昼時には詩子も牧絵も二人してぐったりしていた。牧絵もいつもなら寝る前にゆっくりとミステリ小説を読んだりするそうだが、今週は疲れすぎて十時過ぎには寝てしまったと話していた。

というのも、畑中さんが三日くらい有給を取っていた。もちろん、有給は社員の当然の権利だし、取得するのは構わないが繁忙期に三日連続いないというのも正直きつかった。

出勤してきた畑中さんは何だかぐったりしていて、化粧もいつものように隙がなくばっちりしているわけでもない。詩子が仕事における確認をしても、空返事が返ってくる。そして、ミスも多かった。畑中さんは見た目は派手だが、仕事はきっちりこなすタイプだ。事務局長の井岡田まで珍しく趣味に没頭せず、畑中さんに気遣いの言葉を掛けている。

彼女が気落ちしている原因はただ一つ、真島との関係性が奥さんに正式にバレたのだろう。奥さんから何かしらの追及があったのかは分からないが、今は畑中さんの心の声もほとんど聞こえてこない。

(同情はするけれど、こればかりは本人たちがどうにかするしかないしね)

当の真島も社食でもそもそと低価格のうどん一杯だけ啜っている。いつもは奥さんが作ってくれているらしい愛妻弁当を同僚たちと一緒に休憩スペースでとっていた。それも絶たれたということは、そうとう頭に来ているのだろう。

(そりゃそうだわ)

自分でも、旦那が若い女性社員と不倫旅行なぞ内緒で強行していたならば、弁当どころか朝食夕食洗濯だって徹底的に拒否の姿勢をとる。

そう考えて、はたと我に返る。

詩子も庸介に似たようなことをされているのに、普段と同じ生活スタイルを取り続けている。

昼食は最初の内は弁当を作って持たせていたが、会議が長引いて食べられなかったとか、同僚や後輩と外で食べてきたとか理由をつけてせっかくの弁当を何度も無駄にされたのでやめた。

朝食や夕食を用意しても、当然のように感謝せず食べるだけ。食器だって洗ったためしがない。こちらは朝早く家事をこなして出勤して、帰ってきたらまた家事をこなして子供たちの宿題を見てあげたり色々としているのに。

庸介のために、色々してあげているのに―――

そこで思考を止めた。これ以上考えてもイライラをためるだけだ。

色々としてあげているのに、庸介は何もしてくれない。何もしてくれないどころか、真島と同じ若い女性社員とずっとLINEをしてにやにやしている。

そんな庸介に、詩子はとうに愛想を尽かせていたんだということに今更ながら気づいた。

真島の奥さんは、そんな旦那の裏切りが許せなくて弁当を作らないとか、畑中さんに牽制をかけたとか、好きだからそういう制裁を加えているわけだ。

そこまで気付くと、詩子は何だか自分自身の情の無さにははっと乾いた笑みが浮かんでしまう。

もうすでに、庸介への愛情は乾ききっていたのか、と。



とはいえ、何とか一週間仕事と家事をこなし、庸介に話した通りに奏と鈴太郎を連れて実家へと向かった。

何の反抗心なのか、単に拗ねているだけなのか、出発することになっても庸介は自分の部屋から顔を出さなかった。

奏や鈴太郎もそんな父親の態度に何とも思わないのか、疑問を口にすることはなかった。いちを朝御飯は用意してラップをしておいたので勝手に食べるだろう。食器は洗わないで流しに置きっぱなしにするのだろうけど。

実家までは電車で30分くらい先にある、駅前にはコンビニや小さな商店街などはあるがショッピングモールとかはないので奏はあまり好きではないようだ。

それに、弟の音哉ともあまり顔を合わせたくないのだろう。

最後まで行くのを渋っていたが、お昼に実家から少し離れた回転ずしに行こうと話すと了解してくれた。あまり良くないことだろうけど、子供を釣るのには外食や買い物をちらつかせるしかない。

駅から大体歩いて15分先に実家はあった。モスグリーン調の外壁の家は、近辺でもあまり見当たらず目立っていたので遠目からでもすぐに見つかる。

結局、歌織は籠城先のアパートから父のいる実家に戻ってきた。そして、父と歌織と音哉と詩子の四人で再出発を始めた―――が、それは二年も経たずに終わりを迎えた。

何でもかんでも達観する歌織の存在に耐えられなくなった、という理由らしい。

実は父と関係性が切れていなかった浮気相手の元に転がり込んだことで、私たち家族は一気に三人になった。その後、再婚をしたという話は聞かないので別れたのか続いているのかはよく分からない。

