お喚びでしょうか、ご主人様

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ぼくのしあわせ

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 近いうちに、願い事、するから。そう言ってからすでに十日が過ぎた。
 ルルちゃんは僕を急かすようなことはしなかったけれど、さすがにそろそろ何か言ってあげなきゃなあと思ってはいる。
 慣れるはずなんかないと思っていた大きい姿も、不思議なもので一緒に暮らすうちに見慣れてしまった。人間の順応力って凄い。
 とはいえ、小さい姿でいてくれるほうが当然嬉しいので、それを口にしたことはなかった。

 そんなある日のこと、ルルちゃんが大きい姿で僕の部屋に入ってきた。
 大きい姿の時は傍に寄るなという台詞を忠実に守ってくれているから、これはかなり珍しいこと。

「この姿で申し訳ありません、ご主人様。夕飯ができたので呼びにまいりました」
「うん、ありがとう……。その姿、どうしたの」
「少し力を使いすぎてしまいまして……。今日はもう外出しますので、ご安心ください」

 ご安心くださいって。このまま外へ叩き出したら、さすがに僕、鬼すぎじゃない。

「別にいいよ。一緒に食べたら?」
「ですが……」
「そう言われて気にせず食べられるわけないだろ。気を遣うなら、これから用事があるので一人で食べてくださいとでも言ってよ」
「あ……。そ、そうですね、重ね重ね申し訳ありません」

 本当にまったく気づいてないのか。なんというか、変なところでずれてるんだよなあ。まあ、悪魔だしな……。

「ほら、いこ」
「はい」

 部屋を出ると、ルルは少し下がって後ろをついてくる。
 ご主人様、なんて言葉だけで別に僕のことをそう思っているわけでもないだろうに、ルルはいつでも従者のようだ。
 いくら魂を取るためとはいえ……。悪魔の世界のことはよくわかんないけど、いわゆる社畜ってやつなのか? 僕、ニートで良かった。

 ダイニングからはふんわりとトマトの匂い。テーブルにはスパゲッティとサラダとスライスしたフランスパンが置かれていた。一人分。本当に僕一人で食べさせるつもりだったんだな。

 大きくなってる時は姿を見せるなとか近寄られるとゾッとするとか結構きついこと言ってるから当然と言えば当然なのに、どうしてこんなに苛々するんだろう。
 今は慣れたけどそれを本人には告げてないんだから、察しろっていうのは僕の身勝手な感情だ。

 先に席へつくと、ルルがカップに紅茶をついでくれた。ミルクと砂糖はひとつずつ。
 いつもならちっちゃいおててで、もたもた封を切って入れるのが可愛らしいけど、今日はスマートで鮮やかだ。

 ……何、男の指先に見とれてんだ、僕は。

「すみません、それでは失礼して私の分も用意させていただきますね」
「ん……」

 ルルはいったんキッチンに消えて、割とすぐに戻ってきた。
 自分の分も、用意だけはしてあったのか?

「今日の夕飯はミートソースのスパゲッティです」
「僕が食べたいって言ったの、覚えててくれたの」
「貴方が少しでも幸せを感じてくれるのなら努力は惜しみません」

 確かに嬉しいし幸せだけど、魂の代償としては安すぎだろ。

「食事程度で僕の魂はあげられないからね」
「わかっております」
「ほんとかなあ」

 あ……。でも、美味しい。レトルトじゃなくて、手間をかけて作ってくれたんだろうなあ。それとも魔法で一瞬? 子供の姿になれないなら、何かに力を使ったってこと……。

「ルル、昼間は何してたの?」
「気になりますか?」
「べ、別にっ」

 気になるから訊いたのに、つい意地を張ってしまった。
 それくらい察しろよぉ。質問に質問を返さないでさあ。
 小さいルルちゃんになら素直になれるけど、このサイズだと、どうもダメ。

 いつもデレデレ話しかける僕が黙り込むと、食卓はすっかり静かになる。
 会話といえば、ルルが自分の分を用意して対面に座り、いただきますと丁寧に言ったくらいだ。いや、会話にはなってないか。
 なんだか気まずくなって、いつもは食事をするルルちゃんを見つめるためにつけていないテレビの電源を入れた。
 つけた瞬間映ったのはニュース番組。小学校教諭が生徒に猥褻行為を働いたとかいう、実物に手を出してしまった者の愚かしい末路が痛ましい事件として流れていた。
 小学校……ショタやロリばかりいる、夢の楽園だ。

「ここに行きたい」
「…………え!?」
「小学校。願い事、これにする」
「このニュースの内容を見て、よくその気になれますね」

 ルルにはこのおっさんが僕とかぶって見えるのかもしれないな。
 でも大丈夫。僕は現実に手を出したことがないし、この姿で手を出すつもりはないから。
 ……そう、この姿では。

