灰色の旅人

ふたあい

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 突き出した剣は、男の持つ魔結晶の核を寸分の狂いもなく捉えた。
 女の喉元にピタリと当てられた、一センチほどの小さな結晶。しかも男の手は震えていて。それでも。
 パキンッと軽い音を立て、魔結晶は割れた。こうなってしまっては、もう魔法は発動しない。

 うん。我ながら良い腕になったものだと笑みを浮かべ、そこに至ったあの日を再び思い出す。



「ねえな。キモい」
「それは多分、アンジェリカ様の希望とは違うかと…」
 聖剣と家に、揃って駄目出しされた。
 まあ、言わんとすることは分かる。それを駄目とは言わないが。確かに、アンジェリカ嬢の理想とはかけ離れているだろう。
 男に姿を変えた私に、驚いたのは初めだけ。私たちはすぐに「探す手間が省けた」と、考えた。アンジェリカ嬢の求める「理想の王子様」ーー男になった私が演じればいい、と。
 だけど問題があった。私の中身は女。しかして所作もそうであり、完璧におネエ状態である。あきらかに、それは候爵令嬢の理想ではなかった。
 そこで立ち居振る舞いを矯正しようとしたのだがーー私という存在は、ずっと女なのであって…
 散々っぱら、駄目出しされる目にあったわけだ。

 しかしそこで、またしても神のイタズラが。

 小一時間ほど「キモい」「違う」を連発されたところで、変化は起こった。
 突然、男として自然な所作や話し方が出来るようになったのだ。僅かな努力で身につけたと言うには、不自然なほどに。

「身分証を確認しろ」
 その日二度目の、イーディスの台詞だった。


 技能   技能拒絶 認識阻害 剣術 技能適応


 今度は適性『努力次第』に付随する技能が増えていた。技能『技能適応』。これにより技能で姿を男に変えた私は、その姿に適応してみせた。
 計らずも白と黒、両の神に与えられた能力が上手く噛み合ってしまった。皮肉である。
 しかも。この『技能適応』、他の技能にも働いた。
 これがもたらす効果は大きい。
 『認識阻害』、『剣術』に適応した私の動きは、目を見張るほどに変わった。物音をたてない身のこなし、技術に振り回されない身体能力。確実に傭兵としてのレベルは上がっただろう。

 かなり、ズルしているという自覚はある。ま、知ったこっちゃないけど。完全に開き直りだ。



 砕けた魔結晶に、手にしていた男の目が大きく見開かれた。
 瞬時にレイピアを握り変え、拳のガード部をサックとして男を殴り飛ばしてやる。解放され、倒れそうになった女を引き寄せた。

 男の方は四十を超えているか。対する腕の中に収まった女の方はというとーー

「大丈夫ですか?」
 無事を確認するため覗き込む。…若いな。二十代と思われる。
「は…はいっ」
 怯えた表情をみせた次の瞬間、頬を染めはにかんだ笑顔。魔結晶を砕くと同時に解けた『認識阻害』。私の姿は彼女の目に、ありありと映し出されたようで。
「あ、ありがとうございます!」
 祈るように両の手を組み、上目遣いでお礼を言われてしまった。

 …あざとい。

「貴様か」
 低く唸るような声。殴り飛ばした男が、フラつきながら立ち上がる。
「え?」
「貴様がヨハンナを誑かした男かっ!」

 ーーなんですと!?

 立ち上がると同時、喚きだした男に目を剥く。えーっと?歳の差カップルの揉めてる原因は、年若い彼女ーーヨハンナというらしいーーの浮気ってところか?
「逃げてっ!そいつは傭兵よっ」
 私の後ろに隠れた、ヨハンナさんが叫ぶ。
「貴様は殺すっ!」
「ええっ?いや、私は違ーー」
「問答無用っ!」
 男が腕を上げると、氷の刃が頭上に現れた。切っ先がこちらへ向けられている。

 傭兵ーーそれも魔術師?

 周囲は今度こそ騒然となった。一斉に人々が悲鳴を上げ離れてゆく。ヨハンナ嬢もまた、ちゃっかり逃げ出した。
 レイピアを持つ手に力を込めた。見付けた時は綺麗な白銀だったそれは、現在黒く塗りつぶされている。念のため、フランチェスカのものであったと分からないように。
 向かってきた氷の刃を突き砕く。欠片がキラキラと反射しながら散った。
「なっ!?」
 男が驚愕の声を上げた。
 このレイピア、魔法耐性ありますから。この程度で凍ったりはしませんよ?なんなら魔素も吸収したりなんかして、魔法強化の媒体に使える優れものだったりする。

 フランチェスカーー貴女は何者だったの?

 どこにでもある剣ではない。そんなものを所持していた。なにもかも失くして、クレマチス商会に行き着いたという彼女は一体ーー

「くっ来るなっ!」
 立て続けに男が刃を飛ばしてくる。すべて串刺しにして砕いてやり、一歩、また一歩と近付いた。
「落ち着いて。話を聞いてもらえませんかーー…」
「来るなーっ!!」
 無数の氷の礫が現れ、集中して向けられた。げっ。あまり使いたくなかったのだけど、致し方ない。レイピアに魔力を通す。
 魔法は使えなくても、魔力はある。元となる魔素は誰しも流れているのだから。発動に魔力を要する魔結晶が、誰でも扱えるのはこのためだ。
 レイピアの柄に嵌まった赤い魔結晶が発動し、炎が刀身を包む。掲げると忽ち礫は水蒸気と化して、良い目眩ましとなった。

 一撃目で仕留めなかったのが悪いーーイーディスが見ていたら、指摘されるなあ。

 しみじみ考えながら一気に男との距離を詰め、柄で鋭くみぞおちを突いた。
「グッ」
 くぐもった声を上げ、男はようやく失神。やれやれ、だ。

「フランツ!」
 アンジェリカ嬢が駆けてきた。
「アンジェ。お待たせして申し訳ありません」
「そんなこと…怪我は?」
「ありません」
「そう。良かった」
「とんだ騒ぎになってしまいました」
 足元で気を失っている男を見る。良い年したオジサンが、なにやってんだか。
「通報した人がいるから、すぐに憲兵が来るわ」
「そうーー」
「貴方、何者?」
「え?」
 これまでとは違う鋭い目で、アンジェリカ嬢が見上げけくる。
「その紋は…隣国のものよね?」
 彼女がついと、指差したのは腰に戻されたレイピア。すべて塗りつぶしていたはずなのだけど。魔法剣として使用したことで、浮き出てしまったらしい。

 花びらの拳ガードに刻まれた『百合と剣』の意匠は、隣国由来か。



8 魔女を求めて間男になった
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