でも、歌織はとっくに自活する能力を持ち合わせていたので、詩子も音哉はあまり苦労することなく生活できた記憶がある。

詩子は高校に進学するとバイトを始めて家にお金を入れていたが、音哉は基本的に家にいたのでそんな親孝行などは一切していないと思う。

「え―――!?伯父さん、ニートなの?」

「そうね、もうずっと。でも、母も別に困っていないみたいだし、何も言わないのよね……」

「それなのにあんな何もかも分かった風に偉そうに人に説教とかするわけ?まじでありえないんだけど。あーやっぱり来なきゃ良かった!」

がんがんと地団駄を踏む奏と対極に、後ろをついてくる鈴太郎は殊の外うきうきしているようで楽しそうだ。

「まあまあ、回転ずしでいっぱい食べていいから。いちを母には奏も行くって話しているし、兄さんは部屋から出てこないと思うよ」

奏はそれでも不服そうに眉をひそめている。

「……父さんもだけど、やるべきことをやらないで偉そうなこと言っている男の人って、私本当に生理的に無理。将来はそんな人とは、絶対に結婚しない」

「―――うん」

門の前に着くと、呼び出しベルを押す前に家の扉が開いた。

「いらっしゃい、詩子。奏ちゃんに鈴太郎も。今お湯を沸かしたところだから、お茶にしましょう。さあ入って」

びっくりしたように奏は目をまん丸くしている。詩子はもう慣れているので平気だった。

「―――お母さん、何時に着くよって細かくお祖母ちゃんに連絡したの?」

「ううん、家を出る時には連絡したけど。まぁ、何となくこのぐらいに着くかなって予想が付いていたんじゃない?」

詩子の言葉に奏は納得していないようだったが、三人は家の中に入った。



家の中はきちんと片付いていて洗練された雰囲気だった。

歌織は昔から片付けなどには手を抜かず、人に強要することはなかったが、物の置かれる定位置をきちんと守る人だった。

白を基調とするリビングに、奏は目をキラキラとさせながら見入っている。廣道家はあまり家具の統一感がなく、詩子自身のこだわりもなかった。それに仕事を言い訳にして、詩子はあまり掃除が出来ていなかった。でも、鈴太郎にハウスダストのアレルギーがあるため、なるべく子供たちが寝入った夜にダスキンモップを掛けるようにはしている。

「じゃあ手を洗ってきてね。この前、近所の櫻井さんからスリランカのお土産って本場の紅茶をいただいたから淹れるわね。クッキーもあるわよ」

「わーい、食べたい!」

「あ、でもお母さん、お昼前だからあまりたくさん食べさせないでね。回転ずしにあとで行くんでしょう?」

「あ、ああそうだったわね。じゃあ奏ちゃん、そこそこにしましょうか」

「わかってる、そこそこね」

何だかそこそこの意味がわかっているのかいたずらっけのある視線を二人が交わしている。

「あの……」

何だか言いづらそうに後ろの鈴太郎がもじもじしている。

「ん?どうしたの鈴太郎」

「あの、お祖母ちゃん、僕、伯父さんのところに行ってきてもいい?紅茶もクッキーも僕はいらないから」

「そうなのね、分かったわ。多分、音哉はゲーム実況の編集とかしているかもしれないけれど、鈴太郎が来るって言ったら喜んでいたから。行ってあげて」

「―――うん」

「あ、鈴太郎。兄さんの話が長くてうざったかったらいつでも下に戻ってきなね」

踵を返して階段を上ろうとしている鈴太郎に詩子が声を掛けると、こくりと小さく頷いてまた上って行ってしまった。

「―――あの伯父さんのどこがいいのか。だって、ニートなんでしょ?」

奏が憮然とそう言い放つと、詩子は一瞬焦った。

目の前の歌織は真顔だが、もしかしたら孫に余計なことを吹き込んだ娘に怒りを覚えているのかもしれない。昔から、歌織の心の内は読めない。

「まぁ、あの子はずっと家庭内警備隊って言っているけどね。でも、私は音哉がいてくれて安心しているのよ。一人でこの家に住んでいると、やっぱり不安だし寂しいじゃない」

「でも、お祖母ちゃんだけにずっと働かせているんでしょう?やっぱりそれは酷いよ」

「今はネット配信っていうの?そういうのもお金が入ってくれるのよね。だから完全に働いていないっていう訳じゃないのよ」

「あ、ユーチューバーってやつ?伯父さん、そうなんだ」

奏は少し表情が柔らかくなった。

その時、がたーんと大きな音が二階から響いた。

思わず詩子は飛び上がり、とっさに鈴太郎の顔が脳裏をよぎった。

そのままリビングを飛び出して、二階へ駆けあがった。昔生活していた詩子の部屋を横切り、奥の音哉の部屋のドアを見つけるとそのまま勢いよく開けた。

「鈴太郎!だいじょう―――」

「よお、我が妹よ、元気そうだな」

片手を上げてにこやかに微笑む音哉の横に鈴太郎はいなかった。

椅子に座ったまま、頭上をふわふわと浮いている息子と詩子は目が合った。彼は少々怯えながらも、楽しそうに手をバタバタしている。

「え、何、これ……」

「サイコキネシスって、奴だなぁ」

呑気にぼやく音哉に詩子は「は?」と思わず声を上げた。

「何かな、大人になってから急にできるようになったんだ」

音哉は自信満々に高らかにそう宣言してみせた。
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