「僕が小さくなれば、怪しまれずに入れないかな」
「それなら確かに……問題はなさそうです。ですが、ご主人様は平気ですか?」
「何が?」
「罪悪感とか……」
「自分が子供の姿なら薄れそうな気がするんだよね、罪悪感。それに捕まるようなことはしないつもりだし」

 しばらく押し黙ったあと、ルルはこくりと頷いた。

「わかりました」
「やった」
「……」
「ルル?」
「はい」

 せっかく願い事を言ってあげたのに、どうしてそんな不満気な顔をするの。
 ハッ。もしかして嫉妬とか!?
 いやいやそんな、まさか。

「……ル、ルルもついてくる?」
「兄役などでですか?」
「小さくなってだよ」
「ご主人様と私の二人分を保つのは、少しきついかもしれません」
「そう」

 隣にルルがいないのは少し不安だけど、ロリショタに囲まれる幸せを思えば問題ない。ふふ、楽しみだなあ。

「ご主人様は……本当に、それで……幸せになれるのですか?」
「え……ッ」

 一瞬だけ、頭が真っ白になった。きっと、突拍子もないことを訊かれたせいだ。だって……僕は小さな男の子や女の子が大好きで。その子達がワラワラいる小学校に潜入して幸せになれないはずがないんだ。

「な、なれるに決まってるじゃん! ロリショタだよ、死ぬ前から天国っ、みたいな?」
 
 ルルが望む通り、家でごろごろしているだけとは質の違う幸せになるだろうし。まさに今まで経験したことのないイベントだ。

「わかりました。では明日」
「明日!? き、急だな」
「善は急げと申します」
「……しようとしてること、明らかに悪……だけどね」
「確かにその通りです」

 善は急げっての、冗談じゃなかったのか。真面目に突っ込んでしまった。
 確かにルルにしては珍しいとは思ったけど。
 僕はそんなことを考えながら、ルルの作ってくれたスパゲッティを啜った。
 お子様ランチにでもついてくるような濃いケチャップ味。大好きだけど、食べるのはあんまり上手くない。唇のまわりがすぐトマト色に染まってしまう。

「ご主人様、左側の……少し端」

 ルルが自分の口元をとんとんと叩いて教えてくれる。
 うう……。これはさすがに、30にもなってみっともなさすぎる。ルルには情けない姿ばかり見せてるから今更だけど。

「……取れた?」

 擦ってから訊ねると、ルルが細い指先で僕の口の端を優しく撫でた。
 少しくすぐったくて、なんだか妙にゾクゾクした。

「あ、ありがと……」
「いえ」

 って、ルル、指……舐めて。

「こっ、子供にするんじゃないんだから」
「ああ……。すみません。はい、ご主人様は大人です」
「べ、別に肯定してもらいたかったわけじゃなくて」

 調子狂うなあ、本当。
 しかもオトナですって、なんかやらしく聞こえるし。間違いなくルルにはそんな気ないのに。
 まあ、性的な意味で言うならまだ僕はコドモなんだろうけど。童貞だし仮せ……。考えると悲しくなる。やめよう。

「ご主人様は、最近この姿の私も嫌がらなくなりましたね」
「え? あー……まあ、それは小さい姿のほうが凄く嬉しいけど、だいぶ慣れたしなあ。ルルちゃんはルルなんだって頭の中で結びついてきたみたいな……」
「では、この姿の私のことも好きですか?」

 スパゲッティを鼻から噴き出しそうになってしまった。

 な、なんてことを訊いてくるんだ。せめて恥じらうとかしてくれたら、まだ。いやいや、まだ、なんだっていうんだ。そういう問題じゃない。鼻からスパゲッティなんて年齢関係なく恥ずかしいぞ。本当に噴き出したらどうしてくれるんだ! って、だからそういう問題でもなくて。

 どど、どうしよう。というか、好きだとか愛してるとか、小さいルルちゃんにならいくらでも言ってるのに、どうしてこんなに緊張してるんだよ。
 確かにルルちゃんはルルなんだけど、姿形は違っても貴方を愛しますみたいな、純愛? には僕の気持ちはまだちょっと、遠くて。慣れたけど、それだけっていうかそれくらいっていうか。

「あ、あああ、あの、その」
「……申し訳ありません。怯えさせてしまいましたか?」
「え、え……?」
「どうぞ私の言葉は忘れて食事を続けてください」

 好きだよって。嘘でもただ、一言、そう伝えられたら良かったのに。
 僕がそれを告げることに、どんな意味があったかはわからない。
 そもそも、仕事の対象である僕に、どうしてルルがそう訊いてきたのかも。
 でも。流された会話の答えを自分から言えるような性格を僕はしていなくて。
 どうにもダメな唇に、スパゲッティをひたすら運び続けた。
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